第34話 魔王様、孤児院を慰問する。

 

「ねぇ、このあと女神祭に行ってみない?」

「え……女神祭に……?」


 孤児院の子ども達に貰ったベリーで作ったスコーンを食べながら、モナはウルにそう提案をした。


 ウルはさっきモナに教えてもらったばかりのレシピを、机の上の手帳にサラサラと書いている。余程気に入ったのか、また後で自分でも作ってみるつもりなのだろう。


「良いけど……なんで?」

「せっかくだからお祭りを見て回りましょうよ! ウルだって、昨日はちゃんと見てないんでしょ?」


 女神祭の初日である昨日は、ウルは王都の外に居たらしい。

 途中からモンスターの大軍が押し寄せてきた混乱で急いで帰ってきたらしいが、その後も演説をさせられたり、倒れたモナの介抱だったりと忙しく、祭りを楽しむ暇など無かった。


「確かにそうだけど。モナはもう大丈夫なの?」

「大丈夫だって。心配なら尚更ウルが隣に居てよ」


 モナの説得に、ウルは押し黙る。

 しばらくお互いが見つめ合う時間が過ぎていく……



「……そうだな。なら俺も行こう。モナからのせっかくのデートのお誘いだしね」

「はいっ!? でっ、デートなんかじゃ……」


『一緒に、これから、お祭りに、行きませんか』


 本人にそんなつもりはなくても、傍から見ればこれは立派なデートのお誘いである。



(だってだって……今までずっとあの魔王城に引き篭もっていたんだったら、お祭りだなんて楽しみも無かっただろうし。それに街の人たちがどんな生活をしているのかちゃんと見てくれたら、悪いことをしなくなるかもしれないし……そう、これは世界平和のためなのよ!!)


 必死に言い訳を頭の中で考えているモナを置いて、出掛ける準備を始めているウル。


「いつまで食べているの? はやく行こうよ」

「えっ、ああっ!! やばっ、食べ過ぎた!! 屋台のご飯が入らなくなっちゃう!!」


「ぶっ、ふふふっ!!」

「な、なによ!? 笑わなくたっていいじゃない!! この馬鹿!!」


 慌てて口元のベリーを拭きながら紅茶でスコーンを流し込む様子を見て、思わず吹き出す魔王様なのであった。





 ◇


 そうしてどうにかこうにか、女神祭に出掛ける準備が出来た二人。彼らはお祭りの会場に向かうついでに、先ほど作ったばかりのスコーンの残りを孤児院に差し入れすることにした。


 ベリーを入れて持って来てくれたカゴにスコーンを入れて、ウルの家を出る。作ったものをあげてしまうのを名残惜しそうにしているウルを見て、モナはクスクスと笑う。


「そんなに心配しなくても、簡単に作れるんだからまた機会があったら作ってあげるわよ?」

「……それは俺がレオの身体から居なくなっても?」


 目線をカゴの中のスコーンに向けたまま、いじける魔王様。


 モナが作ったお菓子に対するこの執着心はいったい何なのか。さすがにここで断るほどの胆力はモナには無かった。


「……良い子にしていたら作ってあげるわ」

「良い子……ふふっ。魔王が良い子に、か。それじゃあ頑張らなきゃなぁ」

「ふふ、そうね。頑張ってちょうだい」


 それはまるで反抗期の子どもを、サンタクロースをネタにして嗜める母親のようだった。

 相手は決してそんな可愛げのある子どもではないけれど。



 そんな他愛もないやりとりをしながらしばらく歩いて行くと、教会の敷地にある孤児院に到着した。

 庭で追いかけっこをする男の子たちや、モナが教えてあげたあや取りで遊ぶ女の子たち。それぞれが思い思いの遊びで、伸び伸びと楽しく過ごしている。


 そのうち、一人の子どもがモナたちに気付いた。


「あっ、モナお母さん!」

「ホントだ、聖女様だ!!」

「勇者もいるぞ!!」


 一人が気付けば、周りの子どもたちが叫びながら一斉に向かって来た。

 わらわらと二人の足元にやって来ると、隙も無く次々と声を掛けてくる。


「ねーねー!! 今日は二人でどうしたの?」

「デート!? デートなのっ?」

「一緒に遊ぼう~?」

「コラッ、恋人の邪魔をしちゃダメでしょ!!」


 同年代ぐらいの子たちの中でも男の子はすぐに勇者とチャンバラごっこをしたがったりしているが、女の子は一味違う。

 すぐに二人の関係について聞いてくるあたり、女の子はどの世界でもませているのかもしれない。


「あ、あはは。恋人なんかじゃないんだけどね。って、違うちがう。ほら、レオ……」

「え? あ、うん。キミたち、さっきは沢山のベリーをありがとう。お礼に聖女と一緒に、たくさんお菓子を作ってきたから食べてくれ」


 なんだろう、とキョトンとしていた子どもたち。

 右手に持っていたカゴを差し出すと、彼らの視線が一気にそこへと集まった。


 そしてソプラノ色の大歓声が一斉に沸きあがった。



「わぁああ、ホントに!? やったぁ!」

「すげー! マジであのベリーがオヤツになったぞ!」

「えええっ、どうやって作ったの!? 魔法なの!?」


 まさかのオヤツ登場に、飛び跳ねて喜ぶ子どもたち。


 普段は教会のシスターたちが作る質素なご飯ばかりなので、こういうスイーツには滅多にありつけない。

 さっきまで恋愛話で盛り上がっていた女の子も、キャーと叫びながら目を輝かせている。

 どうやら恋バナとスイーツは別腹のようだ。


 と、そこへ新たな人影がやってきた。


「どうしたの、そんな大騒ぎをして……あら。あらあら、まぁまぁまぁ!!」

「「こんにちは、シスター」」


 騒ぎを聞きつけてやって来たのは、孤児院の管理も行っている教会のシスターだった。


 彼女にも、これまでのいきさつをもう一度事情を説明する。

 すると、彼女の顔がぱああぁ、と喜色満面となった。


「あの勇者様と聖女様のお二人が作ったお菓子なんて、国宝モノね! ありがとうございます! 大事に公平に分け合っていただきますわ!」

「う、うん。ちゃんと子どもたちと分け合って、公平にね……?」


 このシスターも女の子達と同じ、獲物を狩るモンスターの目つきをしている。それを見たモナは、不安しか感じられない。

 彼女達も清貧を是とする生活を長年続けているせいで、こういったスイーツには目が無いのだろう。



 まぁ、たまにはこういうオヤツを食べても、寛容な女神は許してくれるに違いない。せっかく作ったのだから、みんなでちゃんと分け合って美味しく食べて欲しい。



「それじゃあ私たちは、女神祭に行ってくるわね」

「「「いってらっしゃい! お菓子をありがとう!!」」」


 子どもたちもシスターも、みんな一緒になって二人を見送ってくれた。


 簡単に作ったお菓子であそこまで喜んでくれたら、あげた甲斐もあるというもの。

 最初は渡すのを渋っていた魔王様も、終始ニコニコ顔だった。


「――たまにはまた何か作って持って行ってあげようね」

「そうだな。じゃないと家にまで押しかけられそうだ」

「ふふ、そうね。また一緒に作りましょう」



 そういって二人は、どちらかともなくお互いに自然と手を繋いだ。


 まるで仲の良い夫婦のように、女神祭の行なわれている王都の中央区へとゆっくり歩いて向かうのであった。



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