第13話 呪いと嫉妬


 ワシはいつまでも喚いておる魔貴族の傷を治してやった。

 ギャーギャー五月蝿くて仕方がない。

 まあこの後もギャーギャー騒ぐことになるのじゃがな。

「な、何だぁ?もしかして呪われるのが怖いのか?案外大したことない女だな。」

 減らず口を叩く魔貴族の男。

 よくまあ死にかけていた癖にそんなことが言えたものじゃな。

 予想はしていたが、治してやったのに感謝の言葉も無いようじゃ。

 まあそれなら心置き無く、こやつに責め苦を味わわせてやることができるのう。

「貴様は呪うと言ったな。じゃが貴様のような我が儘で自分勝手な理由を掲げている奴では呪いなど発動せんわ。呪いとはもっとこう、理不尽な理由で殺されたり長年の念を込められたり、恨みや憎しみのベクトルがある一定のレベルまで達したとき、残りの魔力に反応して起こる現象じゃ。まあここまで言っても貴様は理解しようとせんじゃろうからの。実際に味わってみるがいい。」

 そこまで説明した後、ワシは魔貴族の男に魔法『悪夢ナイトメア亡者ファントム』をかけた。

 すると余裕をかましていた魔貴族の男の顔が一気に青ざめる。

 そして恐怖が口から出てきた。

「な、何で・・・何でお前らがいるんだよ。お前らは死んだはずだろ。」

 怪我は全回復しているのにもかからず、魔貴族の男は立ち上がれない。

 恐怖で完全に身体が萎縮してしまっているのじゃ。

 それにしても・・・

 こんなに出てくるとはのう。

 メイドに執事に兵士に・・・中には幼い子供までおる。

 総勢百人以上じゃ。

 こやつの罪は思ったよりも重いな。

 ともあれ、優しいワシは魔貴族の男が今見えているものについて説明してやることにした。

「こやつらはそなたを恨みながら、呪いながら死んでいった者達じゃ。理不尽にも、罪も無いのに殺され、恨みだけを残した亡霊達。しかし恨みが強くても呪いを発動出来なかったようじゃからの。ワシの魔法でこやつらの願いを叶えてやったのじゃ。」

 胸を張って自慢するワシ。

 これもワシの創作魔法じゃ。

 この魔法を受けた者は、その対象者を恨んで、呪って死んでいった者達の亡霊を呼び寄せ、視認させてやることができるのじゃ。

 しかもそれだけではない。

 亡霊達はこの魔法を受けた者に触ることが出来る。

 つまり・・・

 どういうことかわかるじゃろ?

「ふ、ふざけるな!こいつらは死んで当然の奴等だぞ!貴族の俺に逆らったんだ!殺されて当たり前だろ!」

 さもそれが当然であるかのように言う魔貴族の男。

 全く自分は悪くないと思っておる。

 ふぅ、やれやれ・・・

 ワシは頭を抱えた。

 何故こうも貴族というのは傲慢で自分勝手な奴ばかりなのじゃろうな。

 勿論、中にはまともな者もいるがの。

 こやつに関しては最早同情の余地が無いな。

 じゃがワシがどうこうするわけではない。

 なので取り敢えず傍観を決め込むことにした。

「来るな!来るなーーー!!」

 魔貴族の男は炎の魔法で亡霊を追い払おうとする。

 しかしそれは無駄というもの。

 魔法は亡霊の一体に当たるが、消え去りも退きもしない。

 まあそれは当然じゃろう。

 何故ならワシの魔法じゃからな。

 ワシの魔力で出現させたのじゃ。

 こやつ程度の魔法ではどうにもなりゃせんわ。

「主様ぁ。あの男ぉ、何であんなに取り乱してるんですかぁ?」

 アオイは不思議そうにこの光景を見ている。

 そうじゃったな。

 あの亡霊が普通に見えるのは術者と対象者だけじゃった。

 まあそれ以外にも魔力量が一万以上ある者であれば見えるのじゃろうがな。

「あの男は今、自分が手にかけて殺した死者の亡霊が見えておるのじゃよ。そしてこれからそやつらの呪いを受けるところじゃ。」

 ワシはアオイと、そして同じように分かっていなさそうなキサラムにそう説明した。

 知った途端に青ざめる二人。

 そして、そうこうしている内に魔貴族の男は亡霊達に囲まれてしまった。

 もう逃げ場はない。

「やめろ!やめてくれ!俺に・・・俺に触るなーーー!!」

 叫び声を上げたその直後に、魔貴族の男の全身のあちこちが獣に襲われたように引き裂かれた。

 亡者達がそれぞれの爪で、指で魔貴族の男の肉を裂いているのじゃ。

「ウギャァァァー!!やめろーー!やめろーーー!!」

 成す術なく、ただただされるように苦痛を与えられる魔貴族の男。

 その様子をアオイもキサラムもライガルも兵士達も、誰もが唖然として見ている。

 当然の報いじゃな。

 おや?

 もう声が聞こえなくなってしもうた。

 絶命寸前といったところか。

 じゃがな、こやつの罪をこんなもので終わらせてやるつもりはない。

「は・・・何だこれ?傷が治ってる。」

 死にかけだった魔貴族の男は自分の身に起こったことに驚いているようじゃ。

 しかし・・・

「あっ・・・やめ・・・折角治ったのに。う、ウギャァァァー!!」

 再度亡者達の餌食になる魔貴族の男。

 悪いがの。

 そう簡単に死なせてやらんぞ。

 先程こやつにかけた魔法は『ナイトメアファントム』だけではない。

 もう一つ、この状況では耐え難い魔法をかけてやったのじゃ。

「そなたには『ナイトメアまぬ復活リバイバル』もかけてやった。即死でない限り、何度でも復活するという魔法じゃ。どうじゃ?嬉しいじゃろ?まあそれと同時に、亡霊達が気が済むまでその地獄は続くがな。せいぜい老衰でその命尽きるまで、一生苦しむがよい。」

 ワシは冷ややかな目線を魔貴族の男に飛ばしながら言った。

 正直、見ていてもあまり気分のいいものではない。

 この場にいるものは、アオイ以外最早この光景にドン引きしておる。

 いや寧ろアオイは満面の笑顔で、ワシに向かってグッと親指を立てている。

 もしやこやつ・・・

 ワシがやらなければこれと似たようなことをするつもりじゃったな?

 やれやれ・・・

 末恐ろしい女子おなごじゃな、全く。

 それにしても・・・

 フゥ・・・

 このままこの魔貴族の男をここにいさせても仕方ないのう。

 ワシは指をパチンと鳴らし、魔貴族の男を転移させた。

 場所はライガスの城にある地下牢じゃ。

 何べんもライガスの城には行っておるからのう。

 座標を特定するのは容易いのじゃ。

「これで小うるさい奴はいなくなったの。さて次は・・・どうするかのう。」 

 

 ワシはライガル達に笑顔を向けた。


 ・・・


 ・・・



 広大な森の中にある新しい木造二階建ての家。

 そこにワシはアオイとキサラム、そしてライガルを連れて転移した。

 この家はキサラムとキロイが住んでいる、この姉妹二人の居住地。

 中では姉の無事を祈るキロイが待っていることじゃろう。

 因みに、ライガルが連れてきた特に害のなかった兵士達には帰ってもらい、キサラムを痛め付けた三人の男達はにはスキル封印と攻撃魔法封印だけで勘弁してやった。

 寛大な処置じゃろ?

 まあ死に物狂いで会得した力を封じられてしまうのは断腸の思いじゃったろうが、命を失うよりはましじゃろう。

「お姉ちゃん!おかえり!」

 玄関を開けてそうそう、姉の胸に飛び込む妹。

 そして姉はその頭を優しく撫でて上げた。

「ただいま・・・」

 うむうむ。

 美しい光景じゃな。

 しかし・・・

 キロイが死ぬほど不安になってしまっていたのは事実じゃ。

 このツケはしっかり払ってもらわんとな。

 ワシ達とライガルは、リビングのテーブルに向かい合うように座った。

「さて、ライガルよ。わかっておるな?」

 少し威圧をかけながら、ワシはライガルに言う。

「クロアよ。この度は本当に申し訳ないことをした。罰は・・・受けるつもりだ。」

 深々と頭を下げるライガル。

 まあ腹が立っているのは確かじゃが、何も命までとろうとは思っとらん。

 ・・・しかし。

 気になるのう。

 こやつはワシのことをと言ったが・・・どういうつもりなのかのう。

「うむ・・・時にライガルよ。そなた、いつからワシを呼び捨てに出来るようになった?」

 そう。

 こやつに呼び捨てにされることなど無かったのじゃ。

 自分の立場がわかっているものじゃと思っておったのじゃがのう。

 しかしワシが威圧の圧を増したことで更に萎縮したライガルは、おずおずと口を動かした。

「クロア・・・お姉ちゃん・・・」

『ブゥ!!』

 ライガルの言葉に、キロイが淹れてくれたお茶を飲んでいたアオイとキサラムが吹き出してしまった。

 まあ無理もない。

 こんな強面の男が見た目は年下のワシにお姉ちゃんなどと言ったのじゃからな。

 しかしワシとしてはこの方がしっくりくるのじゃ。

「うむ。それでよい。よく言えたのう。」

 ワシは身を乗り出してライガルの頭を撫でてやった。

「や、やめろ!俺はもう子供じゃないんだぞ。」

 恥ずかしがってワシの手を邪険に払うライガル。

 フフ・・・

 まだまだ幼子のようじゃのう。

「主様ぁ、魔王さんとはどういった関係なんですかぁ。」

 アオイはワシとライガルのことが気になるようじゃ。

 ふむ、まあやましいことないし、説明しても何も問題ないじゃろ。

「こやつが『最初の魔王』に仕えていた時からじゃから・・・もうかれこれ2000年位の付き合いになるかのう。その時のこやつはまだまだはな垂れ小僧じゃったからな。ワシはお姉ちゃんとしてこやつの面倒を見てやってきたのじゃ。」

 懐かしいのう。

 あの頃は世界も平和で、人種的な差別も少なかった。

 そんな中、天性の武の才能を見出だされて齢10歳で『最初の魔王』に仕えることになったライガル。

 よく遊んでやったものじゃ。

「そうですかぁ。じゃあぁ、弟みたいなものなんですねぇ。」

「まあそうじゃな。」

 アオイはワシの言ったことをちゃんと理解した。

 そう、ライガルは年の離れた弟のような存在なのじゃ。

 じゃが・・・

「そうは言っても何度かプロポーズしてきたがの。」

「なぬぅ!」

 ワシが言った直後に、アオイから聞いたこともない言葉が発せられた。

 おっと、これは失言じゃったか。

 補足しておかんと後が怖いの。

「じゃが勿論断ったぞ。ワシは結婚やら何やらに興味はないからの。」

「グハァ!」

 今度はライガルが、何故か血を吐いて苦痛の声を上げた。

 何じゃ何じゃこやつらは。

 全く・・・気味悪いの。

「へへぇ。そうですよねぇ。主様はぁ私の主様ですもんねぇ。」

 そう言ってアオイはワシの腕を抱いてくる。

 それはそうなのじゃが、何か違う意味合いで言っていないか?

「先程から気になってたんだが、その娘は誰なんだ?お姉ちゃんにまとわりついてる害獣なら俺が・・・」

 そう言って剣の柄に手を置くライガル。

「待て待て待て待て。こやつはワシの・・・」

「奥さんですぅ。」

「ちゃうわ!」

 全くこやつは・・・

 要らん誤解を生むじゃろうが!

 ほれ、見てみい。

 ライガルがワシのことを『信じられない』といった目で凝視しておるぞ。

 これは誤解を解かんといかんな。

 国中に言いふらされても敵わんからのう。

「誤解をするでないぞ。こやつは魔女の契約でワシの侍女になった女子おなごじゃ。主に炊事番を任せておる。」

 ワシは事実をありのままにライガルに伝えた。

 それを聞いてライガルはほっとし、アオイは否定されたのにも関わらず気をよくしている。

「はいぃ。私のご飯でぇ主様の胃袋を鷲掴みですぅ。」

 ご機嫌にワシの腕に頬擦りするアオイ。

 別に構わんが・・・

 アオイの料理に魅了されておるのは事実じゃからな。

 しかし、ここで何故かライガルがアオイに張り合ってきた。

「そ、それが何だ。俺はずっと昔からお姉ちゃんを知ってるんだ。お前よりも俺の方がお姉ちゃんに相応しいからな!」

 ライガルは立ち上がり、アオイを睨み付ける。

 おい、待て。

 相応しいって何じゃ。

 まさかこやつ、未だにワシのことを・・・

 ハァ・・・

 全く勘弁してもらいたいのう。

 そしてアオイもまた、ライガルを威殺す勢いで睨み付けながら立ち上がる。

「ふんん!私なんか一緒に暮らしてるんだからねぇ!私の方が相応しいもんねぇ!」

 魔王に対して一切引かないアオイ。

 一体何を張り合っておるのか・・・

 そんなことよりライガルには罰を与えねばならんなのじゃがのう。

 しかしまだ言い合いは止まらない。

 罵詈雑言が飛び交うこと約5分。

 ここで漸く止めの一言が発せられた。

「ハッ!それが何だ!俺なんか一緒にお風呂も入ったことだってあるんだぞ!どうだ!参ったか!」

 とっておきとばかりにライガルは胸を張って言う。

 ああ、まあ確かに、そんなこともあったかのう。

 じゃがあれはまだこやつが子供だった時の話じゃ。

 それにワシは防水着を着ておったから裸ではなかったしの。

 そんなことを自慢されても誰も何も思わんじゃろ。

 ・・・と思っておったのじゃが・・・

「おぉ・・・」

 ワナワナと震えているアオイ。

 何か言おうとしたいるようじゃが・・・

「お?」

 中々言い出さないアオイに、ワシは痺れを切らして尋ねた。

 何を言い出すかわからんが、一応聞いてみないことには話が進まない。

 が、しかし・・・

「表に出なさいよぉ!この魔王こん畜生がぁぁ!!」

 怒髪天を突きながら、荒々しく魔王に喧嘩を売ってしまったアオイ。

 ・・・

 ああ・・・

 聞くんじゃなかったのう・・・

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