第21話 最後かもしれない花火大会



 今は丁度正午程の時刻で、夕方からの花火大会までは少し時間が有った。あたしはマサトが食器を洗う間、少し退屈をした。話す事も無くカレーライスを食べてお腹がいっぱいになったのと。少し早目に起きてしまった事でウトウトとして眠りそうになっていた。


 何度か起きようと色んな事を考えて見たのではあるが考えれば考える程に瞼は落ちてしまい。ついには眠りについてしまった。



 ――――僕が食器を洗い終えて片付けていると。そのうしろで美空は眠っていた。



 僕はそんな寝ている美空を見ながら、もしかしたら直ぐにでも消えてしまうのではないかと思うと。寝ていると時間が勿体無い様な気もしたが幸せそうに寝ていたのでソッとしておいた。きっと怖い夢でよく眠れなかったたのだろうと思い。毛布を美空の体へ掛けた。


 僕は立ち上り窓を開けると、外はパラパラと雨が降っていた。天気予報では晴れではあったが。不思議なもので、この花火大会は川の神様を祀るもので毎年どんなに天気予報が晴れであったとしても雨が降る為、僕は


「今年も雨か。」


と、この街の住民ならこの日に必ず口にする台詞を呟いた。僕はそう呟きながら窓を閉めて布団を畳み片付けていると、床に小さい砂粒がパラパラと散らばった。僕は昨晩、身体に砂粒を着けて帰ってしまい。このままではエリに怒られてしまう。と、押し入れから掃除機を取り出して。美空が寝ている横で掃除を始めた。


 掃除機を一頻りかけると、床に散らばった砂粒は見当たらなくなったので。そのついでとばかりに僕は部屋中に掃除機をかけて回った。その間もこんなに音を立てているのにも拘わらず。美空はすやすやと寝ている事に僕は、久しぶりの外出に疲れていたのだろうと掃除機を終えて掃除機を片付けた。


 もしかしたら美空にとって今年の花火が最後かもしれない。そう思うと美空の儚さに愛しさを感じてしまい寝ている美空の頬へ、ソッと指を当ててみた。柔らかい感触は有るもののそこはやはり幽霊なので温かみ等は無かった。しかし、最近ずっと傍に居て触れていたせいかその事にも馴れてしまっている自分が居た。


 僕は折角マグカップを洗ったのだが、またコーヒーを淹れる事にした。美空とずっと一緒に居るせいか、僕はこの世界に何らかの違和感を持つようになっていた。僕達の様な人間も居れば、美空の様な幽霊も居て大半の人達はその事を確かめる術も無く居るか居ないかを語り合うだけである。


 まるでシュレディンガーの猫である。そんな風に考えれば僕は今。そのシュレディンガーの実験に使われた箱の中に猫と一緒に入っている様なものだ。


 外の世界。幽霊の見えない人達からすれば、幽霊が居るか居ないかは50%で有るが見えないので確認できない。だが僕は幽霊が見えて幽霊と居るので幽霊の存在を確認出来る。しかし、この事を幽霊が見えない人に幾ら話した所で、彼等は幽霊が見えるように成る訳では無いので50%のままなのだ。幽霊が居るか居ないか判らないままなのだ。


(そう考えると僕も幽霊の様なものだ。)


段々とそう思えてきた。僕は自分がなんだかバカらしい存在に思えて来たのだが、そんな事を思っているとエリが出張から帰ってきた時に心配されるに違いない。と、そんな下らない考えは止めにしておこうと思った。


「あっ。ごめんなさい。あたし寝てた。」


そう言いながら美空は目を擦りながら起き上がった。そして続けて


「あれ?あたし何か大切なことを考えていた気がするんだけど。何だったっけ?」


そんな、すっとんきょうな事を寝起きで言うので僕は


「大丈夫だよ。まだ30分ぐらいしか寝ていないから、夕方の花火大会まではたっぷり時間が有るよ。昨日が久しぶりの外出で疲れたんだろうから、まだゆっくり休んでいていいよ。」


そう美空に言うと美空は黙り込んで考えて、その後で僕に抱き着いてきた。先程も美空はいきなりキスをせがんできたり、どうも様子が違ったので僕はギユッと美空を抱き締めて。


「どうしたの?」


と尋ねると美空は


「どうもしない。怖い夢を見たの。」


と言いながらしがみついたままだったので。僕はまるで子供の様だと思いながら、あやす様に美空の頭を撫でて


「大丈夫だよ。もう夢から覚めたんだ。」


と言った。美空は僕の胸に顔を埋めたままだった。何だか馴れない状況に僕は


「もう一杯コーヒー飲むか?」


と美空に問うと、美空はコクンと頷いたので座卓へ座らせてもう一杯コーヒーを差し出した。美空は大人しく黙ったままコーヒーを飲み始めた。僕はコーヒーを飲みながら、また窓を開けると雨がパラついて先程よりは弱まっていた。


「もうすぐ止むな。」


「えっ?何で分かるの?」


「この花火大会の日は必ず雨が降るんだけど。必ず直ぐに止むんだよ。毎年ね。」


「へー、そんなの有るんだ。」


「ああ、この街の住民なら皆知ってる話しだよ。川の神様を祀る花火大会だからね。」


「不思議ですね。」


「幽霊の美空に言われてりゃ世話ないな。」


僕はそう言いながら窓を閉めて、コーヒーを飲みながら部屋の中を歩いてテレビの電源を入れた。地元のローカル局にチャンネルを合わせると花火大会の日程表が出ていた。18:30から開催するとの事で現在の時刻は14:15だった。あと四時間十五分と考えると、手持無沙汰な待ち時間になりそうだった。


 そのままテレビを点けていると画面は、去年の花火大会の状景が流れ出した。美空はその映像に目を奪われて見入って居た。口を開けたままポカーンと熱中していた。僕はそんな美空を見て笑っていると、美空はそれに気が付いて僕の事をポコンと叩いた。僕は美空の頭に手を置いて


「今日はこの花火をもっと近くで観られるんだよ。」


美空にその事を伝えると、美空は嬉しそうにニンマリとして頷いた。僕は美空に早目に外へ出て花火大会の前に少し散歩でもしようと持ち掛けた。それを美空も了承して美空は体力を温存する為と着替えに一度消えると言い消えた。出発は二時間後とした。


 僕は美空のマグカップを洗おうと座卓へ近付くと足下に、また砂粒の感触がした。


「あー、美空にも砂が着いていたか。」


と独り言を言いながらマグカップを洗うと、また掃除機をかけて少し横になり外出の準備をすることにした。




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