第19話 ライグリの覚醒


「おお、派手にやってるのう。」

 人のいない高台へと転移したワシ達。

 そして既に戦場と化している荒野を見下ろし、ため息をついた。

 いつ見ても気に入らん光景じゃな。

 人族も魔族も、歴史から何も学ばんのじゃな。

 呆れ果てるばかりじゃ。

 ほれ。

 少し時間が経っておるため、もう負傷者や死人が出ておるぞ。

 まあまだ街中ではなく、荒野を選んでおるだけましかの。

「主様ぁ・・・何でぇ戦争はぁ起きるんでしょうぅ・・・」

 アオイはワシを見ず、戦場に目を向けながらポツリと寂しそうに呟いた。

 ふむ。

 アオイはこういう場面を見るのは初めてなのかの。

 そうじゃな・・・

 ここは答えてやるとするか。

「アオイや、よく聞け。戦争はの、傲慢な生き物が持つさがなのじゃ。自分の欲を満たすために、他人を傷つけることをも厭わん。あれが欲しい、これが欲しい。そういった感情は誰にでもあるじゃろう。じゃがの、過度に強くなったそういう欲を抑えることこそが理性を持つ生き物の務めだとワシは思うのじゃ。中には正義の為、何かを守るために戦争を起こす輩もおるじゃろう。しかしな、本当に民を思うなら、何かを大事に思うならそもそも武力など無闇に使わん。他の解決策も模索するはずじゃ。そうじゃろ?」

 ワシはアオイの横顔を見つめ、尋ねるようにそう言った。

 そして数秒後。

 コクリと頷くアオイ。

 すぐ後ろに控えているココン達も、やりきれないといった感情を滲み出させておるわい。

 まあそうじゃよな。

 戦争など起こさんに越したことはない。

 魔族と人族。

 人族と人族。

 異種族間だけでなく、同族間でも戦争を始めてしまうしまつ。

 小競り合い程度なら見逃してやらんでもないが、関係のない民を巻き込む程の規模の戦争なら、流石に止めてやらんとな。

 それに・・・

 ライグリを見てみい。

 責任を感じているのか、青ざめながら震えておるわ。

 この戦争はライグリのせいでは決してないが、きっかけを作ってしまったことは事実。

 心優しいこやつなら、自分のせいだと思うのは仕方のないことなのかもしれんな。

 にしても・・・

 傲慢で強欲な奴らばかりじゃのう。

 これでは理性のない魔物と遜色ないぞ。

 勿論こんな奴らばかりではないじゃろうが、こういった破壊思想を持つものが一定数存在しておると、その思想に飲まれてしまう者も出てきてしまうじゃろうからの。

 負の蔓延じゃ。

 一先ずこの戦争を止めねばならんな。

「本当なら話し合いすら出来ん獣達は成敗せねばならんのじゃが、ここは奴らの国の民に免じてなるべく死者は出んようにしてやろう。ココンや、そなた達はアサワハヤイ王国の防衛ラインに加勢してやれ。あそこを突破されては罪のない民達が被害を受けるでの。任せたぞ。そしてアオイや、そなたはライグリ達と共にヒルウゴク帝国の本陣を目指すのじゃ。」

 ワシは皆にそう指示を出すと、9人の顔を見回した。

 覚悟を決めたのじゃろう。

 険しい顔をして頷く面々。

「主様はぁどうされるのですかぁ?」

 アオイは不思議そうな顔をワシに向けてきた。

 おそらく、ワシならあっという間に事を終結させることが出来るはずじゃからじゃろう。

 ふむ。

 間違ってはいないが、ワシは妄りに戦争には参加せん。

 この前の魔王同士の戦争はただの兄弟喧嘩じったしワシの身内のような二人じゃから止めたまでじゃ。

 本来、は不干渉でなければならんからな。

「ワシはここでそなた達に指示を出す。見事この戦争を止めてみせるがよい。」

 無責任のようなことを言っておるように聞こえるかもしれんが、勿論ワシはこやつらを死なすつもりは毛頭ない。

 完璧にサポートしてやるつもりじゃ。

 そして同時に、極力兵士達の命を奪うつもりもない。

 なので・・・

「アオイや。そなたはカーリアズ・レイピアの力を抑え、死者を出さんように務めよ。出来るな。」

「はいぃ。出来ますぅ。お任せくださいぃ。」

 アオイはフンスと鼻息を出し、やる気に満ちた様子で返事をする。

 ふむ。

 大丈夫そうじゃな。

 後は・・・

 ワシはライグリに光魔法『ホーリープロテクション』をかける。

 これでレベルの低いライグリでも、アオイの攻撃でもない限り怪我を負うことはないじゃろう。

 ・・・

 ・・・他も心配じゃな。

 ここは全員に同じ魔法をかけておくか。

 アオイには必要ないがの。

「これでよし。では・・・出撃せよ!」

 自分達が何らかの防護魔法をかけられたことを認識したのか、何の気後れもなく戦場に駆け降りていくアオイ達。

 ・・・まあアオイにはかけておらんがな。


 ・・・


 ・・・


 ふむ。

 皆固くならずに動けておるわ。

 見ていて安心じゃな。

 特に指示を出す必要もないぞ。

 アオイもキチンと力をセーブして帝国兵を吹き飛ばすだけにしておるしの。

 どれ・・・

 この間にバシルー達の様子を見ておくか。

 ワシはスキル『世界眼』を使ってアサワハヤイ王国の北西を見てみる。

 ・・・

 う~む・・・

 苦戦しておるのう。

 見たところ魔王とは別の相手に手こずっておるな。

 あやつは・・・見たことない奴じゃのう。

 もしやすると・・・

 どれどれ・・・

 ・・・

 ・・・やはりか。

 まさか魔族側の勇者が一緒じゃったとは。

 レベルはバシルー達よりも断然低いが、スキルが問題なのじゃろうな。

 スキル『統率者の憂い』。

 これは味方の能力を強制的にあげることができ、尚且つ倒れることを許さないという悪魔的スキルなのじゃ。

 これにより勇者魔族や魔王に中々近付けないバシルーとキサラム。

 長期戦になるかもしれんな。

 温存しておるキロイの力を使えば何とでもなるのじゃろうが・・・

 キサラムは過保護じゃの。

 妹を戦いに巻き込まないようにしておるわ。

 勿論気持ちはわかる。

 しかしキロイだって姉の役に立ちたいと思っておるはずじゃぞ?

 見てみぃ。

 加勢したくてウズウズしておるわ。

 じゃが苦戦はしているものの、何とかなっておるな。

 こちらが先に終われば加勢しに行くとするかの。

 どれ、ここからはこちらの観戦じゃ。


 ・・・


 ・・・


 ん?

 何じゃ?

 この忙しいときに・・・

 ワシはある気配が背後に現れるのを感じ取った。

 それは知っている気配。

 あやつじゃ。

「よっほー。クロっち。」

 感じ取られているとわかっておったのじゃろう。

 その女は手をヒラヒラさせながらワシに近付いてきた。

「・・・グローラリアか。」

 三大神の一人、グローラリア。

 何用があって来たのか見当もつかないが、何もなくここに来るとは思えん。

 この戦争を憂いて来たのか?

 いいや。

 それはあり得ない。

 何故なら三大神もワシと同様、こういった出来事には極力不干渉でいなければならないからじゃ。

 ではどうしてここに・・・

「全くクロっちは~。また新しい女の子を森に住まわせちゃって~。程ほどにしてよね。わかってる?あそこはの森なんだからね。」

 グローラリアは念を押すようにワシにそう言う。

 なるほど。

 それを言いに来たのか。

 確かに失念しておったな。

 あの森は世界の均衡を守るために存在しておる。

 なのにここ最近では世界を変えるだけの力を持つ者が森に集まりすぎているのじゃ。

 ワシは除いたとしてもアオイ、ミドリコ、キサラム、キロイ、そしてバシルー。

 いずれも一国を滅ぼせるだけの力を持っておるのじゃ。

 それに加えてまだまだ伸び代のあるココン達とチャコル、そしてルスカ。

 こやつらも英雄と呼ばれるようになるだけの力を秘めておるからの。

 森に実力者が揃いすぎておるわい。

 これは言われてもしょうがないのう。

「わかっておる。」

 ワシは素直に反省し、そう返事した。

 じゃがそれだけではまだグローラリアは納得しなかったらしい。

「いいや、わかってない。ここ最近のクロっちは人族にも魔族にも干渉しすぎだからね。もう少し自分の・・・」

「ああ!わかったわかった!これからはもし何者かを保護する時はそなたに許可をとるようにしよう。それでよいな。」

 干渉しすぎというのはアオイが我が家に来てからのことを言っているのじゃろう?

 それに関しては確かにそうじゃな。

 何故だかこの数ヵ月は内容が濃いイベントが多かったしのう。

 しかし何もワシだって干渉したくてしていたわけではない。

 放っておけんかったのじゃから仕方無いじゃろう?

 ワシはの、自分に関わった不遇の者を突き放したりは出来ん質なのじゃ。

 その辺は性格じゃからどうしようもないじゃろ?

 グローラリアもそんなワシのことを知っているはずじゃ。

 じゃからこの辺で手を打ってくれるじゃろ。

「う~ん。わかってくれればいいんだけど・・・でも、それでもかなりの妥協だからね。本来、あの異世界の子だけを保護してもらいたかったのに勝手に増やしちゃったんだから・・・まあいいや。ちゃんと私に許可をとるって言うんなら。でもこれ以上は許可出来るとは思わないでね。」

 後半は少し怒っているような口調でワシに釘を刺すグローラリア。

 ふん。

 怒っている顔も中々可愛らしいではないか。

 別名『美の三大神』と呼ばれるだけはあるな。

「わかっておるよ。ワシも少し色々と関わりすぎたわい。自重するとしよう。」

 折角グローラリアが妥協してくれたのじゃ。

 ここは潔くワシも反省しようではないか。

 そして・・・

 伝えたいことを伝え終えたグローラリアは戦場を一瞥する。

「はぁ~あ・・・愚かねぇ。あの戦争を起こした人族の子。自分の見栄の為だけにこんなことしてるんでしょ?正気とは思えないわね。」

 完全に呆れているグローラリア。

 そうじゃよな。

 誰が見てもそう思うじゃろ。

 じゃが本人はそれが正しいと思って動いておる。

 厄介極まりない性格じゃな。

 まあことが済んだらココン達の餌食になるのじゃがの。

 そんな帝国の王子などさておき、グローラリアはある一人の女に目を止めた。

「でさぁ、気になったんだけど。あのライグリって子、転生者なのにギフトを持ってないよね。普通なら他にはないレアスキルを持っててもいいものだけど・・・もしかして・・・あげ忘れちゃった?」

 グローラリアは『いっけない!』といったジェスチャーを取って舌をちょっと出した。

 それは確かにワシも気になっていたところじゃ。

 異世界からの転生、転移者には三大神からこの世界で困らないようにギフトが授けられるはずなのじゃ。

 アオイに『食料フード』があるように、ライグリにも特殊なスキルがあるはず。

 しかし鑑定でライグリのステータスを見てもそれらしいのはなかった。

 もし授け忘れであればグローラリアに責任があるぞ?

 そしてそれはグローラリアもわかっておるらしい。

 難しい顔をしておるわい。

「・・・仕方無い。じゃあ今あげちゃおう。何がいっかなぁ。」

 顎に手を当て、真剣に悩むグローラリア。

 まあそりゃ悩むわな。

 本来は転生時、転移時に本人と相談して決めたりするものじゃからの。

 この世界に転生転移してきた者は長い歴史でもほんの数人だけ。

 しかもその一人一人は、その時代の世界を変えるだけのスキルを持っていたのじゃ。

 今回は同じ時代に二人もおる。

 アオイのスキルも使い方さえ考えれば世界を変えることが出来るじゃろう。

 そしてライグリに与えるスキル。

 これも同等くらいのものにしなければならない。

 さて。

 グローラリアはどう決めるか。

「・・・・・・よし!決めた!これにしよう。」

 ライグリに授けるスキルを決定したグローラリアは手を上げ、天にスキルツリーを顕現させその中から一つのスキルを降ろした。

 ワシから見たら神々しい光景じゃが、魔力の低い他のもの達には何も見えんじゃろうな。

「我、理の女神グローラリアの名に於いて命ずる。スキル『天衣無鎧』よ。転生者ライグリの魔力と同調せよ。」

 光の塊がライグリに向かって飛んでいく。

 戦場ゆえに数多くの兵士がいるが、そのどれをもすり抜けていき目標であるライグリに当たった。

 光はライグリを包み淡く全身を発光させる。

 この状態に気付いたのは当の本人のライグリだけ。

「ななな!何ですの、これ!」

 自分の身体に、魔力に違和感を覚えるライグリ。

 そして発光が治まると、スキルは完全に定着された。

 そこでワシはすかさずライグリにスキル『神声』で指示を飛ばす。

「ライグリや。そなたには新たなスキルが備わった。早速使ってみるがよい。」

 どこからともなく聞こえてくるワシの声に戸惑いながらも、ライグリは指示通りスキルを使った。

「・・・え~と・・・スキル『天衣無鎧』。」

 そう言葉に出すライグリ。

 するとその言葉を待っていましたと言わんばかりに空は雲を払いのけ、天からは魔力が降り注ぐ。

 そしてその魔力の全てがライグリに集まり全身を包んだ。

 これは・・・

 とんでもないスキルを授けたものじゃのう。

 これではもう鑑定で見るライグリのステータスは当てにならん。

 レベル5なのに能力は魔王レベルじゃ。

 つまりまだまだアオイよりは弱いが、こやつも一国を壊滅させるだけの力を身に付けたことになる。

 しかし・・・

「凄いですわ!力がどんどんみなぎってきますの!これなら一気に本陣まで・・・って、もう終わりですの!?」

 どうやらあの状態を維持するには、自身の魔力が高くなければならんらしい。

 今のライグリではほんの数秒といったところか。

 じゃがそれでもここぞというときに使えば何かの役に立つかもしれん。

 でもまあそれもこれも今回の戦争を乗り越えた後の話じゃがな。

 魔力を上げるためにはレベルを上げねばならん。

 ふむ・・・

 だとすると・・・

 ・・・ダンジョンにでも放り込むか。

「どれ、用事も済んだし、そろそろ帰るわ。そんじゃ、またね。」

 ライグリについて考え込んだいたワシの肩をグローラリアは軽く叩くと、別れの挨拶を残して瞬く間にその姿を消した。

 やれやれ。

 来るときも去るときも突然な奴じゃ。

 しかし礼を言うぞ。

 そなたのお陰でライグリとルスカを長生きさせてやる方法を思い付いたわい。

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