第12話 不安しかない旅立ち

 モナはやっとの思いで自宅に戻ると、疲れ切った身体を自室の寝台ベッドにダイブさせる。


「あぁ〜もう! アレは何なの? 私にいったいどうしろっていうのよ〜」


 溜まりに溜まってしまった不満をぶち撒けながら、ベッドの上をゴロゴロとのたうち回る聖女。

 寝間着にしているワンピースのスカートが乱れてしまっているが、さすがにもう誰も覗いてなんてこないだろう……たぶん。


(あんな恥ずかしいところを覗かれていたなんて……アレに比べたら……あぁもう!!)


 先ほど現れた覗き魔のカボチャお化けの仮面男、ジャック。

 魔王ウルとのやり取りを見られていた事も問題だが、彼が最後に吐いたセリフが今もモナを悩ませていた。


『女神とその眷属に気を付けろ』

『女神様?』

『――そう。ねぇ聖女……この世界に、なぜ勇者や魔王が居ると思う?』


 ジャックはモナにそう問いかけると、闇に消えていった。


「女神様に気を付けろですって……? 女神の化身って言われている聖女に向かって、いったい何を言っているのかしら。もしかして彼は魔王崇拝の信者か何かなのかしら?」


 この世界の神と言えば、唯一神である女神マリアしかいないはず。

 彼女こそが地上全ての生命を生んだ親であり、慈愛と正義の象徴とされている。

 年に一度行われる女神祭では実際にとある恩恵も与えられているし、誰からも愛されている存在なのだ。

 ……とある例外を除いて。


「女神様に敵対するのは魔王ぐらいのものだし……じゃあ、ジャックはウルの仲間ってことなのかしら?」


 だが魔王城でウルの本体が勇者たちによって倒されたとき、他の部下たちと違ってジャックは彼を助けには来なかった。

 魔王を崇拝しているのであれば、命を賭してでも救出しようとしていたハズである。


「それにジャックの言っていた世界の外側ってなんなんだろう。私と同じように他の世界から来たってことかしら? 駄目だわ、分からないことが多すぎる……」


 世界の外側と言っても他国のことをそう呼びはしないだろう。

 モナが今いる大陸にはルネイサス王国の他にも国が幾つかあるが、海の向こうには何もないと言われている。

 実際に船で旅に出た冒険家も居るが、大半は帰ってこなかったし、何かを見つけた者は皆無だった。だからこの大陸の住人にとって世界とは普通、この大陸のことを指すのだ。


 モナ自身も数年かけた魔王討伐の旅で大陸中を歩いて回ったが、他に世界があるなんて話を聞いたことは一度も無い。


「……駄目ね。これ以上、疲れた頭でいくら考えても良案は浮かばないわよね。今日のとこはもう寝ましょう……」


 ひとまず今日のところはこの件に関して、どうにかするのは諦めた。

 モナはこの難問を頭の片隅に追いやると、度重なる疲労で重たくなった目蓋をゆっくりと下ろすのであった。




 ◇


「じゃあ行ってくるよ、みんな」

「……本当に一人で大丈夫なの?」

「あはは、心配性だなぁお姉ちゃんは! 役目は終わったって言っても、レオは勇者だよ!?」

「そうだよ、モナ。レオなら死んだって幽霊になって帰って来るさ。なぁレオ?」

「ははは、それは間違いないな!!」


 翌日の朝。

 王都の交通門には勇者パーティが勢ぞろいしていた。

 フレイ王の前でも宣言していた通り、これからレオは残っているモンスターを狩るための遠征に向かう。

 今回はそれぞれ予定があるため同行はしないが、他の三人のメンバーも彼を見送りに来たのだ。


 モナだけはレオの中身が魔王ウルだと知っているため、胸の中で心配しているのは彼の身の安全だけではないのだが……。


(まさかとは思ったけど、本当に身体を取り戻すためにモンスターの素材を集めに行くなんて……もしかして、隠れて人間まで狩ったりしないわよね!?)



「にひひひ~。そんなに心配なら、お姉ちゃんもレオについて行ったら?」

「そうね、それもアリかも……って、はぁ!? む、無理に決まってるでしょう!? 急に変なことを言わないでよ、リザ~!」


 皮を被ってレオのフリをしているウルを睨んでいると、後ろから双子の妹のリザがそんな提案を告げてきた。ついその言葉に乗っかってしまったが、ついて行ったりなんかしたらこの男に何をされるか分かったものではない。


「だってお姉ちゃん、そんなにレオ君と一緒に居たいんでしょう? だったらお姉ちゃんも行けばいいだけじゃない」

「そ、そんなこと……それに、私には教会での仕事が……」

「俺もモナがついて来てくれたら安心なんだけどな~。ホラ、もし俺にナニカあったらモナが癒してくれるだろう?」

「ちょっとウ……レオ!!」


 妹のリザが姉を揶揄うと、魔王が更にそれに便乗してきた。

 レオの身体を乗っ取っていることを良いことに、この性格の悪い男もやりたい放題である。


「いいなぁ、僕も騎士団の演習が無ければ一緒に行けたのに……」

「(ちょっとミケ、アンタもしかしてまだお姉ちゃんの事……)」

「(しょ、しょうがないだろう? 僕はそんな簡単に愛した女性を諦めたりできないんだよ!)」


 ポツリと王子ミケのボヤキを聞いてしまったリザが慌てて耳元で確認を取ったが、王子は顔を真っ赤にして姉への好意を肯定する。

 普段は女遊びばかりしているタラシのような軽い言動ばかりだが、実はミケも幼い頃からモナのことが好きだった。

 だが、王子であるという身分と、最大のライバルであり親友である勇者レオの存在が彼の初恋を半ば諦めさせていた。

 もしかするとモナと同じように、ミケも魔王討伐の旅が終わったことでその恋心に再び火がついてしまったのかもしれない。



「と、ともかく私には王都でやることが……」

「はいはい、お姉ちゃんはもう聖女の役目は十分果たしたでしょう? たまには二人っきりでデートでもしてきなよ」

「「で、デートなんかじゃ」」

「どうしてレオ君まで動揺するのよ……いいから、ホラ。お母さんにはアタシから言っておくからさ。さっさと準備して行ってきなって!」

「む、むう……わ、分かったわよ……」


(し、仕方がないわね。だってほら、ウルが何か悪さをしないか監視しなくっちゃだし。これはアイツの為じゃなくって民とレオの安全の為よ。そう、これは私にしか出来ないことだし……)


 仕方なく無理矢理に自分を納得させて、ウルに同行することにするモナ。

 だが彼女の頬が少し緩んでいるのが他の面々にはバレバレだった。


「じゃあコイツは俺が守るから、楽しくモンスター狩りデートしてくるわ!」

「ちっ、このお気楽野郎め!! やっぱりこの男、僕の王子権限で牢に入れてやろうかな?」


「「「あははは!!」」」


 モナの心労も知らないで、お気楽な三人は無邪気に笑い合う。

 この遠征で何かあれば、自分一人で対処しなければならないことを考えると先が思いやられる。


「はぁ……私もこの人が牢に入ってくれてた方が安心かもしれないわ……」




 ――こうして、波乱の予感しかしない二人旅が始まるのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――


次話より第2章となります!

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