第25話 本当の勇気って……?


「ワシは頭だけはまだイカレとらんと思っとったんじゃが、遂にボケたかのう。目の前に聖女様が居るように見えるんじゃが……はっ!? も、もしやお迎えか?」

「違いますよっ!! 私は当代ホンモノの聖女です! あの世からのお迎えなんかじゃないですよう!」


 家から出てきた村長がやってきた聖女を見た第一声がそれだった。

 シワだらけの見るからにヨボヨボなお爺さんだったが、割とはっきりとした物言いをする元気のいいご老人だ。


「ほっ? と、当代の聖女様? まさか……あの時の聖女様の……」

「そうですよ。この村でお世話になったのは私の祖母です。私はその先々代の孫娘ですよ」


 モナがそう自己紹介すると、村長は目をまん丸に見開いた。

 リアクションから察するに、この村長は先々代の聖女のことを知っているようだ。

 それなら話は早いと、モナはここに来た事情を掻い摘かいつまんで話すことにした。


「――というわけで、私の代で再び魔王を討伐したので残りのモンスターを討伐している旅の途中なんです。母にこの村の事を聞いていたので、折角なのでお邪魔してみたのですが……何かお困りのことはありませんか?」

「ほう、ほうほう!! それはおめでたいことですじゃ!! 魔王の討伐が終わっても、民のことを考えていらっしゃるとは……いやはや、さすが聖女様の孫娘ですなぁ!」


 村長は笑顔で皺を更に深くして膝をパンパンと叩いている。どうやら祖母と同じ偉業を成したことを心から喜んでくれている……というより、村長はモナを通して先々代の聖女を見ているようだ。


 きっと当時から祖母の大ファンだったに違いない。

 ご老体にもかかわらず子どものようはしゃいでいる様子に、魔王であるウルも怒ることも出来ずに苦笑いを浮かべている。



「しかし、見ての通りこの村はおかげさまで平和ですじゃ。おもてなしもしたいのはやまやまなのじゃが……」


 我に返った村長が本題についてしばし考え、その結果がコレである。

 村長が見ている方向をモナとウルの二人も振り返ってみる……が、たしかにその方向には広々とした畑が広がっているのみだ。


 ここには先日訪れたメルロー子爵領のワインのような名産も無ければ、豪華な屋敷も無い。

 だがモナは笑顔で首を振る。彼女の目的は最初からそんなものでは無いからだ。


「それなら私、お祖母ちゃんが見たお花畑を見てみたいんです。ほら、あの……」


 母から聞いた祖母が大のお気に入りだったというこのサニー村の風景を見てみたい。そう言ったモナの言葉に、村長は手をポン叩いて「それがあったですじゃ!」と頷いた。


「それなら確かに、我が村の自慢ですじゃ!! もはやワシらなんかはもうすっかり見慣れちまったモンで、ウッカリしとりましたわ。是非とも見ていってくだされ!!」

「はい! それで、それはどこに?」



 入り口からここまで村の中を歩いてきたが、それらしいところは見当たらなかった。そもそも村で花畑を管理するモノなのか?という疑問はあったのだが。


 村長の「この先の村の山側に行けば、すぐに分かりますじゃ」という言葉を信じ、さらに村の奥へと進んでいく二人。



 ――たしかに、村長の言う通りだ。

 そこには広がっていた光景に、二人とも思わず息を飲んだ。


「すごい……これはちょっと想像していなかったわね……」

「あぁ、これは素晴らしいな……」


 二人の視界にあるのは、見渡す限り一面に広がる黄色い絨毯。

 その正体は黄金色に輝く綿毛を持つ、異世界のだった。

 山から降りてくる優しいそよ風に乗って、無数の綿毛がふわふわと飛んでいく。


 そんな幻想的な風景を前に、二人はしばし無言で立ちつくしてしまっていた。



「モナ」

「……なぁに?」


 どれだけの時間が立ったのか。ふっとした瞬間に、隣りに立っていたウルがポツリと話し掛けてきた。


「この前の夜……さ。魔王について聞いて、キミはどう思った? 今でも、俺の事を敵だと思ってる?」


 すぐ横に居るモナの方を見ることはなく、視線は風に揺れるタンポポに向けたまま。

 何かを怖がるような、少しだけ震えた声でそう尋ねてきた。

 モナも何かを察したのか、頭の中で一つずつ言葉を選びながらゆっくりと答える。


「……私にも分からないの。ずっと幼い頃から魔王は人類の敵だと思っていたし、倒すべき存在だと信じていた。そしてレオの身体を乗っ取った時も、この手でもう一度殺してやろうと思ったぐらいだったわ。でも……」


 魔王は望んで魔王になったわけでも、すすんで自分から悪事をしていたわけでもない。

 その生まれ持った比類なき魔力のせいでモンスターが沸く、という理由で人間から疎まれ、憎まれる。


 ただ存在するだけで殺されるという恐怖。

 彼はそんな理不尽とずっと戦ってきたのだ。

 そんな事実を知った今、簡単に彼を恨むなんてことが出来なくなってしまっていた。


「もし……レオの魂が元に戻り、俺も新しい身体を手に入れたなら。モナは俺のことを許してくれるか?」

「それは……」



 心ではもう、とっくにその答えは出せるはずだった。だけど、その言葉は喉から出すことが出来なかった。

 言ってしまえば、レオを想う気持ちを裏切る気がしてしまいそうで……なにかイケナイ感情が生まれてしまいそうで。



 自分の臆病な部分が嫌で、押し潰れそうになってしまって、俯いてしまった。

 だけどウルは勇気正直な想いをそんなモナに告げる。




「俺はキミを聖女としてではなく、一人の女性として愛している。だから俺はこれから、本気でお前を奪いたいんだ」


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