第47話 広すぎる風呂にて

「そんじゃ、一番風呂いただきます」


 そんでまぁ、何だかんだで押しに弱いあたしは、結局泊まっていくことになった。


 ていうかね、歓太郎さんあんにゃろう、ぬぁーにが「俺も最近やってないしなー、十五分も厳しいかなぁー」だ!


 あいつ九分でクリアしやがった! 完全に負けたっつーの!


 ぴしり、とアイロンまでかけられている、旅館の浴衣みたいな寝間着と、「いやー、まさか本当にこれを出す時が来るとは」と歓太郎さんに持たされた新品のボクサーパンツを手に、「廊下をまっすぐ行ったところに暖簾かかってっから」と純コさんに教えられた浴場を目指して、廊下をぺたぺたと歩く。


 しかし広いなぁ。

 この建物、思っていたより奥行きがある。宴会が出来そうな大広間もあるし、トイレだって男女別のがいくつあるやら。こんなところに兄弟二人で住むとか、絶対寂しすぎる。そういう意味でも絶対にあの式神達が必要だ。


 まぁ、歓太郎さん辺りはバイトの巫女さんを連れ込んでそう、なんて考えたけど、そういやこの神社、巫女さんもいないじゃん。人を雇うほど忙しくないんだろうか。まぁ小さい神社だし、ちょいちょい仕事抜けてくるしな。


 暖簾をぺらりとめくって、引き戸を開ける。これで戸の向こうに全裸の慶次郎さんがいたら、まぁそれもラッキースケベとかのカテゴリなんだろうか。いやいや、さすがにそれはない。だってあたし一番風呂もらったもん。


「おわ……」


 ちょっと思ってたよりも広いんだが?

 浴槽、檜なんだが?

 

 おい、ここアレだろ。

 旅館だろ?

 隠れ家的な旅館だろ?

 マジで式神あいつらいなかったら誰がメンテナンスするんだよ! 慶次郎さん、絶対に消すな、あいつら!


 頭と身体をサッと洗って、湯船につかる。ウチの風呂とは大違い。足もゆったり伸ばせるし(いや、ウチの風呂だって足くらいは伸ばせるけど)、手だって広げられちゃう。大の字で浮かぶことだって可能だ。さすがに泳げるほどは広くないか。いや、やらないけど。


 えーちょっともー、ここに住みたいわ。

 ご飯は美味しいし、風呂は広いし。言うことないじゃん。


 いやいやいやいやいや!

 そんなわけにいかんのだって!

 ここ、野郎しか住んでねぇしな? 

 手こそ出してこないけど、あのわいせつ神主、言ってることほぼほぼセクハラだしな?!


 風呂にしてもよ、季節も季節だからそりゃあ汗は流したいし、ありがたい申し出ではあったけど、歓太郎さんあのわいせつ神主の第一声、


「じゃ、一緒に入ろっか」


 だったからね?

 一人で入るっつーの! 


「え~? 別に厭らしい意味じゃなくてさぁ。ほら、お背中流します的な? そういうやつだって。大丈夫。俺は浴衣着るから」


 うるせぇ、騙されんぞ。

 だいたいな、そっちが浴衣でもこっちは全裸だろ、って。


 まぁこれくらいはまだ序の口だった。歓太郎さんは、それじゃあこれでどうだ、とでも言わんばかりに悪い顔をして、


「いやはっちゃん実はさ、ウチの風呂、出るのよ」


 ここだけの話、なんて声を潜めて言うわけ。


「何が」

「え? おばけとか、霊的なやつ」

「嘘でしょ」

「いやもうほんとほんと。こうさ、髪を洗ってる時に顔を上げたら、鏡にね、映ってたりするわけ、女の人の霊が。そんでさ、排水溝からごぼごぼごぼって長い髪の毛が出て来たりとかね、シャワーから血がね、どばどばーって」

「嘘でしょ」

「うん、嘘。自分で言ってて怖くなってきちゃった。あーん、はっちゃん一緒に入ってよぉ~。自分ちなのにこーわーいー!」

「ばっかじゃないの。神主ならてめぇで祓えっつーの。ていうか嘘なんじゃん。おパさん、麦さん、純コさん、一緒に入ってやんな」

「りょうかーいっ!」

「しょうがないですねぇ」

「よし、髪はおれが洗ってやる!」

「げぇ、何が悲しくて野郎に洗われなくちゃならないんだ!」


 やだやだ、お前達と入ると毛がすごいんだよぉ、とよくわからない抵抗をしているのを尻目に、さっさと抜け出してきたというわけである。


 あー、でもマジで気持ち良いなぁ。

 

 浴槽の縁に頭を乗せて、ぽかん、と天井を見上げる。格子窓から外を見ると、夜空に星がきれいに見えた。明日も晴れるんだろうな。


 上がったらアイスでも買いに行こうかな。

 ソーダ系かフルーツ系のさっぱりしたやつが食べたい。真冬にこたつで食べるんなら、こってり甘いバニラ系だけど、夏はさっぱりしたやつに限る。ちょっと高いけど24ニーヨンマート限定の『果物ごろごろバー』も良いし、定番の『ゴリゴリ君』でも良い。迷うなー。いや、ここで迷ってたらのぼせるわ。


 ここでのぼせてごらんなさいよ。

 あのわいせつ神主が揚々と乗り込んでくるっつーの。

 

 さっさと出ないと、と思いつつ、けれど夜空の星が何となく気になって見てしまう。


 機、というのは。

 星の動きが関わっているらしい。

 あたしは、まぁ想像はつくかと思うけど、天体の知識なんて0に等しい。天の川とか、しし座流星群とか、なんかそんな感じのメジャーなのは名前くらいなら知ってるし、衛星やら惑星やら辺りなら何とかわかる。だけどその、夏の星座がどうだとか、どれとどれを繋げば何座になるかとか、そういうのはさっぱりである。


「陰陽師って、そういうのわかるんだなぁ」


 何かてっきり、ファンタジー小説に出て来るような、不思議な力云々で――みたいなやつかと思っていたけど、彼の話では、学問みたいなものらしい。そういや占い師を養成する学校なんてのもあった気がするしなぁ。


 そう考えると、陰陽師って実は案外誰でもなれるのかな? なんて気がしてくる。実際のところ、知識だけならどうにかなるのだろう。資格というか、免許みたいなものがあるのだとしたら、たくさん勉強をして、試験をパスさえすればなれるのかもしれない。


 だけど、式神は無理だ。

 それを呼び出せるから、慶次郎さんは特別なのだ。


 彼を信じて待っていれば、その『機』は必ず訪れる。例えいまリク先輩に彼女がいるのだとしても。


 部長の話だと――あくまでも彼の主観だけど――あまりうまくいってないらしいから、たぶんその『機』が訪れるのは、二人が別れてからだろう。あたしとしては出来るだけ早くに彼女になりたいけど、だけど、別れてすぐ次の女、ってのもどうかな、という気持ちもある。それにほら、あたしは告ってる側なわけで、なんていうか、こいつなら声をかければすぐ落ちるだろう、って思われてそうなのもちょっと嫌かな。まぁ実際にすぐ落ちるんだろうし、それは間違っていないんだけどさ。


 だけど、だからさっさと別れてくれないかな、って思ってしまう自分も嫌だ。うまくいってるいってないっていうのは、他人が判断することじゃない。べたべたいちゃいちゃするばかりがカップルの形でもないんだろうし。


 それともアレかな、あたしが別れさせる役だったりするんだろうか。『機』って別に棚ぼた的なものでもないんだろうし、積極的にこっちから攻めろ、みたいな感じかもしれないよね? それもちょっとなぁ。別れさせて後釜に納まるとかさ。それでうまくいったとしても、後に同じことされそうだし。


「だぁー、もう、マジでのぼせる! 出よう!」


 ここで勢いよくざばっと出ちゃうと危険である。一度それで眩暈を起こしてぶっ倒れたことがあるのだ。なのでゆっくり上がり、しばらく浴槽の縁に腰かけて落ち着いてから浴室を出た。ここで倒れたら確実に飛んで来るからね、あのわいせつ神主。いや、もしかしたらケモ耳ーズかもしれないけど。まぁ彼らならまだ人間じゃないし良いのかな、って気も……いやいや向こうが気にしなくてもこっちが気にするっつーの!


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