第16話 小さな恋と大きな星空


 私は、ずっと帰り道にマサトの事ばかりを考えた。マサトに色んな事を話したいと思った。さっき渡したサン=テグジュペリの『星の王子さま』のキツネや薔薇の花の話しや、星に手が届きそうな場所の事や。


 そんな事を考えていると、ふとマサトの言葉を思い出した。「今夜も俺はそこに行くと思う。」竹下公園の貯水タンクに行けばマサトと、また話せるのかもしれない。と。


 何でこんなにも話したいって事が楽しくて仕方ないのだろうか。もし、今この世界に私だけしか居なかったら私は雲に届きそうにスキップをしてしまうかもしれない。そんな事を考えると、また私は顔がニヤけている事を感じて。自分の顔を触りながら、電気屋さんのガラスに映る自分の顔を見たがやはりニヤけていた。


 この数時間の間に私は、色んな私に出会えた事。私は、私の中に話したがりの私が居た。私は、私の知らないうちにニヤてしまう私が居た。私は、私の中に私のルールを破ろうとした私が居た。その切っ掛けが全てマサトのせいだと感じた。私は、そんな私が解らなくなっていた。私の中で確かな事は、マサトに会って話がしたい。その胸の高鳴る思いだけであった。


 私は家に帰ると、こっそり玄関の靴箱から日頃履かない靴を取り出してベッドの下へと隠した。いけない事をやろうとしている自分を咎める気持ちも有ったのだが私の中でマサトと会って話したいと言う気持ちが大きく脹らみ過ぎて。私を止める理由は私の中に最早、存在しなかった。


 私は、そうして夜が来るのをドキドキと胸を高鳴らせながら。それを落ち着けようと読書をしながら待っていた。


 そして、その日の夜。家族との夕食を終え、お風呂を済ませると、私は早足で自分の部屋へと戻った。自分の部屋のベッドに掛けてある毛布を丸めて掛け布団の下へと、まるで私が寝ているかの様にカモフラージュをした。そして、タンスから着替えを取り出してパジャマからハーフパンツとTシャツと言うラフな動きやすい服装へと着替えた。


 机の引き出しから災害用の懐中電灯を取り出して、理科の教科書と理科のノートをトートバッグへ入れて。それは、もしも他の誰かに見付かったとしても、マサトに会いたいから夜に出掛けたのでは無くて。然も理科の授業に使う星の観察がしたかったのだと言い訳が出来る様にであった。とは言ったもののあんなに人が居る教室でも誰からも声を掛けられ無いのに、外で誰かに声を掛けられるなんて有り得ないだろうけど。


 私は、部屋の電気を消して窓をソーッと開けるとそこには真っ暗だけれど輝いて見える外の世界が私を待ち受けていた。私は、ベッドの下から靴を取り出して。窓から音を立てないように庭へと出た。幸い私の部屋は一階の裏口付近に部屋が在ったので、家の外に出る事は雑作も無かった。


 私は、少し伏せ目勝ちに顔を隠して早歩きで、川沿いの竹下公園へと向かった。街灯も疎らで人気の無い歩道を通り公園の側道へと入った。私が今夜、家を脱け出そうと思った理由の一つに私の家から竹下公園はすぐ近くで、歩いて2分の所であったからだ。


 私はマサトの話していた貯水タンクへと着いたが有刺鉄線を巻き付けたフェンスで、とても入れる様な状況ではなかった。私はそこで諦めずにフェンス周りを歩いて入られる場所はないのかと探して回った。するとフェンスの扉らしい所へと辿り着いたのだが、そこにはチェーンロックが掛かっており私はそこに立ち止まった。懐中電灯を当ててどんなふうになっているのか?と確認すると3桁の数字を合わせると解除される仕組みの鍵であった。


 私は何となく適当な数字を合わせてみたが、どの数字でも合わなかった。すると、後ろから私は声を掛けられた。その瞬間、私はとてつもなく悪いことをしている自分を見られたことに絶望して 踞うずくまった。


「おい。おまえ何してんだよ!?」


その声に私は更に追い詰められて恐怖に震えた。


「何だ水本じゃねぇか。俺だよ谷原だよ。」


何と声の主はマサトであった。私は踞り下げた頭をあげて目の前を見ると、そこにはやはりマサトが立っていた。


「タニハラくん。」


「ああ、そうだよ。水本お前マジで来たんだ。」


「うん。私、どうしても星空を見たくて。」


「おー!そうなんだ。じゃあ行こうぜこの上なんだ。」


そう言うとマサトはフェンスの扉のチェーンロックを開けて扉を開いた。その時の3桁の番号は「110」だった。私は警察の番号だと思った。そんな中でマサトは私の手を握り、そのまま貯水タンクの裏手まで引っ張って行った。


 貯水タンクの裏手に回ると、上へと続く鉄の梯子があった。貯水タンクの高さは10メートル程有り円柱形で直径30メートル程あり『聳え立つ』と言う言葉がしっくりくる存在感の有る建造物であった。私は別に高所恐怖症では無いが、この聳え立つ貯水タンクの高さに不安な気持ちしか無かった。


「あっ!水本が梯子だと危ないよな。あっちに階段が在るから、そっちから登ろうか。」


マサトはそのまま私の手を引っ張って、階段の在る方へ辿り着くと階段の入口には腰の高さ程の小さい格子扉があり。それをよじ登りマサトは私を手引きして、私も格子扉を越えて階段を登った。階段には手摺りが付いていたので、梯子と違い落っこちる心配が無かった。私は、徐々に広がっていくこの街の景色を眺めながら登って行った。


 貯水タンクの一番上は緩やかな半球状になっていて。マサトは上に辿り着くとポンと階段から降りて、私の方に手を伸ばし


「ほら、水本も来いよ。」


と言うので私は軽くコクンと頷いて階段から降りて、不安定な足場でよろめきながらマサトの手を掴むとマサトは黙って空を眺めていた。私もマサトに合わせて空を見ると。



 キラキラとした色んな色の輝く星がたくさん私達の上で煌めいていた。私は、懐中電灯の灯りを消すと。星空と私達しか居ない空間になり私の心は興奮と感動と歓喜が溢れて



「わぁああ。」



と口から溢れ出てきて自然と笑顔になっていて。そんな私を見たマサトはさもこの星空は自分の持ち物の様に私に自慢をして。


「な?凄いだろ?この星空。」



「うん。タニハラくんありがとう。」



その言葉の後に私とマサトは静かに黙って、星空を見入っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る