第22話 占領開始
道中、ならず者をぶっ飛ばしながら裏路地を駆け抜けること15分、孤児院が見えてきた。路地裏のさらに奥の方だ。
「アルノー、ここに孤児院があるの知っていたか?」
「えぇ、情報だけですが、しかしここまで荒れているとは・・・」
「――そうか・・・」
俺はそう言って、細い通路に身を隠しながら孤児院を観察する。
外観はそんなに悪くないが、所々に汚れが見えた。
そして何よりも目を引くのは周辺の環境だ。そこら中にごみが散乱している。
綺麗な街セレクトゥにおいてあってはならない光景だった。
(ここ最近できたものかな?それにしても、なぜ騎士団は気づかない。父上に騎士団の精査を進言してみるか)
騎士団内の精査はおいといて今すべきことを考えるため、ここに向かっている途中にラヨスとルウから聞いた孤児院についての情報を整理するとしよう。
子供たちを売り払おうとしていた院長はザイテといって、1年前に突然現れたらしい。その前の院長は老年の女性で優しく、子供たちにも好かれていたというが昨年、老衰のため他界。
引き継ぐ人もおらず、困っていたところに現れたのがそのザイテだった。笑顔の絶えない好々爺だったようだが、子供たちには好かれていなかったらしい。
子供は感情に敏感だというからな。薄々ザイテの本性に気づいていたのかもしれない。
(
周辺と孤児院内を探る。
(うわっ、もう隠す気ないのか・・・)
孤児院内には10人ほど武装している者の気配、周辺にはならず者たちがうようよと。路地裏のならず者が集結しているかのような数だ。
というか実際に集結しているのだろう。
ヴァンティエール辺境伯領最大の都市セレクトゥは相当に治安がいい街だ。
中門以内の区域は言わずもがなだが、自由区も自由開放しているにもかかわらずかなり治安がいい。中門以内ほどではないが領兵も定期的にパトロールしているというのも理由に含まれる。
だが、最大の理由は冒険者や傭兵などの戦闘職の質の高さにあると思う。
ヴァンティエール辺境伯領というのは敵国と接しているだけでなく、魔の森とも接している。戦線に近いため傭兵の質はおのずと高くなるし魔の森には強力な魔物がうじゃうじゃいるため冒険者の質も高くなる。
そしてこの二つの職業、腕っぷしが大切なのはもちろんだが、それと同じくらいに、もしくはそれ以上に「信用」が大切である。
彼らに仕事を斡旋するのは冒険者ギルドと傭兵ギルドだが当然ギルド側にも顧客というものが存在する。
彼ら顧客はお金を払い、ギルドに対して依頼をする。そこには信用関係の構築が必要不可欠であり、大切な顧客からの信用を得るためにも信用できる冒険者や傭兵を紹介しなければならない。
だから冒険者や傭兵は信用を大切にするのだ。
また極端な話、自分の周りにいる人間も実力以上に信用できるかどうかで判断する場合もある。自分の周りにいる人間が信用を大きく失うような行動をすると自分にも飛び火しかねないからだ。
その結果として高ランクの冒険者や傭兵にはならず者とつるむような人種はいなくなる。
近くにいるだけで、追い払うようなことさえある。そういった人種が多いのがこの街セレクトゥだ。
だから、ならず者は虐げられる、治安が良くなる。
しかしその代わりに、虐げられた者たちは裏で群れるようになり、徒党を組む。
それが今現在俺たちがいるここら周辺を取り巻く環境なのだろう。
以前は違ったはずだ、アルノーの言葉からそう読み取れる。
(まあ今の孤児院長が原因っぽいし、害にしかならない、駆除しよう)
どうやって誘き出そうか考える。
今ここには領兵10人に俺、ハッツェン、ラヨス、ルウの合計14人いる。
何でこんなに領兵が多いのかというと、俺が上げた魔法信号に原因がある。
あれは緊急事態を示す信号でそれを見た場合、5名以上で現場に駆けつけることが義務付けられているのだ。
しかも俺が打ち上げた場所は、中門にほど近く、その中門には騎士団の詰め所があるため見回りの兵が行くより、俺達が行けばいいんじゃね?ということで、そこから5人ぐらいが駆けつけたのだろう。
しかしこの世界、通信機は魔道具としてあるものの一騎士団が持てるほどリーズナブルな価格ではない。ていうか、王城にしかない。秘密漏洩の予防とか、敵国との内通を避けるためだ。
そんなわけで連絡が取れるはずもなく、詰め所以外から近くで見回りをしていた兵が6名も集まり合計11名になってしまった。
そしてさっきの茶番でうち1名オレールが強制屋敷送りになり、今に至るというわけだ。そしてこいつら、魔法に対してはあまり強くないものの、一兵卒でも十分に強い。
複数であればという条件が付くものの、高ランク冒険者、傭兵を抑えることができる。隊長クラスになれば一人で相手にすることができる。
だがよく考えてみればそんな10人を引き連れて孤児院に突っ込んだ場合、早々に逃げられる可能性が出てくる。
こいつらを投入するのは、もう少し孤児院に近づいてからだ。
なのでまた、一芝居打つことにする
「おねえちゃん、ここどこ?」
「大丈夫、後少しだから」
怯えた声を出して不安そうにしているのが俺、声をかけて安心させようとしているのが姉役のハッツェン。
そう、午前中と全く同じことをしている。
奴らからしてみればカモにしか見えないだろう。その証拠として、実際にこちらへ近づいて来る影が4つ―――
「なあ姉ちゃん、こんなとこで何してんの?おひょひょ、めっちゃ可愛いじゃん、どお今から俺んち来ない。いいこといっぱい教えてあげるよ?」
「そりゃ名案だ!さっ、そっちのガキほかって、行こうぜ?あっ、そこに孤児院あるからさ、そこに預けちゃえばいいじゃん!俺天才!」
(あほか、どこがだ)
ならず者が釣れたので声に出して突っ込みを押さえ、打ち合わせ通り芝居を進める。
「おねえちゃん・・・。」
「大丈夫、大丈夫だから‥‥‥ごめんなさい。今はその孤児院に用がありますので…それでは」
俺を庇うようにならず者達から背を向け、そのまま立ち去ろうとするハッツェン。そんな彼女の腕をならず者の一人が強引に掴んだ。
「ちょっと待てよ」
「やめてくださいっ―――!」
するとハッツェン、目立たないよう声は抑え気味ではあるもののきっぱりと拒絶した。これが演技であるのなら大したものであるが、多分違う。
一方、手をつかんだ男は呆気にとられている。女性に拒絶されたら男ならだれでも傷つくからな。ざまぁ。
その間に、ならず者の一人である優男が口説くように、声をかけてきた。
「俺たちその孤児院に雇われた用心棒なんだよね。ここらへん危ないしさよかったら送っていくよ」
「ほんと、ですか・・・その、よろしくお願いします」
「(はい、落ちた)」
みたいな顔をしているが残念でした。後で俺が潰してやる。
目の前でハッツェンが口説かれているのを見ていらいらしながら、俺は魔法で目に見えないくらいの水膜を出し、ハッツェンの腕を覆い、先ほどの男が掴んだ部分を洗う。
優男についていく俺たち、その後ろからは忍び足で騎士団の連中がついてくる。
(警備がざる過ぎる)
周りのならず者たちがハッツェンの美貌に夢中だからだろうか、想定していたよりも簡単に孤児院の前に着く。
案内していた男たちがハッツェンを捕まえようとにじり寄ってくるのを
(ここでもう十分か)
俺はおもむろに手を挙げる。
(
直後、激しい光が辺りを包み込んだ。
「「「「うぐぁ!」」」」
ならず者たちがあまりの眩しさに視界を数秒間失う。
俺たちは全員目を瞑っていた。この光は事前に決めていた行動開始の合図だ。
ヒョイッ、ぎゅっ―――
俺はハッツェンの腕の中に納まる。
(コックピットに座った気分・・・)
謎の安心感と闘争心が湧き、思わず叫ぶ―――
「アルテュール、いっきまーす!!!」
ここからは、小細工なしの
―――占領、開始!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます