第35話 失う故に心失い
テレビの画面には近くに居ながらもすれ違い、出会えない男女が分割画面で映し出されていた。僕はそれを見ながら『何で左側も調べないんだよ』なんて突っ込みを入れながら観ていた。
もう少しで昼になり、エリが帰って来る頃だと思いながら僕はダラダラと横になってテレビを観ている。実に退屈だ。そうだ。何か他にやる事は有るだろうと考えて、日頃に自分が何をやっていたのかを考えた。
そう言えば昨日から僕はスマホを全然見ていない事に気が付いた。たしか僕は何かゲームをしていた筈だ。そう考えて僕はスマホを探した。
しかし、何処に置いたのか一向に思い出せない。僕は箪笥や本棚を探して、それから風呂場や流し台等の思い当たる箇所を探したが何処にも無い。外に出た時にでも落としたのだろうか?だとしたなら、貯水タンクの上は充分に怪しい。だからと言ってこんな明るい時間に、いい大人があんな所を彷徨いていたら不審者以外の何者でもない。日が落ちから探しに出掛けよう。
そうだ。エリと一緒に貯水タンクの上で花火を観るのなんてどうだろうか?いや、あの真面目なエリにそんな事を持ち掛けたなら、きっと軽蔑されるに違いない。
そうか。だから僕はエリが居ない日に一人で昔を懐かしんで貯水タンクの上で花火を観ていたに違いない。そうだ。きっと。何か僕はどうも頭の中が詰まった様な感覚がして。また横になりテレビドラマを観ていたのだが、どうも頭が重く目を閉じた。もうすぐエリが帰って来るのに僕はそのまま寝てしまった。
――――「ねえ。マサト。」
「なんだよ?」
僕の目の前にエリが立っていた。此処は何処だ?貯水タンクの上じゃないか。そこでは桜の花びらが吹雪の様に舞い。その中で髪型がショートボブになり、黄色いワンピースを着たエリが立っていた。
「エリ。お帰り。こんな所で何をしてんだよ?」
「何ってマサトがここで花見をしようって連れて来たんじゃない。」
そう僕の問いにエリが答えると青空は突然、星空に変り。赤、青、黄、緑、紫の星々が濃い藍色の夜空から剥がれ落ち貯水タンクの周りの街へと次々と落ちていき。僕達の周りの建物や山が次々と破壊されて行った。そして、一番近くに落ちた星の突風が僕とエリを吹きさらすと。四方の端から貯水タンクはボロボロに壊れ出した。
「エリ危ない!」
と、僕は叫びエリへ駆け寄り手を掴もうとすると。エリの顔は悲しい顔をしながら。
「マサトさん。」
そう呟いて。伸ばして僕の手を掴んだエリの手は砂の様にボロボロと崩れ落ち徐々にエリは、全身が砂になってしまい崩れ落ち消えてしまった。僕は自分が壊れてしまったかの様に心と顔が丸めた紙の様にグシャグシャになって。細胞の全てから絞り出す様に
「あああぁああぁあぁぁああ!」
と悲鳴を挙げた。そして、悲鳴を上げながら体を起こすと僕は自分のアパートの中に居た。夢を観ていたのだ。
そして、つけっぱなしのテレビでは先程から続く高速道路での高速バスが炎上したニュースが流れていた。
「このニュースのせいで、さっきはあんな夢を見たんだ。」
そう呟いてテレビの画面を見ると12:20と表示されており。僕は部屋の中を見渡してみるが、まだエリは帰って来ては居なかった。僕はニュースを見ながら日常よりも少しだけ刺激を受けながらもボーッとしている。
しかし、先程の悪い夢のせいで僕は少しだけエリの事で不安が過った。何であんな夢を見たのだろうか。悪い事の報せであろうか。だとしたらなんだろう。何でエリは黄色いワンピースにショートボブなんかになっていたのだろうか?髪を切ったのは失恋の暗示?心が泡立つ。
動揺と言って良い不安に過ぎていく時間。そんな中でも切り替わって行くテレビの画面。そして、その画面にはの事故の犠牲者の家族が映っていた。僕達の街の花火大会へ遊びに行く予定だった高校生の女の子の母親がテレビに接写で写し出される。その母親はテレビカメラの前で気丈に振る舞おうとしていたが。
ひと粒の涙が溢れると堰を切った様に涙を流し。言葉を出す筈の口は誤作動の様に震え出すと、もう言葉を塞いでしまい。それがほどけた途端に大声で泣き出し、そのまま膝から崩れ落ちテレビカメラは場面を切り換えスタジオで神妙な面持ちのキャストを拾った。
何気ない他人の死をただ虚無的に受け入れていた僕に、その母親の姿は現実味を叩き付けてきて。僕はいつの間にか自分の一番近しい存在。エリへと置き換えて考えてしまった。
テレビ画面の右上は14:21となっていた。その事は僕の泡立った心を逆撫でして、僕はこの事故の犠牲者の中にエリが居たのではないかと不安に駆られ、スマホが無い事に苛立ちを見せて立ち上がった。
そのまま僕はアパートを出て自転車に跨がると下り坂を一気にかけ降りた。
僕はブレーキも掛けずに走り抜け、勢いよく右へ曲がるとそのまま橋を越えて公園へと辿り着いた。
僕はそのまま公園内を自転車で走り抜け、貯水タンクのフェンスまで辿り着くと、素早く鍵を開けて中へと走り辺りを、見渡しながら走れば目が追い付かない事に気付き歩きながら探した。
何も見当たらずに階段の足元を見ながら歩き、貯水タンクの屋上へと登りきった。
何も無いガランとした屋上で見渡せば直ぐにでも解る筈だが何も見当たらずに。一度、間違えて拾い上げた黒ずんで四角い木片だけだった。
ここでは無かったのかと。僕は落ち込んだが、心にそんな暇なんて無く。エリの事を思い出しながら一端アパートへ帰る事にして自転車へ跨がった。よくよく考えてみれば、エリは一言も昼に帰って来るとは言っておらず。僕が今までの経験から出張からの帰りが、いつも昼頃であったからそう思っただけで。
ただの僕の早とちりだと胸を撫で下ろして、自転車を漕いでアパートへと戻った。登り坂でば自転車を押して歩いて。
アパートへ戻ると時計の針は15:45を指して、まだエリが帰っては居ないことを確認するとグラスに麦茶を注ぎ一気に飲み干した。それでもエリが心配な事に変わりは無くて、テレビを点けて事故被害者の名前など出ていないかニュースの続きを見ていた。
死亡者の名前が三人載り、その二人が男性だった事に胸を撫で下ろしながらも。先程の高校生の死亡者の母親を思い出して少しだけ後ろめたさを感じながらも、僕は正直にホッとしていた。
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