第57話 ロマンと理想
超大陸テラにおいて騎竜はそう珍しい存在ではない。
警備巡回に使われたり移動手段として、また戦争においても一兵種としてなど用途は幅広い。
その騎竜を操り大空を駆け回る者のことを人々は『竜騎士』と呼んだ。
戦場では縦横無尽に大空を駆け回り敵の騎竜隊とぶつかり合い、魔法士隊の
当然誰もがなれるような甘っちょろいものではなく、騎竜の操作技術はもちろんのこと近接戦・遠距離戦と言った単純な戦闘能力を高水準で修め、そのうえで竜に好かれなければならない。
竜は賢い生き物で主人を選ぶと聞いたことがある。……本で。
技術は努力で何とかなるが、竜に好かれるかどうかは完全に運頼みになるというわけだ。
『竜騎士』とは選ばれし人間のみがなることのできる職業なのだ。
―――超カッチョイイ。
そしてその選ばれし人間を選ぶ騎竜を見てみたい。俺はただ一人の男の子として
「―――騎竜を間近で見てみたいです」
切実な願い。
実は断られる可能性もある。
単純に軍事機密に抵触する恐れがあるからだ。
そこを何とか!と熱い眼差しを叔父様に送る。
「ん?なんだ、そのようなことでいいのか」
ケロッとした表情で快諾してくれた。
「え、いいのですか?」
あまりの軽さに拍子抜けだ。
まあいい。快諾してくれた理由はこの際どうでもいいのだ。
内心小躍りする。
「あぁ、一応軍務卿に話を通しておく必要があるがな。まぁ問題あるまい。ただ本当にそれでいいのか?」
叔父様もなんだか少し困惑した顔でそう聞いてくる。先ほどの俺の沈黙で少し警戒していたらしい。そんなに悩むとはそれほどまでに大きなお願いなのか!?みたいな。
これ以上お願いしたいことがないし、欲張るタイミングでもないので謙虚にいこう。
「もちろんです。私にとってはとても大事なことなので」
「そ、そうか。―――うむ、準備ができたら遣いを出そう」
(よっしゃ。)
「ありがとうございます!」
お礼として満面の笑みをプレゼントしよう。リップサービスだ。
「これくらいのことならば力になろう」
うれしそうな叔父様。
もう少し話していたいと思うのだが、おばあ様と叔父様は他の貴族とも話さなければならないのでそろそろお暇しよう。
リア姉にウインクする。
(そろそろ、戻ろう)
リア姉がウインクし返してきた。
(わかったわ、アル)
テレパシーを送り合い意見が一致したところで「アルテュール、最後に質問をしたいのだが…良いか?」と叔父様に声を掛けられた。
先ほどの嬉しそうな顔とは打って変わって、真剣な表情だ。
(なんだろう…?)
「?…はい」
断ることなどできないし、断る気もないので疑問に思いながらも返事した。
叔父様は咳払いを一つした後に聞いてきた。
「大切な家族の一人と民10000人、どちらもが同時に命の危機にさらされているとする―――アルテュールお前ならどうする?」―――と。
(いきなりだなぁ…)
何の脈絡もなく聞かれた俺だが、内容は聞いたことのあるものだったのですんなりと頭に入ってきた。
この質問はトロッコ問題に似ている。
ただ似ているが別物と言ってもいいだろう。
本来のトロッコ問題はもっとルールに縛られていたのに対して、叔父様の質問は本来のトロッコ問題よりも自由だ。
共通点はただ一つ―――大を救うか小を救うか。
それも厳密に言えば少し違ってくるが…。
俺は脳をフル回転させる。
本来のトロッコ問題にはこれだという正解はない。というか、トロッコ問題と結び付けて考えるのやめよ。
頭の中にあるトロッコを横から蹴り飛ばして脱線させる…ガタンッ…ふぅ、これで良し。
(何が正解なんだろう……)
となるとやはり正解があるように思えてきた。
なぜ、叔父様はこのタイミングで俺に聞いてきたのだろう。
貴族のあるべき姿を教えるためか?『民なくして貴族は貴族たりえない』とか民よりもお家を守るために家族を助けなさい、とか?
(わからん…)
将来、おでこを洗濯板みたいにしたくないので眉間にしわを寄せたくないのだが、自然とそうなってしまう。
第一本当に正解はあるのか?
もしかしたらトロッコ問題と一緒で―――
「…アル?怖い顔しないで?」
疑問が疑問を呼ぶスパイラルからその声で引き戻された。
いつの間にかひどく心配した様子のリア姉が俺の手を握りしめながら顔を覗き込んでいる。
質問をした張本人である叔父様はおばあ様にめっちゃ睨まれていた。おばあ様に助け求めようかな?
(そう深く考えることないか…)
この質問に正解があろうとなかろうと俺の答え一つで何が変わるというのだろうか。
間違えてもいいじゃないか。
ならば理想は高くだ。
「―――どちらも助けます。」
居心地悪そうな叔父様の目をしっかりと見て静かに回答する。
「―――理想にすぎんな。」
(うん、正論だ)
叔父様の言うことはもっともである。
ただ、届かないなら
ヴァンティエールという名の大きな土台が俺を押し上げてくれる。
俺は
そしてなにより―――
「その理想を手繰り寄せる力を持つ者こそがヴァンティエールだと。…俺はそう思います―――」
叔父様と俺は見つめ合う。
沈黙がつらい。
なんかそれっぽく格好をつけてしまったし、後ろでちらちらとこちらの様子を窺ってくる公爵家の御仁がいるので早くこの場を去りたいのだが…。なんなら会場抜け出してハッツェンの胸に飛び込みたい。
どれくらいの時間が経ったのだろう。おそらく数十秒くらいなんだろうな。
「‥‥‥突然すまんな」
叔父様のその言葉で沈黙は終わった。
「いえ、私の方こそ生意気を言ってしまいました。すみません。それでは―――あ、騎竜見せてくださいね?」
一応、騎竜の件について確認しておく。これ本当に大事。
「ふっ、分かっている。安心しろ、約束は違えん」
リア姉の手を引き俺はその場を去る。
(あ~、疲れた~~~)
◇◇◇
アルテュールが去り、次に控えていたゼーレ公爵家が挨拶に来るまでの時間―――
アルとロドヴィコの会話を終始黙って聞いていたイアマがロドヴィコに問う。
「ロドヴィコ、どのようなつもりであの質問をしたのですか。フリーダの『貴族らしくない子』という言葉を確認するためですか?それとも―――」
「申し訳ありません母上。ただ気になってしまったのです…。あの子なら何と答えるのだろうか、と」
「…そうですか」
二人の会話はそこで終わった。
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