第64話 騎竜を見に行こう
「アル様、どうぞ」
「ありがとうハッツェン」
今日を入れて残り王都滞在日数が3日となる日の午前…えっと、何時だ?―――パカッ―――10時。
おばあ様から貰った紅茶の茶葉をハッツェンが淹れてくれたのでそれを飲みながら、ポケットをごそごそ―――にゅっ―――お菓子をつまむ。
「ハッツェン、いる?」
「先ほど朝食をとりましたので」
「そりゃ残念‥‥‥サクッ」
王都誕生会からすでに丸二日以上経っていた。
ギルベアトからの
当然誕生会の途中で早退した変人の行方なんて知るはずもない。
それを聞いたばあちゃんは、はぁと深いため息をつき「疲れたよ」と言って部屋から出て行ってしまった。
俺も疲れていたのでその日はその後すぐに自室に移動、そして爆睡。
翌日何でばあちゃんが呆れていたのか気になったのでリア姉に
『オレリア嬢への贈り物をとってはいけませんよ?先生』
どうやらばあちゃんを揶揄ったらしい。取ってはいないけど欲しがってはいたからな、ばあちゃん。
元宮廷魔導士を揶揄うなんてよしておけばいいのに。
そしてこの手紙からどうしてギルベアトが誕生会を早退したのかが分かった。ばあちゃんから逃げるためだよな。
「ッ~~、ふ~」
ギルベアト馬鹿だよなぁなんて考えながら紅茶の香りを鼻いっぱいに吸い出して吐く。
そしてにゅっ――と何もないところからしわくちゃの紙を出した。
『―――魔法時計を使う上での注意点を説明しよう。おっと、この紙は破かないでおくれよ?
――簡単に言うと今君が持っている魔法時計はとても希少だから使用の際、注意してほしい。これだけさ。
その魔法時計には『異空間収納』という性質が付与されている。この性質自体は希少だがとてもが付くほどではない。
じゃあ何が違うのかって?――それはね『異空間収納』の格が違うのさ。
その魔法時計に性質を付与した私の知人は周囲に異空間を作ってしまうほど魔法の扱いに長けているんだ。
普通は袋の中だけとかの小範囲なんだけどね。
だから、君が道中でいきなり魔法時計に魔力を流して何もない空間に手を突っ込むと不審がられてしまう。
そのために適当な小袋とか鞄を持っていた方がいい。その魔法時計は『異空間収納』の範囲を縮小するだけなら自由自在なんだ。誕生会で私がやったみたいにポケットの中に範囲を指定するのも一案だよ―――以上。
―――あ、そうだ先生が私を探そうとするはずだから適当に誤魔化しておいてくれ。』
(なげぇよ、あと手遅れだよ)
ここにはいない変人に悪態をつきながら手紙をまたクシャクシャにしてポケットに突っ込み、次はどれにしようかなぁとお菓子を探る。
今俺はポケットの中を『異空間収納』の範囲に指定している。
また、この『異空間収納』、紙には書かれていなかったが中は時間が停止しているらしい。
むかつくがすごく便利だ。
ごそごそ、ごそごそ
「アル様、太りますよ?」
最高級の紅茶と高級なお菓子のコンボをきめている俺をハッツェンが窘めてきた。
実は俺、ここ二日間屋敷から一度も出ずに魔法時計ばかりいじっている。
今食べているお菓子や『異空間収納』に入っている他の食べ物は全部リア姉やグンター達に買ってきてもらったものだ。
幼児の頃にデブ癖は付けたくない。ハッツェンの言う通りなのでこれで最後にしよう。
「次で最後にするから」
絶対に最後にしないような発言をする俺だが、本当にこれで最後にしようと思っている。デブになりたくないのとは別にもう一つ理由があるからな。
「お昼は第3騎士団のレストランで食べることになっているんです。残せば非礼にあたってしまいます。本当に最後ですからね?」
「分かってるよ」
―――そう、今日は騎竜を見るべく竜騎士が在籍している王都第3騎士団の建物に行く予定だからだ。
そこで騎竜の見学をした後、高貴な御方たちと食事することになっているので腹は空かせておかないといけない。
これは誕生会での『騎竜見たい』という俺の願いを受け取ったロドヴィコおじ様が手配してくれたものだ。
ちなみに高貴な御方たちが誰なのかは知らない。聞かされていない。
ごそごそ、ごそごそ
最後のお菓子、どうせだったら今食べてなかったものにしたい。
まだ魔法時計の扱いに慣れていないので何がどこにあるのか分からない中、お菓子スペースをまさぐる。
俺は細い棒状のものを掴んだ。ポ〇キーとかプリ〇ツって入ってたっけ?まあいいや。
(よしこれにしよう)
ポケットからそっと手を取り出す。
にゅっ――
香ばしい匂いがした。
そう、例えるなら甘辛いたれが炭火でこんがり焼けたような。そんな匂いが…
(あれ?俺お菓子のスペースに手を突っ込んだよな?)
するはずのない匂いのもとを見るとボンキュッボンではなく、ボンボンボンと魅惑のボディーが三つ串に貫かれ黒光りしている。
―――俺の手には牛串があった。
「アル様のお腹はそこまで大きいのですか?」
ジト目で見つめるハッツェン。
「いやぁ、冗談だよ…」
俺はそっと何もない空間ににゅっと手を突っ込み牛串を手放す。
今度はしっかり牛串コーナーに入れたはずだ。
結局最後のお菓子は食べなかった。
◇◇◇
別に損したわけでもないのにお菓子が一つ食べれなくてへこんでいると、コンコン――と扉を叩く音が。
「若様、マリエルです」
(よし、切り替えるか)
お菓子ごときで凹む俺ではない。大きな声で返事だ。
「…入ってぇ」
「失礼します。―――御屋形様からのお呼び出しが‥‥‥どうされたのです?」
「ハッツェンが…」
「違います!」
(おふざけはここまでにしよう。)
「で、どうしたマリエル」
御屋形様――父上が何のために俺を呼び出したのかは分かっているがマリエルも職務があるのだ。早く言わせてあげないと可哀そうだろう。俺のせいで長引いたんだけどね。
「…はい若様。御屋形様が第3騎士団に向かう上での注意事項がある、とのことです」
マリエルの言葉に俺は頷く。
俺が今から向かう所は王国十騎士団の内の一つ第三騎士団だ。
騎士団の建物内では案内役とかが付いて色々と説明してくれるかもしれないが、それでもやはり事前知識というものが必要になってくる。
騎竜を見る。ただそれだけなのにだ。
父上は注意事項があると言っているが、事前知識のテストをするんだろうな。
この2日で頭には叩き込んであるので大丈夫なはずだ。お勉強は嫌いだけど苦手じゃない。
「わかった。―――いくぞ」
今から向かうのは父上の書斎だがその後は外へ出る。
ハッツェンの謹慎が解けてから初めての外出だ。
今から気持ちを引き締めることが早すぎるとは思わない。
俺は同じ失敗を繰り返さないのだ。
「畏まりましたアル様」
「承知いたしました若様」
俺の気持ちが伝わったのかハッツェンとマリエルも気を引き締め直し部屋を出た俺に続き書斎へ向かった。
◇◇◇
「…何でいるの」
父上のテストを余裕でパスし、マリエルに見送られながら乗り込んだ馬車の中。
どうしてか同乗しているリア姉に問いかける。
今日彼女の隣にいるのはアグニータではなくミラだ。
ちなみに自室を出た時の気の引き締めとやらは既に行っていない。
(面倒だもの…必要な時にすればいいや)
俺の意思は豆腐並みだった。
「私もアルと同じで騎竜をこの目で見てみたいの。ちゃんとアルと同じようにしてロドヴィコおじ様とお父様には許可をもらったわよ?…本当よ?」
「そこは疑ってないって。――へぇ、リア姉も騎竜に興味があるんだ」
「竜騎士は十騎士団の中でも花形なのだからあって当然よ。学園にも竜騎士を目指している子は結構いるわ」
「そうなんだ」
どうやらこの世界のドラゴンは男子だけでなく女子まで魅了しているらしい。
ドラゴンが無条件に男心を刺激する生き物であるのは知っているけど、リア姉が通うお嬢様学校の生徒でも竜騎士に憧れる女の子っているんだ。
ちょっとしたカルチャーショックを受けている俺に向かってリア姉はそれに…と続ける。
「騎竜はヴァンティエールでは見れないでしょ?」
「まぁ、そうだね」
俺は納得する。
―――ヴァンティエールに騎竜はいない。
理由は簡単。強者ひしめく魔の森がすぐ近くにあるためだ。
実際に見たことは一度もないのだが魔の森には当然のように竜種が生息している。それも数千数万という単位でだ。
―――類は友を呼ぶ。
遥か昔アルトアイゼン王国がまだ誕生していない時代、魔の森の脅威から身を守るため騎竜を飼い始めた権力者の領地が一晩にして地獄と化した。
数百の竜種が襲来したのだ。
直接的な原因は分かっていない。しかし、襲来直前に飼われ始めた竜が関係していると人々は考えるようになった。と本に書いてあった。
それはヴァンティエールも例外ではないのだ。
「ねぇ、アル?」
「ん?なに?」
リア姉がここにいる理由もわかったことだし、もう少し本の世界を旅行しようかなと思っていたが中止する。
もじもじ、もじもじと俺の対面に座るリア姉が揺れ出したからだ。トイレかな?
ただ、ここで「リア姉、お花摘みに行くの?」なんて聞いたら鉄拳が飛んでくる気がする。
言葉にしてくれなきゃわかんないよ。とりあえずニコニコしよう。それで何とかなるさ。
ニコニコ~~~
もじもじ……むっ…
しかし、俺のニコニコ虚しく時間がたつごとに今度はリア姉の顔が曇っていった。
リア姉は何かを言いだそうとしては口をもにゅもにゅとさせ、そして髪飾りをいじり始める。
「どうかしら…」
そして突然のクエスチョン。しかもイエスorノーの返答はできないタイプ。
「…‥‥‥え?」
不適切と分かっていてもつい困惑の声が漏れてしまう。
直後、リア姉以外の視線が俺に集中した。
その視線には非難の色がこもっている。
((これくらい気づきなさいよ…))
言われていないのに言われた気がした。
この場に俺以外の男が一人いればどれだけ気が楽だったことか。しかし、この場には俺以外の男はいない。
孤立無援の状態だ。
(俺はないも悪くないだろ…)
そう思いながらもヒントはどこだ!とリア姉を観察。
いじいじ、いじいじ
(リア姉が髪をいじっている‥‥‥ん?)
―――あれなんだ?
金糸のような髪に付いている見慣れない髪飾りを俺の眼が捉えた。
よく見てみると髪飾りにはピンク色のビー玉がはまっている。
つい最近見たことがあるな…。
(あ、ギルベアトから貰った魔道具じゃないか!)
何だそういうことか、気付けたならばもうこちらのものだ。
「髪飾り綺麗だね」
(決まったぜ…)
勝利を確信する俺。
しかし、現実はそう甘くなかった。
「…アルなんて知らない」
「アル様…」
「…あーあ」
リア姉には顔を背けられ隣のハッツェンには残念がられ斜め前のミラには呆れられた。
そこで俺も気づく。
(リア姉のこと褒めるの忘れてた…)
「…リアねえ‥‥‥お菓子、いる?」
「いらない」
俺がリア姉の機嫌を取り戻した時、既に第三騎士団の建物は目の前だった。
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