第54話 村の事情


「村長、少しの間この村を離れようかと思うんですけど」


 村長のエゴンさんは村長宅の裏で村人たちと魔獣を捌いていた。手に持つナイフに紫の物体がまとわりついていて恐ろしい。村人たちも皆ナイフや斧を手に持っていて、傍から見たら異様な集団だ。


 村長は俺の後ろに立つベネディクトと護衛三人組を見て、微かに目を見開いた。


「アマーリエの弟か?! いつの間に村に来てたんだ? 村に来たなら先に挨拶に来いよ!」

「ごめんなさい」

「カナタに怒ってるわけじゃねえ」


 魔獣を解体する村長の横で、これまでのあらましを伝える。といっても国境の様子と、アマーリエと一緒にトワール王国へと行こうかと思っているという事くらいだったが。相談のように話す俺に村長はすぐ許可を出した。


「いいぞ、行ってこい。気を付けてな」

「えっ、そんなあっさり? 俺がこの村から抜けたら、魔獣がわんさか襲ってきて大変な事に……」

「ならんだろ」


 即座にツッコミが入った。周りにいた村人たちも同意している。村長から、一度行っただけでは設置できないからどうせとんぼ返りだろうと指摘されて、ようやく思い出す。


 そうだ、一度その地に行ってから既存施設まで戻らないとタブレットが使えないんだった。忘れてたけど、それなら数日で戻ることになるだろうから心配する必要もないか。隣の国まで何日かかるんだろう。


 そして村長が言うには、俺がこの村に住み着く前からこの村はうまくやっていたし、外堀が出てきてからはさらにやりやすくなったらしい。そして俺はたまにサウナで魔獣を潰すくらいで戦えないから、居ても居なくても同じだと。なにそれ、さみしい。


『自分が居ないとみんなが困るとか、そういうのは思い上がりですよ』


 怨霊の佐久間が冷静に言葉を投げつけてくる。それはそうだけど。


『湯浅先輩が抜けたら村が立ち行かないとか無いですから。先輩一人くらい居なくても村は回るし、しばらくすれば存在自体を忘れられます』

「佐久間やめて、涙が出そう」


 今は討伐隊が村を好きに使っているから、討伐作戦が終わった後の始末が大変じゃないかと指摘したけれど、カナタがいても何も出来んだろうと言われてしまった。返す言葉もございません。


 それにペーター達の強さを目の当たりにしたばかりなので、大型魔獣が来たとしてサウナで潰さなくても対抗できそうだった。デスワームみたいなのそうそう出てこないだろうし、ハニーキラービーを倒したあたりから明らかにペーターのレベル上がってるし。


「えええぇ、誰も引き留めてくれない……じゃあ寂しいけどちょっと行ってこようかな。アマーリエは実家に帰すから連れて行くとして、ビアンカはどうしよう? 置いて行こうか?」

「いやいやいや、連れてってやれよ。最初にそいつらの面倒見ろって言っただろ?!」


 村長が言うには、冒険者の中には夜中に家族風呂や露天風呂付客室に侵入しようとしている者が結構いるらしい。彼らの目的はビアンカとアマーリエのようだった。二人は町でもあまり見ないほどの美人なので、不埒者の気持ちは分からなくもない。分からなくもないけど許せん。


 二人は魔獣を討伐する光景が衝撃的で恐ろしかったらしく、初日以外は基本的に家の中で過ごしている。なのにいつ見つかってしまったのかと聞いてみると、初日にガッツリ見られたそうだ。しょっぱなから目を付けてくるとか、冒険者たちもお目が高い。


 今は冒険者だけに見つかっているが、もしもその美貌が貴族の子息の目にとまってしまえば、相手は貴族だから手段を選ばずに強制的に連れ去ったりする可能性があるという。村長はそういったトラブルを避けたいのだろう。


 この話を聞いて、ビアンカを連れて行くことが決定した。ティモは元からメンバーに入っている。佐久間は勝手についてくる。


「本当に、俺がいなくなってもいいんですか?」

「風呂のついた家は残してくれるんだろ? ならカナタはいらねえな」


 村人たちはビアンカとアマーリエがいなくなることを残念に思っている様だったが、村長のエゴンさんは冷たい。村長はいかにもトラブルを呼びそうな二人を最初から警戒しているようだった。


「まあ欲を言えば、オレらの元の村がどうなってるか見て来てもらいたいがな。時間があればでいいから」

「元の村? どういうことですか?」

「おや話していませんでしたか? 私達は元々トワールの辺境にある村に住んでいました。災害の混乱に乗じて奴隷としてこの開拓村に連れて来られたのです。私達は皆、トワール王国出身の平民ですよ」


 クラウスが出てきて説明してくれたが、初めて聞く話だった。いやもしかしたら少しは聞いたことがあったのかもしれない。でもクラウスの話を聞いて納得できることや思い当たる事がある。外堀を作る相談をした時にも思ったが、村長や村人がこの村をこれ以上大きくするつもりがなさそうな素ぶりだったのを不思議に思っていた。普通なら村が広く大きくなった時の事を考えるのではないかと気になっていたが、そういうことだったのか。


「じゃあみんなで一緒に行きます?」

「そんな簡単な事ではないでしょう? 私達だって戻れるものなら戻りたいと思っているのです。しかしそれは今の段階では不可能です。手続きも複雑ですし移動手段もありません。移動先の住居や受け入れ先なども決めなければなりませんよ。それに全員が揃っていなければ他の元村人に迷惑をかけることになります。私達が村ごと攫われてこの国に来た時には百名近くの村人がいましたが、大抵は複数の開拓村へと送られて若い女性は大きな街へと連れて行かれました。もしも私達の村だけがトワール王国へ戻れば、他の村に住んでいる人々や街に住んでいる女性がどうなるか分かりません」


 クラウスがすごい長文で説明してくる。クラウスによれば、デンブルク王国は攫ってきた奴隷が他国へ逃げることを防ぐために、わざと仲間が散り散りになるように分配して人質のように扱っているそうだった。もしも一部の村人が手続きせずに逃げ出せば他の村人が制裁を受ける。


 平民に上がって正規の手続きさえすれば他の仲間が制裁を受けることもなく国から出られるが、移動に際して物凄いお金を支払わされるし、手続きがかなり複雑で時間もかかるらしい。それが分かっているからこそ、この国の国民は酷く搾取されながらも土地を動けないでいるようだった。


「まあ、いつかは戻れると信じて金を集めてるが、村がなくなってたとしたら厳しいかもな」


 村長の理想はトワール王国の元の村へ戻って、前と同じメンバーで一緒に暮らす事らしい。そのためにも俺に元の村や家の枠組みなどが残っているか見て来いと言ってみたそうだ。もしも村が残っていたとしても、そこにまた住んでいいかをトワール王国に確認しなければならないし、今の段階でデンブルク王国から村人全員を集めて移動する事は難しそうなので一緒には行けないという。


「オレ飲み屋のおねえちゃんから噂集めてるから、全員の居場所知ってるぜ!」

「本当かルイス?! なら早く言えよ!」


 役に立たないはずのルイスが役にたった。町に出るたびに若い女の人が働いている飲食店に飲みに行くと言っていたルイスは、実は散り散りになった女性たちや村人の様子を聞き込みしていたらしい。


「びっくりした? 平民に上がれてるかは分からんけど、場所はわかるぜ!」


 ルイスの口から聞いたことのない町や店の名前がスラスラと出てくる。村長が確認したところ、攫われた当時の人数にピタリと当てはまるそうだった。


「十年かけて移住の金貯めて、情報も集めてたってのに、こんなあっさりと……」

「え、じゃあやっぱ村長も一緒に行きます?」

「いやいやいや、居場所が分かるだけでまだ集まってないだろ?! 準備もいるし、移動手段もいるからな! 十年耐えたんだ。じっくり準備して連絡とっておくから、カナタは先に行って元の村の様子でも調べておいてくれや!」


 俺としては軽率な行動をとりがちなベネディクトと一緒に国を越えるのは少々不安があり、できればクラウスか誰かについて来てほしかったのだけど。クラウスにもルイスにもペーターにも断られてしまった。親交も深まっていたと思っていたが、やはり何十年も一緒に過ごした仲間のほうが大切らしい。


『まあまあ湯浅先輩、ここは“はじまりのまち”だったんですよ。いつかは村を捨てて旅立たなきゃなんですよ』

「戻ってくるつもりだからな?!」


 寂しい気持ちはあったが、トワール王国の様子を確認したらすぐに戻ってくることを約束した。ファンタジー小説ではお世話になったはじまりの町の存在を忘れてそのまま魔王を倒しに行ってしまう事がよくあるが、俺はここに戻ってきたい。湯浅邸もあるし。


「あっ、湯浅邸のことすっかり忘れてた!」

『湯浅先輩の家なら大丈夫ですよ。私しょっちゅう見に行ってますし』

「カナタの住んでた家か? ならペーターに見回りさせるから心配すんな」


 冒険者たちがビアンカとアマーリエを狙っている事もあって、出発は早い方が良いという事になり、翌朝この国を出ることが決まった。


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