第13話 ライグリという女


 結局当たり障りのない二人分の朝食をアオイに出してもらい、ワシ達は今ライグリ達のいる小さな家へと向かっている。

「小さくて可愛いお家ですねぇ。」

 敷地外れに立つ平屋を見て、アオイは何やらほんわかした顔を見せた。

「私ぃ、こういう家もいいなぁって思いますぅ。狭くてもぉ好きな人と一緒ならぁ、毎日イチャイチャできるっていうかぁ。」

 そう言ってワシに熱い視線を送ってきた。

 何を言っておるんじゃ。

 確かに小さい家もいいかもしれんが、イチャイチャなど絶対せん!

 というか何故にそういう考えに至るのか。

 全くもってわからんわい。

 そうこうしている内に家の玄関まできたワシ達は、ノックをして扉を開けた。

 そこには・・・

「キャァァァ。破廉恥ですぅ。」

「何をしておるんじゃ、貴様ら。」

 思わず声を上げてしまったアオイとワシ。

 それはそうじゃろう。

 ライグリの肌けた胸を侍女が揉みしだいておるのじゃからな。

「あら、ごきげんよう。どうなさったの?そんなに驚いて。ただ胸を揉ませてるだけですのに。知りませんの?こうすると胸を大きくできるんですわ。」

 何の悪びれもせずそう言うと、未だ侍女に胸を揉ませ続けるライグリ。

 それを聞いたアオイはガバッとワシに顔を向けた。

「ですってぇ。主様ぁ。私もぉ揉みましょうかぁ?」

 手をワキワキさせながら近付いてくるアオイ。

「せんでいい!」

 ワシは現状の大きさで満足しておるわい!

 それとも何か?

 ワシの乳房が小さいと言いたいのか?

 全くもって失礼じゃな。

 これでも結構良い形じゃし、大きすぎず小さすぎずでちょうど良い感じじゃと思うぞ?

 まあ誰に見せたり触らせたりするわけでは無いがの。

 本人に不満が無いのじゃから無駄に何かしようとせず、現状維持させんか!

 そんなことを考えているワシの表情を見て察したのか、アオイはすかさず謝ってくる。

「すみませんん。そうですよねぇ。主様のぉお胸はぁ綺麗でぇ、国宝級にぃ完成されていますもんねぇ。私ごときがぁ手を出すなんてぇとんだ間違いでしたぁ。なのでぇ私もぉ主様みたいなぁ立派な胸にあやかりたいのでぁ揉んでもらえませんかぁ?」

 軽く自分の胸に手を当て、誘惑してくるようにワシを見るアオイ。

「やらんわ!」

 何なんじゃ。

 というかワシにそんなことやらせるな!

 ワシを何じゃと思っておる。

 ワシはそなたの主じゃぞ!

 いや、もしかしたらワシが喜ぶとでも思っておるのか?

 喜ぶか!

 全く・・・

 まあもうこの話題はここまででいいじゃろう。

 取り敢えずライグリ達に腹ごしらえさせて、話を聞かんとな。

「もう馬鹿なこと言っとらんでライグリ達に朝食を渡せ。」

「はいぃ。かしこまりましたぁ。」

 ワシの指示を聞き、アオイは手に持った朝食入りの篭をライグリに渡した。

「朝食まで・・・ありがとうございます。本当に貴女様には感謝してもしきれません。さぁお嬢様頂きましょう。」

 侍女はライグリから篭を受けとると、テーブルの上に中の物を置いていった。

 するとライグリの目の色が変わる。

「あれ?これってもしかして・・・コッペパン?それにあなたのその格好・・・女子高生ですわよね?」

 目の前に置かれた朝食、そしてアオイの服装を見て、それが何なのかわかっている様子のライグリ。

 これにはワシも驚いたが、アオイもかなり驚いておる。

「これがわかるってことはぁ、貴女ぁもしかしてぇ・・・」

 アオイは疑いの目をライグリに向ける。

 そうじゃよな。

 アオイの元の職業、女子高生はワシもステータスを見て始めて知った。

 この世界には無い職業じゃからのう。

 それなのにライグリはアオイのステータスを見ることなく、その服装だけで言い当てたのじゃ。

 これはもう間違いないじゃろう。

「そう・・・そうよ!私の前世は日本人ですの!そしてその時の記憶を残したままこの世界に転生したんですわ!貴女もそうなの?」

「そうですぅ!あぁ、でもぉ、私の場合はぁ転生というよりぃ、転移ってところですけどぉ・・・まだこの世界に来て数ヶ月になりますぅ。」

 アオイと同じ世界から来たことを告白するライグリ。

 アオイも同郷に会えたのが余程嬉しかったのか、ライグリに抱きついてしもうた。

 うむうむ。

 そりゃ喜ぶわな。

 この世界に来て、どちらも不安が無いわけではなかったじゃろう。

 いや、寧ろライグリとしては不安しかなかったかもしれん。

 いくら貴族に生まれたとしても、前世の記憶を持ちながらこの世界と前の世界を擦り合わせて生きていくことは大変じゃったじゃろう。

 不便もあったじゃろう。

 そして何かがあってこの森に来ることになったのじゃ。

 まずはその何かを聞かんとな。

 感動の対面中悪いが、このままでは話が進まん。

 取り敢えずここにいる皆を席に着かせるか。

 ワシはミドリコに命じ、抱き合う二人の間に入ってもらう。

 そして我に返ったライグリと侍女を席に座らせ朝食をとらせた。

「はぁ・・・懐かしい味・・・涙が・・・止まりませんわ。」

 言葉通り、涙を流しながらコッペパンを食べるライグリ。

 何かこう、胸が締め付けられるような光景じゃな。

 しかしわかる。

 わかるぞ。

 この世界の料理とそなた達の世界の料理とでは雲泥の差があるからの。

 我慢しておったのじゃよな。

 苦労しておったのじゃよな。

 ワシも同じ立場だったら涙の一つや二つこぼしておったかもしれん。

 故郷の味はそれだけ特別なものなのじゃ。

 今は思い出の味を噛み締めるが良い。

 ワシは二人が食べ終わるのをゆっくり待ってやることにした。


 ・・・


 ・・・


 30分後。

 朝食を食べ終えたライグリと侍女は一息つくと、事の経緯を話始める。

「おーほっほっ・・・むぐぅ!」

「ここにたどり着いた経緯は私の方から話させて頂きます。」

 ややこしくしそうなライグリの口を塞ぎ、侍女は神妙な面持ちで口を開いた。

「私たちはヒルウゴク帝国から来ました。そしてお嬢様はその国の侯爵家の一人娘なのです。ご覧の通り、お嬢様は見た目はとても美しい為、第一王子の婚約者になったのですが・・・数日前・・・突然婚約破棄を突き付けられてしまったのです。そしてそれだけではあきたらず、王子に国外追放まで言い渡されてしまいました。」

 悔しそうな顔で語る侍女。

 ふむ。

 なるほどの。

 侍女の話ではこういうことらしい。

 ライグリの幼少期、そのあまりにも目に麗しい姿から第一王子の婚約者として選ばれたが、数年後突如変わってしまったライグリの性格に嫌気がさして婚約を破棄されてしまったそうじゃ。

 まあ人の性格なぞ子供から大人にかけて少し変わってしまうのは仕方の無いことだと思うが。

 しかしライグリの場合、余りにも変わりすぎてしまったということらしい。

「婚約破棄については別に良いのですわ。寧ろその為に演技していたんですもの。」

 どうやら元々王子と婚約する気は更々なかった様子のライグリ。

 なるほど、そういうことか。

 つまりこの傲慢な言い回し方や態度は、婚約を向こうから解消させるためのものじゃったというわけじゃ。

 どうりで悪役になりきれん訳じゃわい。

 しかしそれで婚約破棄されたのまではわかったが、国外追放は穏やかじゃないのう。

 まああの帝王の息子じゃしな。

 性格が破綻しておるのかもしれん。

 じゃからただの気まぐれで言い出した可能性もあるの。

「そうですね。それ事態はいいのですが、態度を変えたきっかけがあの娘でしたからね。私としてはどうかと思いますよ。」

 侍女は溜め息混じりに言う。

 それを聞いて赤面するライグリ。

「い、いいじゃありませんの!あの子を守るためだったのですから。」

 早口に弁明した。

 何やら焦っているのう。

 それにあの子とは・・・

「すみませんん。あの子って誰ですかぁ?」

 わしの疑問に思っていたことを聞いてくれるアオイ。

「ああ、そうですね。説明不足でした。あの子というのはお嬢様のご学友のことです。8歳の時にお嬢様が帝国女子学園にご入学された際出会われた、とても綺麗で可愛らしい少女です。しかも魔力量が高く、とても利発的な方でした。そんな彼女にお嬢様は好意を持ってしまい・・・」

 そこまで言ってヨヨヨと泣き真似をする侍女。

 それを聞いてアオイは優しく微笑んだ。

「貴女もぉ女の子が好きな女の子なんですねぇ。同郷でぇ同じセクシャリティなのは嬉しいですぅ。」

「な!私はそんなんじゃなくってよ!彼女とは、その・・・あの・・・とても仲良くしているだけですわ。」

 ライグリは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 まあそういうこともあるかの。

 寧ろこの恥じらいをアオイにも見習ってもらいたいものじゃ。

 じゃが、まだ話が見えんの。

 結局何で国外追放になったのじゃ?

「あの子は・・・平民から特例で入学してきた特待生でしたの。貴族ばかりが通うあの学園に、平民の居場所などありませんでしたわ。だから私、あの子を守るつもりで学園内では横柄に、傲慢な態度をとってあの子が・・・ルスカがいじめに合わないように振る舞ってきましたの。でも、それが裏目に出てしまったのです。爵位の高い私がルスカを庇うことで、今度は誰もルスカを相手にしなくなってしまいました。これでは私がルスカの居場所を奪っているも同然。だから私は・・・今度はルスカをいじめる側に回ったのです。勿論ルスカにはキチンと説明しましたわ。あくまでフリだということを。そしてルスカをいじめるフリをしながら他の貴族の生徒達を警戒する学園生活が始まりました。まさに本で読んだ悪役令嬢そのままの姿で。そんなわけで貴族からの反感はそれはもう凄いものでした。そしてその話はとうとう王宮にまで上り、王子の耳に入ってしまったのです。元々婚約破棄になるのは望んでいたことなのでそれ事態受け入れることは容易かったのですが・・・何とあの王子、私の代わりにルスカに目をつけてしまいましたの。だからでしょうね。ルスカを新しい婚約者にした後、元婚約者が同じ国に居ることが煩わしかったのでしょう。婚約破棄はイコール国外追放だったということですわ。」

 一気に話したライグリは、少し寂しそうに下を向く。

 う~む。

 難しいのう。

 聞きようによっては単純にライグリの作戦ミスだっただけのような気もするしの。

 好きな女を守りたい気持ちが空回りしてしまったのじゃろうな。

 じゃが、その守りたいという気持ちが大事なのじゃ。

 何とかしてやりたいのは山々じゃが、今更国に戻らせるわけにもいかんじゃろうからのう。

 む~・・・

「そこの方。え~と・・・」

「アオイですぅ。」

 突然アオイに声をかけるライグリ。

 ん?

 何じゃ?どうしてアオイなんじゃ?

「同郷のよしみで頼みたいことがあるの。あの子を・・・ルスカを助けて。お願い・・・このまま婚約が成立してしまったら、あの子の汚れの無い身体があのクズ王子の毒牙に・・・お願い・・・助けて・・・」

 涙をポロポロ滴ながらライグリはアオイに懇願する。

 なるほど。

 ワシよりも同郷で親近感の持てるアオイに依頼するのは当然じゃな。

 して、アオイは何と答えるか。

「主様ぁ、この方ぁ可哀想ですぅ。何とかしてあげたいですぅ。」

 キチンとワシに許可をとってくるアオイ。

 おお、成長したのう。

 てっきり二つ返事で承諾してしまうと思っておったぞ。

 ふむふむ。

 ワシとしてもこやつらには興味があるからの。

 一肌脱いでやろうではないか。

「アオイや。よいぞ。今回はそなたの気持ちを尊重しよう。ライグリといったな。そなたワシの侍女に感謝するんじゃぞ。このワシを動かすことができる者はそうそうおらんからの。」

 ワシは立ち上がり、ライグリと侍女に笑って見せる。

 余裕を見せて安心させてやらんとな。

 そしてワシに釣られてアオイも立ち上がり、ミドリコはアオイの肩に乗った。

「そなたの願いはしかと受けとめた。そのルスカという女、助けてやる。」

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