第12話 手の届きそうな夜空と物語
僕と美空は手を繋ぎ座った状態で、そのまま並んで寝転んで僕達は手を繋いで夜空を見上げた。
真っ黒な画用紙に白や黄や青のインクを吹き掛けた様な満天の星空の下。僕達は自分達も夜空に溶け込んで宙にフワリと浮かんだ様な心地に包まれて。頼りない心を支え合う様に二人で指を交互に絡め合いしっかりと握った。
「本当に空が近いんですね。」
「そうだろ。手が届きそうだと子供の時にここで一生懸命に手を夜空に伸ばしてたんだ。」
そう言って僕は夜空に右手を伸ばして広げた。美空はそんな僕を見て笑いながら
「マサトさんって結構ロマンチックなんですね。」
「じゃあ、あたしもロマンチックに。あのね。あたし消えちゃったら神様にお願いしてね。マサトさんとエリさんの子供に生まれ変われる様にお願いしてみるね。そう思うと消える事も何だか前向きでしょ?」
美空は隣で寝転ぶ僕を見てニコッと笑った。僕はそれが前向きなのかは解らないが、それに納得した様な美空の笑顔に救われて
「そんな考え方も有るよね。その時は僕とエリで美空を連れてピクニックでも行きたいね。」
と微笑み返した。僕はそのまま空を見上げ手を伸ばし
「流れ星来ないかな。僕からも神様に美空が僕とエリの子供に生まれ変わります様にってお願いするよ。」
「ありがとう。マサトさん。」
美空はそう言うと、僕に顔を寄せて僕の唇へ軽くチュッと唇を当てた。
星々は瞬いて僕達を覆い包み込み、まるでプラネタリウムの様な世界を僕達に披露してくれた。彩りを見せる輝きの中に流れる星を見付けた僕と美空は目を閉じて願いを心の中で三回言った。そうすると同時に、複数の流れ星が姿を見せ。この世界に垂れ幕を飾るように拡がり流れて行った。
僕と美空はそんな光のカーテンの中で二人、手を繋ぎ宙に浮いた心地でこの広い宇宙に飛び出した。
「ねぇねぇ。あの明るい星は何て星なの?」
「ああ、あれは牛飼い座のアルクトゥールスだよ。春の大三角形の一つだよ。」
「へー。マサトさんって星の事詳しいんですね!じゃあ、春の大三角って何が有るんですか?」
「そんな天文学部とかじゃないから、そこまでは無いけど。小学校の理科の宿題でさ、星の観察ってあって。それで、夜の星空をボーッと眺めるのが好きになったんだよね。で、春の大三角ってのはね。さっき言った牛飼い座のアルクトゥールス。その下に乙女座のスピカ。その横に見える。獅子座のデネボラの三つだよ。」
「あの白くて明るいのがデネボラ?」
「いや、あれはレグルスだよ。そのもう少し手前で少しだけ小さく光るあれが、デネボラだよ。」
「へー。あっちじゃ無いんだ。じゃあ、アルクトゥールスがマサトさんで。スピカがエリさんで、ちっさいデネボラがあたし!ね!何か家族みたいでしょ?」
そんな風に無邪気にはしゃぐ美空の姿に、僕は心の中に寂しさや、暖かさや、色んな物が入り込んで来て溢れて。それは身体中の神経を抜けた後に僕の目に集り溢れて来そうになったので、溢れない様に目を見開いて空を見続けた。
「マサトさん。泣いてるの?」
美空のその言葉で、僕は耐える事が出来ずに涙を溢している事に気が付いた。僕は涙の説明がしたくて美空に
「何かさ。この星空の様に皆が幸せになれたら良いのにね。」
と、言ってはみたものの言い訳がましく思えたが。それは僕の精一杯の本音だった。美空はそんな僕を見て
「あたし幸せですよ。今こうやってマサトさんと星を見て、家族になる話をして。」
「そうだね。僕とエリと美空とで春の大三角形だよ。アルクトゥールスとスピカでデネボラを見守って。3人でずっと幸せになるんだ。この世界を見渡してさ。」
「フフッ。」
と美空は笑いながら空を見上げ寝転ぶ僕の上に乗り、僕の上で仰向けに寝転び一緒に空を見上げ。重力を感じない美空の身体は、華奢きゃしゃな身体をより一層に儚さを僕に伝えて。壊さない様にソッと抱きしめた。
その儚さを美空だけの特別な物と勘違いした僕は美空に対する特別な気持ちをより強いものとした。しかし、不思議なもので。その事によりエリに対する気持ちが薄れて行くかと思いきや。僕の中でエリに対する気持ちもより強いものとなっている事に気付き、僕は悪い予感の欠片も無く二人ぼっちのこの貯水タンク宇宙に身を委ねた。
美空は僕の両腕を掴んで自分の首へと巻いてそこに顔を埋めて「フフッ」と笑い僕へ。
「いつもと逆ですね。」
「そうだね。いつも美空がこうやってんのに。今は僕が美空にしがみついている。」
僕は『まるで今の自分の気持ちの様だ。』と言おうとしたが言うのを止めておいて。美空の温もりを感じながら僕は星を眺めながら美空の言葉に耳を傾けていた。
「何で星と人間って似ているんですかね。
大きい星や、小さい星。
全部寿命も違って。
近い様で遠くて。
触れられそうで出会わなくて。
出会えたと思っても触れ合えなくて。」
「何か詩人だね。そうだね。星座何かも神話に基づいて結ばれているしね。近く見えて遠いか。」
そう言いながら美空を抱きしめた腕に少し力を込めて美空の後ろ頭に僕は顔を近付けて目を閉じた。何故か僕には美空も目を閉じて居るのが判った。
「こんな所で寝たら風邪ひくよ。」
「あたし幽霊なのに?」
「ああ、忘れていた。」
「ずっと忘れていて。」
「ずっと忘れていたい。」
5月の夜風はまだ少し冷たくて。僕と美空は他愛もない話を続けて月の影に二人の笑い支え合っている姿が映り。僕達は少しだけ、この世界と神様の悪口を言った。
「そろそろ帰ろうか?」
「もう少しだけ、もう少しだけこうしていたいんです。」
「判った。もう少しだけ。」
二人はもう会話も無くなり、お互いの腕を撫でたり顔を埋めたりを繰り返し。夜はより深い紺色へと変わっていき、黒になるすれすれでその青さを保ちながら僕達を眺めるように瞬く星々を従えて夜で有る事を何時いつまでも誇りながら世界の上に座っていた。
僕と美空は二人で勝手に星を繋いで、名前を付けて。勝手に物語を作り出し、まるで神々にでもなったかの様に二人で。
始めは星々を繋いで、キャラクターを作り。キャラクターとキャラクターを繋いで。物語を作り。物語と物語を繋いで歴史を作っていった。
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