第61話 貴族の別荘

「貴族の家にしては地味だな」

「別荘だからね」


 ベネディクトの家族が別荘として利用しているという、白壁の建物に招待された。建物はこぢんまりとしているもの、二階建てで別荘としては十分すぎる大きさだった。玄関には重そうな大きな扉があり、それを開けると広いホールとなっていた。天井が高く開放感がある。


『私ちょっと部屋の中見てきますねぇ!』

「メイドさんがいてメイド服着てる。ここは天国か」

「拙者にニンジャの生きざまを教えてくれたユキチ師匠の趣味でござる」

「ユキチって……諭吉? やっぱ日本人なのかな」


 玄関ホールには黒と白のメイド服を着たメイドさん達が五人ほど並んでいた。忍び装束を着た護衛とか執事らしき男の人もいるけれどそちらはまあいいだろう。怪しい人には触れないに限る。


 玄関ホールは特に飾ったりする習慣がないのか、置物などもなくすっきりとしていた。絨毯や壁紙は落ち着いた色合いで揃えられている。そう、絨毯が敷かれていた。こういうところはさすが貴族の家だと思う。


 案内されるまま客間に入ると雰囲気が変わる。


「あれ、中は意外と……家具がどれも高そうなんだけど」

「僕の家族は派手なものは好まないからね。王都でも丈夫で使い心地の良いものを使ってるよ」


 品のいい明るめの茶色のソファセットにローテーブル、壁際にはオシャレなチェストがある。カーテンは落ち着いた深いえんじ色で、部屋に飾ってある小物もどれも高級そうに見えた。誘導されるままに皆でソファに腰を掛けたところで、メイドさんがテーブルに紅茶をセットして退室していった。


 目の前にある高級そうなティーカップを持ち上げる。綺麗なティーカップを作る技術はあるんだな。なのに何故ベネディクトは露天風呂付客室の内装を見て興奮していたんだろう。


 カップの中身を飲んでみると、紅茶のようにも思えるけれど何かが違う。茶葉の品種なのか、処理方法なのか見当もつかない。ビアンカが客室に置いてあった紅茶のティーパックを絶賛していたけど、この味の差の事だったのだろうか。


「あれ? アマーリエが来てない?」

「姉さまはクレーメンス兄さまと話してから来るそうだよ。ここじゃ姉さまはカナタがいるから喋れないって」

「治るの時間かかりそうだな……」

『まあまあ湯浅先輩、男として認識してもらえてよかったじゃないですか!』


 ビアンカの紅茶講座を聞きながら談笑していると、しばらくしてアマーリエとござる兄さんが部屋へと入ってくる。ござる兄さんの後ろにいたアマーリエと目が合うと自信ありげな顔でウインクしてくれた。なにそれかわいい。


「妹から事情は聞いたでござる。とりあえず妹が住んでいたのと同じ建物を建ててもらいたいってばよ。ベネディクトが金を使う事を一時的に許可するでござる」

「やったー! 僕もあれが食べられる!」


 あっさりと許可が出てしまった。あのやり取りは何だったのか。アマーリエとベネディクトの信頼の差が浮き彫りになる。でも露天風呂付客室をひとつ購入するための金額のみ許可、という制限付きらしい。


 ござる兄さんとは初対面だし、俺のスキルの事を話すかどうかをまだ決めていなかったけれど、アマーリエが説得のために話したようだった。いや、最初にベネディクトが話してしまったのかもしれない。


 それでもアマーリエは特に心配そうな顔をしていないし、ござる兄さんは信頼のおける人物なのだろう。変な人に見えても。


 ござる兄さんの話によれば、簡単に許可を出したのはいくつかの理由が重なったからだったという。その一に、ベネディクトは頭を冷やすために田舎の領地で謹慎しなければならない。その二に、アマーリエは隣国に嫁に行っているはずなので、王都など人が多い場所に行って姿を見られるわけにはいかない。


 この集落はその両方が叶う場所で、ベネディクトも姉のアマーリエが一緒に居れば下手な行動はとらないはずだと予想されていた。他にも色々と事情があるそうだけど、話せるのはここまでと言われてしまった。


 俺としてはお金さえ出してくれれば何でもいい。設置した後は様子を見てエゴンさんの村に帰るつもりだったし。


「でもアマーリエをここまで連れてきて良かったんだろうか」

「良いに決まっているでござるよ。他の貴族に見つかるわけにはいかぬが、拙者の目の届く範囲には居て欲しいでござる」

「という事は元の村に帰るときにはお別れかあ」

「カナタ! 姉さまの住んでいた家と同じものをすぐに建ててくれ! この別荘の裏でいい! はやく!」


 空気の読めないベネディクトに腕を引っ張られ、せっかく入った別荘から出る。他の部屋も見てみたかったのに。怨霊の佐久間がまだ帰ってこないからどこかに面白いものがあるのかもしれないし。


「ここだ! ほらちょうどいいだろ? あの村みたいに高さを気にする必要もないよ!」


 ベネディクトが案内してくれたのは、別荘の真裏の開けた土地だった。確かに十分な広さがあって隣には二階建ての別荘が建ち、周りに木もあって目立ちにくい。


 サウナカーに乗った状態でなければスキルが使えないので一度サウナカーへと戻り、運転して別荘の裏手に移動させる。護衛の人達が羨ましそうに見てくる。ちょっと移動させただけなのにそんな目で見なくても。


「えっと、全く同じものでいいのか? 新鮮味なくない?」

「同じものがいい!」

「バージョン違いとか人数変更とかしなくていい? お金出せば出す程豪華になるはずだけど」

「うーん、どうしよう。僕はあの風呂と料理と同じものが欲しいんだよね。あっじゃあ、料理がたくさん出るようにしてほしい! みんなで食べよう!」


 サウナカーの運転席でタブレットを操作していると、ティモが膝によじ登ってきてビアンカたちがもじもじし始めた。


「購入画面見たい?」

「みっ、見せたいっていうなら見てあげなくもないわ!」


 ここにきてビアンカのツンデレ復活である。運転席は狭かったので後部座席に移動することにした。ござる兄さんが結界に阻まれてサウナカーに入れなかったので手を引いて招き入れる。ござる兄さんはマップ画面上で青丸だった。こんなに変な人なのに青で安全なんだな。


 周りをガチガチに固められながらもタブレットを操作し、浴槽購入画面を全員に見せる。


◆手湯・足湯    30,000リブル~

◆サウナ室     80,000リブル~

◆ユニットバス   200,000リブル~

◆家族風呂     400,000リブル~

◆露天風呂付客室  700,000リブル~

◆銭湯・温泉宿   3,000,000リブル~

◆スーパー銭湯   50,000,000リブル~


「エゴンさんの村にあったのはこの下から三つ目のやつな。最低価格が大銀貨14枚からなんだけど、それは一人用。あれと全く同じやつだと二人用だから小金貨1枚と大銀貨6枚いる」


 “小金貨”というワードに、ござる兄さんの美麗な笑顔が固まった。でも気にしない。同種で四人用の露天風呂付客室を見せて欲しいとタブレットにお願いすると、メゾネットタイプの露天風呂付客室一覧が表示される。建物の大きさはほぼ同じで、ベッドが四つに増えるようだ。料理も四人前出てくるはず。


「あっ、これがいい! この橙のやつ!」


 ベネディクトが選んだのは、内装が白とオレンジで統一されている客室だった。エゴンさんの村に設置したものが白と青で爽やかなイメージだったのに対して、温かみのあるデザインに見える。室内はベッドが増えただけでその他の設備はあまり違いがないようなのに、180万リブルもする。


 料理が永久的に四人分出るとしたら長期的に考えればお得なのかな。まあ人のお金だしいいか。


「じゃあこれで。ベネディクト君、お金ください」

「いくらでござるか? 拙者も把握しておきたい」

「小金貨1枚と大銀貨がえっと……16枚かな?」


 サウナカーの購入時にはおつりを返せとグチグチ言っていたベネディクトだったけれど、サウナカーの性能を目の当たりにした直後のせいか、金貨と銀貨をほいほい渡してくる。ニコニコしながら小金貨を手渡してくるので有難く受け取り、ティモにタブレットに入れてもらってから設置する事にした。ござる兄さんが引きつった笑顔でティモの手元を見ている。騙したりしてないのに。


「タブレットさん、この180万リブルのオレンジの露天風呂付客室を設置したいです」


【露天風呂付客室・外湯一据え・内湯一据え 欧風メゾネットタイプ(白橙) 大人四名・夕食あり(保護付き)を選択しました】

【どの位置に設置しますか?】


 マップに重なるように画面中央に大きな文字が表示され、別荘の裏手のちょうどいい場所に大きな四角が点滅している。


「その場所がいいです。あっ、外観は自重なしで全力で行っちゃってください!」


 所持金 0円 2,390,500リブル 【1,800,000リブルが使用されました】

【露天風呂付客室・外湯一据え・内湯一据え 欧風メゾネットタイプ(白橙) 大人四名・夕食あり(保護付き)の設置が完了しました】


 二階建て一軒家が音もなく目の前に現れた。そういえば今まで設置の瞬間を見たことがなかった。今回はたまたまトランク側の扉を開け放っていたので見ることが出来たが、まばたきしてたら見逃してしまいそうな程に一瞬で建設された。本当に何の音もしなかった。魔獣が下にいたとしたら潰れる音とかはするのだろうか。


 設置された露天風呂付客室の外観は、白とオレンジのレンガ造りになっていて大変可愛らしい。屋根は赤茶色で所々に出窓なんかもあったりして、モダンな印象を受ける。ビアンカとアマーリエが今までにない程に喜んでいた。


 こういう反応は新鮮でいいなあ。女の子に喜んでもらうのは嬉しい事だなあ。間に挟まりたいなあ。


「あっ、そういえば前のは玄関が二階になかったっけ?」

「入り口一階にあるみたい! カナタありがとう! さっそく見てくるよ!」


 ベネディクトはウキウキとした表情で走って行ってしまった。喜んでくれているようでこちらも嬉しい。ビアンカもアマーリエもティモも、サウナカーから我先にと飛び出していく。スピード狂の護衛達もその後を追いかけて行った。露天風呂付客室が完成するやいなや、周りにいた人たちが全員いなくなってしまった。あとに残されたのは俺と、ござる兄さんだけ。


 なにこれ気まずいんですけど。初対面だし、距離感分かりづらいし、変な口調だし。ござるお兄さんが綺麗な真顔で俺に何やら話しかけようとしてる。やだこわい。さっきまでの笑顔を取り戻してほしい。あれもあれで怖かったけど。


 サウナカー、男二人、密室。何も起きないはずがなく……


「カナタはいつからこの世界に来たでござるか?」

「いつからって……えっ」

「ユキチ師匠と同じく、転生者であろう?」


 ござる兄さんが突っ込んだ質問で攻めてくる。自信を持って言っているようなので何かを確信しているらしい。ござる兄さんは見た目は二十代前半で年下に見えるけど敬語使ったほうがいいかな、貴族だし。


「転生者ってわけじゃないんですけど……諭吉さんは生まれ変わりってこと?」

「ユキチ師匠は別の世界から来たようだが、詳しくは語らなかったでござる。謎が多い人物で名も偽名らしい。男は謎が多い方がモテると言っていたでござる」

「諭吉さん、偽名なんだ……」


 敬語を使おうとしたけどダメだった。ござる口調がすべてを台無しにする。俺には翻訳スキルがあるようなのでござると聞こえるけれど、現地の人達にはどう聞こえているんだろう。


「名は敬愛する男から貰ったと言っていたでござる。イチヨウやヒデヨよりも愛していると」

「諭吉さんは福沢さんだったんだ……」


 どう考えても一万円札のあの人の名前である。あの人のことなら俺も愛していた。いつも側にいてほしいのに、すぐに家出してしまう淡白な人だったけど。


 近い将来お札に載る人が変わると聞いたことがあるので、諭吉さんは平成後期か令和初期の人なんだろう。忍者って聞こえたから江戸時代の人かと思ってた。同じ日本人の佐久間もこの世界に来ているし、日本人が集団転移とかしたのだろうか。そしたら今頃日本はパニックだな。


「カナタおそい」


 ござる兄さんの質問にどう答えようかと悩んでいると、ティモが走って呼びに来てくれたのでうやむやにすることにした。ござる兄さんも深く追及するつもりはないようだった。



 所持金 0円 2,390,500リブル (手持ち 0リブル)



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