第28話 消えるものと、残るもの



 僕は未だに、何でこんな所に来ていたのか納得できないままに立ち去る事にした。上がり続ける花火に背を向けて僕は階段の方へと歩いて行った。花火が放つ色とりどりな光りが、僕の影の周りで光り続けていた。


 一度貯水タンクの屋上を振り返り、僕はゆっくりと一段一段と階段を降りて行った。僕はここで誰かと一緒に居た気がした。遠い昔でなくてだった今しがたの感覚だけが残りながら。小学生の頃に水本と登った事を思い出した事と何か関係が有るのだろうか?と考えたが、そんな答えも出る訳もなく僕は階段を降りた。


 貯水タンクから降りれば周りは木々に囲まれて、空が時々光りながらポンポンと素っ気ない音が聴こえるだけであった。時折感じる抱き締めて通り抜ける感じや、指先をすり抜ける虚しさに似た感触が有り。指先を眺めて見たものの何の変哲も無い僕の指しかない。



 この世界は気のせいと思い込みで出来ている様な気さえする。



 エリのいつも幽霊の様にボソボソと喋り回答を待たずに動いてしまう態度等は、たまに『僕達は本当に恋人なのだろうか?』と思う事もある。そういった事で僕は思い込んでいるのではないのか?と考える事が屡々ある。他人の心なんて解っている様で確証に近い証拠と成るものは基本的に目に入らない。大切な事はいつも目に見えないんだ。


 僕はフェンス扉のダイヤルロックを『110』に合わせて貯水タンクの敷地から外に出た。僕はこの公園を歩き、百日紅の木が植えられた小路を抜けて歩いて公園の中央へと向かった。


「そう言えば、この公園の名前ってなんだっけ?」


ふと思った事が言葉となり独り言を呟いた。しかし、応える人も無くその言葉は公園の暗闇の中へと消えていった。不思議なもので下へ降りると障害物も多く花火の音もアナウンスも余り聴こえては来なかった。


 僕は何故か首の辺りに寂しさを感じて手を当ててみるがその原因は判らずに、首を傾げながら歩き公園の外へと出ると遠目に屋台通りが目に入った。角の屋台はリンゴ飴を売っていて、その隣にヨーヨー釣りと列び沢山の屋台が並んで居て。公園の暗さに目が馴れてしまっていた僕には凄く眩しく映り、僕は目を細めながら歩いて屋台通りを抜けていく。


 花火が上がっている間は皆、花火を観るために川沿いの道に集り屋台通りには余り人は歩いていなかった。何か物足りない気持ちに駆られながらも、それはエリが出張で一緒に花火を観る事が出来なかったからのものであるのと、一人で納得して。



(僕は何だかんだエリが必要で彼女が居ないと寂しいのだ。僕はやはりエリが大切なんだ。)



そう心で呟きながらも、エリに関わる約束が何か有った様な気がして。心の中のもやもやとしたムズムズとした気持ちを抱え、また貯水タンクの屋上で自分は何をしていたのだろうか?と考えた。何で僕は一人であんな所へ行ったのだろうか?僕はそう考えながらも、誰か一緒に居た気もしていた。




―――エリは出張先で元気にしているだろうか?




そう想い僕は月を見た。そうだいつもエリは二人が離れた場所に居る時に電話で


「ねぇマサト。今そこから月は見える?」


「ああ、見えるよ。エリからも見える?」


「うん。マサトが見ている月と同じ月が見えるよ。」


「そうだね。僕達は今離れていても同じ月を見ているんだね。」


そんな他愛もないやり取りをよくやっていた事を思い出して少し照れ臭くなって、鼻で笑って屋台通りを歩いている。周りから見られていたら気持ち悪い事だろう。と僕は見られて居ないか周りをキョロキョロと見た。周りを見渡したが路地のスナックの看板が点滅をしている横で、若い髪を金髪に染めたカップルが激しく口論をしているだけだった。


 花火の上がって居る最中に、花火の見えない所に居るカップルなんてのはイチャイチャしているか、喧嘩しているかのどちらかなんだよな。とどうでも良いことを考えながら僕は屋台通りを抜けて川沿いへと向かう。


 川沿いは多くの人が隙間無く立ち見をしたり、石段に座ったりして通りの流れは非常に悪く。僕は川沿いを避けて遠回りをして帰る事にした。






 ―――その頃エリは出張先のビジネスホテルで、一人窓際に座り出張で頑張った自分へのご褒美として晩酌を行っていた。



 私は出張先のホテルの近くに在る。食通の人達のSNSで話題の鮮魚店のカツオのタタキと、クジラの竜田揚げを買ってきて。その隣のスーパーマーケットでビールと地酒を買って自分へのご褒美とした。そして、旅先でしか出来ない楽しみでツマミにもう一つ。アーネスト・ヘミングェイの『老人と海』を広げて、私はビールを飲みながらサンチャゴと海へ出た。


 不漁続きのサンチャゴの横で私はカツオのタタキを食べながらビールを飲む。最高の幸せだ。ビールを飲めば油ものが欲しくなりクジラの竜田揚げを噛りながら。


「クジラだったら『白鯨』ね。」


なんて自分だけしか面白く無い独り言を言って。ビールで流し込んだ1頁にひと口、またひと口と飲んで。直ぐにビールは無くなり私は、備え付けのグラスに地酒を注いだ。辛口だが少し残る酒の癖が香りの強い青身魚にも負けずに、美味しく私の読書は進んだ。


 カツオのタタキとクジラの竜田揚げと地酒が無くなる頃には私は『老人と海』を読み終えていた。時計もすっかり0時を回っていた。私はやはりマサトと本が大切だった。その2つがいつも私に勇気をくれて私は今まで、どんな状況に置いても前に進むことができたのだ。


 私はビジネスホテルの窓のカーテンを開けるとそこには全然見慣れない知らない街の夜の景色だった。しかし、空を見上げればいつも見上げている月がそこには在った。まあるく黄色く優しい光りを放つ月が。


「ねえ。マーくん見てる?私と同じ月を。」


「ねえ。マーくん聴こえる?『人間は負けるようには造られていないの。』私もマーくんも。例えこの命を失ったとしてもよ。」


私は窓から手を伸ばし。この見知らぬ景色の街を通り越して輝く月に映るマサトに向い。そして自分に言い聞かせる様に囁いた。


 私はそのままベッドの上に仰向けに倒れ込んでベッドへ沈むと硬いスプリングが私の身体を跳ね上げて私はまたベッドへと落ち、そのまま天井を眺めながらマサトとの今でもハッキリと思い出せる過去を思い出した。





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