第17話 深夜の訪問者

「どうしてウルの部屋にシャルドネさんが!?」


 月明かりしかない部屋で、しかも先ほどよりも露出度の高いドレスを着たシャルドネ嬢がウルと抱き合っている。

 ドアの隙間から覗いている完全に不審者だが、その場から動けないし目も離すことが出来ない。


(まさかウルが彼女をそそのかしたんじゃ……? だったら私が救出しなくちゃだわ)



 彼の高まり過ぎた魔力は媚薬の効果がある。

 もし彼女がそれにアテられてしまっているのなら大変だ。

 その効果はモナも身をもって知っている。


 しかし彼女はウルから離れようともしないし、良く見れば自分から抱き着いているようにも見える。

 一方のウルもそれを拒絶するような素振りはしていない。

 傍から見れば、逢瀬を楽しんでいる恋人のようだ。


(なんでウルは嫌がらないのよ……って、私は何を言っているの!?)


 まるで嫉妬のような感情がモナの心に沸くが、それは決して認めてはいけない感情だ。

 モナが愛しているのは、レオただ一人なのだから。


(ううん、あれはウルじゃなくてレオの身体。だから私がこんな気持ちに……)



 ――ならウルだったら大丈夫なのか?

 ウルがあの強引な態度で彼女を無理矢理組み伏せているところを想像してみる。


 ……やっぱりなんとなく嫌だ。

 彼女が自分の代わりになれば、もしかしたら解放されるかもしれない。だけど、それは嫌なのだ。それは契約までして自分を縛ったのだから、という意地だ。



 ともかく、何か間違いが起こる前に彼らを止めなければ。居てもたってもいられず、部屋に突撃しようかと扉に手をかけた瞬間。


 ウルがシャルドネ嬢の肩を優しく押さえ……そして遠ざけた。


「シャルドネ嬢、どうしてこんな夜更けに……それも、俺のような男の部屋に。お父上に知れたらまた怒られますよ?」

「構いませんわ、そんなこと。どうせお父様だって、勇者様のところだったら何も言いませんわ……ねぇ、勇者様。わたくし、お願いがありますの」


 今日会った時のような素っ気ない態度とは打って変わって、女の表情をしているシャルドネ嬢。

 潤む瞳を彼に向けながら自身の胸にウルの手を当てて微笑んだ。


「私を勇者様の妻にしていただきたいのです」

「キミを……俺の、伴侶に?」


(……なんですって!? つ、妻!?)


 モナにとって聞き捨てならないセリフが聞こえてきた。

 レオもモナもすでに十九歳でこの世界では成人となっているが、彼女はまだ十五未成年だ。

 それなのにモナを差し置いて結婚を申し込んだ彼女を物凄い形相で睨みつけていた。


「……? 勇者様はいずれ、あの聖女様とご結婚なさるのでしょう? しかし勇者様はこの世界をお救いになった御方。それ程の功績を上げれば、必ず貴族として叙爵じょしゃくされるはず。勇者様で貴族であろう人が、一人の妻では世間が許しませんわ」

「シャルドネ嬢……申し訳ないが、それは出来ない」

「どうしてですの!? わたくしではご不満だって仰るの!? あの女より若いのに!!」


 グイグイと自分の胸にウルの手を押し当てる。

 歳の割に立派なそれが形を崩しながら彼を受け入れている。



 その光景を見ていたモナはブチキレ寸前だった。


(誰が年増ですって!? 誰が貧乳よ!! 私だって前世よりスタイルは良いんだから! む、胸だって……!!)


「シャルドネ嬢、一度お父様に勇者のことをキチンと聞いた方がいい。そうすれば、俺が断った理由もちゃんと分かるはず」

「なによ! お父様も勇者様もわたくしの気持ちなんてちっとも考えなてくれないんだから! わたくし、勇者様が初恋だったのに……!!」


 シャルドネ嬢はその場で泣き始めてしまう。

 おそらく前回訪れた際に彼女はレオに一目惚れしてしまったのだろう。そしてこれは子爵の差し金ではなく、彼女が独断で暴走してしまった結果。


 確かに恋い焦がれていた勇者が突然再び訪れたら運命だと思ってしまうかもしれない。

 この告白は彼女の一世一代の賭けだったのだろうが……ウルはそれを一蹴してしまった。



 ウルは困り顔で彼女の頭を撫でようとするが……。


「中途半端ななぐさめは無用ですわ!! もう、会いたくもありません……!!」


 そう捨て台詞を吐くと、モナのいる入り口へと向かって来る。


(やばい、逃げなきゃ!!)


 バレないように音を立てないようにしながら、慌てて自分の部屋へと戻る。

 パタンとドアを閉めた瞬間、隣りの部屋から勢いよくドアを開けて廊下を歩いて行くシャルドネ嬢の足音が聞こえた。



「あ、危なかった……」


 ズルズルと、ドアの隣りの壁に背を預けて座り込む。

 危機一髪、ウルにバレずにすんだようだ。


「何が危なかったって?」

「ひえっ!?」


 気付けば隣りにウルがいた。

 瞬間移動の魔法でも使ったのだろうか。

 驚いて喉を空気だけが通って、変な声が出てしまった。


「盗み聞きは良くないんじゃないかなぁ? ねぇ、モナ?」

「ひゃ、ひゃい……」

「おしおき、だね」



 あ、終わった……そう覚悟して目を閉じるモナなのであった。


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