第72話 手をつないで

「マリエル、あそこを見てください!」

「どれよ」

「あれですよ!」

「だからどこよ……ん?…西の中位区にあんなお店なんてあったかしら…。え、トルテ・フィリグラン…!ハッツェン、トルテってあのトルテよね?」

「そうですよ、あの有名なフィリグラン発の老舗フィリグラン菓子店、トルテ・フィリグランです!この前グンターたちと買い出しに来た際見つけたんですよ。数日前に支店が完成したばかりのようです」


(女の子だな~)


 服屋での修羅場無音を耐え凌ぎ、勇者となった俺は楽しそうなハッツェンとマリエルに挟まれ幸せな気持ちで王都西側中位区を練り歩く。


 いつもの固い言葉づかいや雰囲気を発していない二人は普段抑え込まれていた美少女特有の存在感を放ち道行く人を二度見させている。

 なので当然その間でストラップのようにプラプラしているちんちくりんの俺も目に入るはずだ。

 しかし、道行く人々の表情には驚愕がない。もしも王国最強と名高いヴァンティエール家、そこの嫡男が中位区で綺麗な女性と楽しそうに手をつなぎでいたら驚くはずなのに、だ。

 堂々としていれば案外バレないものである。


「トルテはやっぱり美味しいのにそこまで高価じゃないところがいいですよね~」

「そうね、決して安くはないのだけれど庶民でも背伸びすれば十分に届くもの。それに何より美味しいのよね」

「結局は味ですね」

「間違いないわ」


 俺が二人の姉に手を握られるウキウキ気分の幼い弟を演じている間にもサイドの二人は楽しそうに今いる場所の対角線上にあるフィリグラン発のスイーツ専門店『トルテ・フィリグラン』について話している。

 しかしどこをどう聞いても行きたそうな会話をしているのにも関わらず、『トルテ・フィリグラン』がある側の道に二人は行こうとしない。ただまっすぐ歩くだけ。


(はぁ、行きゃいいのに…)


 心の中でそうため息をつき、明らかに『トルテ・フィリグラン』へ興味を示している二人に提案する。


「お姉ちゃん、僕あそこのお店行きたい!」

「行きたいのですか?」

「うんっ!(…君がね)」

「仕方のない子ね」

「……(君がね)」


 そう、俺が行きたいと言わないとこの美少女たちは店に向かわないのだ。

 俺としては非常に面倒なので二人が行きたいと思った場所ならばどこへでも自由にいけばいいと思っているのだが、それを伝えたとき二人に「侍女ごときがご主人様の行動を決めてはなりません。線引きは重要です」と真顔で返されてしまった。

 「もっかいご主人様って言って」とお願いして「後にしてください」と冷たくあしらわれたのはいい思い出である。




 ほどなくして俺たちはお目当ての店『トルテ・フィリグラン』に着いた。


 ―――チリンチリン


「「「いらっしゃいませ」」」


 ハッツェンが入り口のドアを開けると入店を知らせる鈴の音とともに甘い香りが鼻孔をくすぐり、少し後に女性店員の声が聞こえてくる。

 非常に落ち着いた声だ。

 一瞬上位区の店に入ったのかと誤認させられるくらいの品もその声に籠っている。


 しかし、それとは裏腹に店内の装飾や雰囲気は中位区の店そのもの。そこそこ安物の装飾品が非常にいいバランスで置かれているからオシャレではあるが華美な装飾品は一切ないし、客の談笑の声が所々から上がっているため総じて言えば上位区の店と比べて品がない。

 でも中位区ならこれくらいがちょうどいいのだろう。先ほどハッツェンとマリエルが話していたことからもわかる通り、『トルテ・フィリグラン』という店は高位貴族向けの店ではない。

 あくまでも庶民が少し背を伸ばすだけで来ることができる店である。

 つまりは庶民向けなのだ。

 だから店内を華美にしてしまうとその分敷居が高くなってしまう。

 そう考えると従業員の練度だけ上位区仕様なのは他の中位区の店と差別化を図るためのものなのかもしれないな。


(考えすぎかな……)


 我ながら店に入るだけでここまで考えてしまうなんて気持ちわりぃと思いながらも演技は忘れない。


「わぁ、いいにおい」


 思ったことをため込まずに発してしまう。本当の5歳児なんてこんなもんだ。

 そんな本当の5歳児になりきる俺の声にマリエルが反応する。


「楽しみね」


 彼女の顔を見るとそれはもう楽しそうな顔をしていた。俺とは違い何の演技も誇張も含まれていない100点満点の笑顔だ。

 よく見ると店内で食事をしている女性客はみんなマリエルと同じ顔をしていた。


(まぁ店の経営戦略とか小難しいことは置いといて純粋に今この時を楽しむとしよう)


「―――うんっ、楽しみ!」


 スイーツってのは楽しんでなんぼだ。


 ちなみにだが先程おじい様たちと食事をした超高級料理店もフィリグラン発の店で、名を『コラール』と言う。

 とても美味しかったよ。

 フィリグラン料理は時たま実家の食卓に並ぶから食べ慣れていると勘違いしていたと気付かされたくらいだ。

 だから中位区にあるとはいえ結構この店にも期待している。

 今度はどのような美味が飛び出してくるのだろうか。



「ようこそトルテ・フィリグランへ。何名様でございますか」

「3名です」

「畏まりました。―――ではこちらへ。ご案内致します」


 店の従業員がデ〇ーズよろしく案内を開始する。

 俺はその後ろを美少女たちに手をつながれながらついていく。


「わー、きれいなお姉さんだー」


 ―――思ったことを素直に口に出しながら。


「「……」」


 子供とは思ったことを口にしないと居ても立っても居られない生き物である。

 演技だから仕方ないのだ。

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