第70話 4度目

「アル、ごめんなさい…」


 あの大樹の下から帰る途中も、ロタリオとナディアに見送られながら出発した馬車の中でも一言もしゃべらなかったリア姉。

 そんな彼女の口から久々に出た言葉は俺への謝罪だった。



 しかし、その謝罪を受けた俺はというと―――


(……いま言う?)


 そう思わざるを得ない状況に身を置いていた。


「アル様、動かないでください。時間がないのです」

「若様、裸でいいのなら動いていいですよ」

「…すまん」


 俺を着替えさせてくれているハッツェンとマリエルがお小言を言ってくる。


 今現在、俺とリア姉は昼食会の会場である高級料理店にある一室でやや豪華な服装に着替えている。

 第三騎士団見学のために着ていた動きやすさ重視の服装は貴族の昼食会には似つかわしくないからだ。

 服はマリエルとアグニータが屋敷からここまで持ってきてくれたもので俺はハッツェンとマリエルに、リア姉はアグニータに着替えさせてもらっている。部屋は一緒だけどちゃんとした仕切りがあるので安心してほしい。


 そんな状況下でリア姉が突然謝ってきたのだ。今じゃなくね…?


 それでもここまで話しかけてこなかったリア姉が話しかけてくれたんだ。

 彼女が黙り込んでしまう状況を作ってしまったおおもとの原因は俺だし、俺としても言いたいことがあるのでしっかり答える。


「なんでリア姉が謝るのさ、リア姉なんも悪いことしてないじゃん」


 あれは場違いな特別じゃない俺がいたことで起きてしまった出来事。

 リア姉は本当に何も悪くない。

 彼女と俺の立場が逆だったとしたら俺だって同じことをする。何なら言葉だけじゃ飽き足らず騎竜を殴るか蹴るか魔法をぶっ放す。


「でもアルは騎竜と触れ合うの楽しみにしていたのに…それなのに私が雰囲気を悪くさせちゃって…」


 仕切りがあるため顔は見えないが、間違えなくリア姉は申し訳なさそうな顔をしているだろう。いつものはきはきとした声が嘘のように萎んでしまっている。

 なので俺はあえてテンション高めでいくとしよう。二人ともローテンションだと思考がマイナスの方に傾いてしまう気がするから。


「え?触れ合えたじゃん。俺はあれで満足だよ。それにリア姉がいなければあれだけの時間騎竜に触ることなんて出来なかった。いや、触ること自体出来なかったと思うよ」


 騎竜を前に尻込みしていた俺を引っ張ってくれたのは他でもないリア姉だ。リア姉が前を行ってくれなかったら、俺はただすげぇ、すげぇと興奮しているだけで終わっていたと思う。あと雰囲気悪くさせたの俺だし…。騎竜が攻撃しないのをいいことに撫でまわしていたの俺だし…。


 だから俺はリア姉の行動をありがたいと思いこそすれ迷惑だなんて思うことはない。人をここまで思いやることのできる心を持つ彼女を尊敬すらしている。


 それに―――


「―――リア姉は俺のために怒ってくれたんでしょ?―――ありがとう」


 俺はあのとき嬉しかったんだ。

 お前は無力だ特別じゃないと騎竜に正面切って言われているような、そんな気がしていた俺を救ってくれて―――。




 ―――ガラガラガラ

 仕切りがなくなり、少し涙目だけど微笑んだエメラルド色の綺麗な衣装に身を包んだリア姉が現れる。


「……うん」


 表情だけでなくその返事にも先ほどまで纏っていた悲壮感はない。


(よかった…リア姉が気に病む必要なんかないんだよ……でもさぁ)


 今じゃなくね…?


 それに仕切りがなくなるタイミングが完璧すぎる。まるでドラマのようだ。

 ちらりと横を見ると仕切りを上げた後であろうアグニータが堂々と立っていた。



 ◇◇◇



 従業員に連れられて豪華な廊下をリア姉と二人で歩く。

 流石は超高級飲食店。ロドヴィコおじ様が食事の席に選んだだけのことはある。

 後ろにはハッツェンやマリエル、アグニータはもちろん「あたしすることないんで」と言ってこの建物に着いた後すぐに帰っていったミラもいない。

 さるやんごとなきお方たちと食事するからだ。

 その席に着けるのはロドヴィコおじ様に招待された俺とリア姉だけ。


 どんな料理が出てくるのか、一緒に食事をするのはロドヴィコおじ様と他に誰がいるのか、など話していると前を行く従業員が大きな扉の前で止まった。

 昼食会の会場に着いたようだ。


 ―――コンッコンッ

「アルテュール・エデル・ヴァンティエール=スレクトゥ様、オレリア・リリー・ヴァンティエール=スレクトゥ様、ご両名ご到着なされました」


 ここまで連れてきてくれた従業員が扉をたたき俺とリア姉の到着を告げる。長い到着報告ご苦労さんです。


 中からの返事はないが扉は音もなくゆっくりと開いた。


 完全に開ききった扉を潜り抜け大きな空間に足を踏み入れる。


「…すごいな」


 大きな部屋、いやホールといっても差し支えないだろう空間を見て俺は本日何度目になるかわからない感想をつぶやく。


 そしてその空間のど真ん中にポツンとある一つの金属テーブルに近づきながらまた驚愕する―――。


「すまないな、アルテュール。お楽しみのところ呼び出してしまって」

「いえ、おじ様。貴重な体験をさせてもらった上にこのような場所での食事会…感謝いたします」

「はっはっは、喜んでもらえたのであれば何よりだ」


 次に後ろにいたの御仁に挨拶をする。


「数日ぶりでございます、お待たせしてしまいましたか?」

「この人が少し早く来てしまっただけなので気にしないでください、アルテュール、オレリア」

「今回はおぬしもじゃろう……数日ぶりじゃな、アルテュール、オレリア、会いに来たぞ」


「ごきげんよう、おじい様、おばあ様」


(さるやんごとなきお方っていうのはこの二人だったか…まさか王都滞在の2週間で4度も会うとは思わなんだ)


 そう、昼食会に御呼ばれされていた御仁とは国王陛下と王妃殿下だったのだ。

 国王陛下と王妃殿下は案外フットワークが軽い。その軽さの理由が孫に会いたいからだなんてちょっぴりうれしいじゃないか。


 おじい様とおばあ様はもう4度会っているし、おじ様とはこれで2度目だが初対面の時はまあまあしゃべったこともあり変な緊張感はない。

 なので新鮮さに欠けるメンツであるがこれはこれでいいかもしれない。


「失礼いたします」

 そう思っていると身なりのいい従業員がおじい様から順におばあ様、おじ様、リア姉、俺の順番で椅子を引き席に座らせる。


「料理を」

「はい、畏まりました」


 おじい様の言葉で食事会が始まった。

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