第9話 窓辺の幽霊


 僕と美空はビールと発泡酒を飲み終えて、僕は冷蔵庫からワインを取り出し。グラスを並べてそこへ注いで美空と飲み始めた。時折スナック菓子を挟みながら。


「そういや幽霊って物を食べたり飲んだり出来るんだね。」


「そうですねー。深く考えた事なかったですけど、食べれてましゅしねー。」


「酔ってんじゃん。幽霊も酔うんだね。」


と僕が笑うと美空は笑いながら僕の隣へ来て顔を近付けて


「幽霊だって、酔っ払うし恋だってすりゅんですよー!」


と僕の耳へ囁いた後で噛み付いてきたので、振り払いながら


「だからって噛み付くな!」


と言うと、美空は僕の肩にパタンと寄り掛かりグラスのワインを飲みながらプハーッと息を吐いた。僕は美空のオデコをぺしっと叩き


「酔っ払いじゃねーか!」


と笑いながら言った。美空もエヘヘヘッと笑いながらグラスのワインを飲みスナック菓子を手に取り口に入れてもう一つスナック菓子を摘まむと、僕の口へと入れて来た。


 僕はスナック菓子を食べながら立ち上がって窓へ行き窓を開けると、そこからはこの街の大きく長い川の在る景色が広がっていた。


「ちょっと暑くなってきたから窓開けるよ。網戸少し破れてるから少しだけ虫が入って来るかも知れないけど虫は大丈夫?」


僕が振り返り、美空へ言うと美空は窓辺へ来て


「網戸閉めるの。ちょっと待ってください。」


そう言って僕の隣でこの街の景色を一緒に眺め。手を握って来た。僕は何故か美空の方を見れずにこの窓からの景色を眺めた。川沿いに立ったオレンジ色の街灯が点々と並びそれが水面に反射して。旅館街の黄色い窓明りと交ざり川が光輝いていた。


「あたし。この窓からのこの街の景色が好きだったんです。」


「僕も好きだよ。」


「消えちゃうのかな?」


僕が横目で美空を見ると、美空は涙を流していた。部屋の明かりに背を向けて影になった顔には川からの反射の明かりでぼんやりと見える表情にハッキリとした涙が。僕は手を強く握り返して


「そんなこと無いだろ。」


根拠の無い言葉を力強く言ったにも関わらず、僕の心には曇り無く不思議と僕は自分の言葉を信じた。信じたかったのだと思う。


「あたし、記憶、消えちゃって。それで、この姿も消えたら。この景色とかマサトさんの事とかもあたしと一緒に消えちゃうのかな?」


「寂しい事言うなよ。」


「でも、あたし実際死んでるし。記憶無くしてるし。もし、あたし消えちゃったら。あの人の事の様にマサトさんに言い残した事とか。またマサトさんに会いたくなっちゃったらどうなるんだろう?そんな想いすら消えちゃったら、あたしって存在したんだろうか?」


美空は更に心から色んな気持ちが溢れて、それは涙と成りボロボロと溢れ落ちた。僕は何も言えなくなり、美空の手を引っ張って体を寄せてギュッと抱き締めた。



壊れない様に優しく


離れない様に強く


「ほら、ハッキリと解るだろ?ほら、ハッキリと居るだろ?消える筈が無いよ。」


僕がそう言うと美空は泣きながら、何回も僕の胸の中で頷いた。何回も。何回も。


 僕は美空を慰めながらも、自分の中で心の中の死や寂しさや哀しみと言った暗い言葉が大きくなっていくのを感じながら。震えだしそうな体と心を抑えながら美空を抱き締めた。


 支え合いながら動けなくなってしまった僕達を置いて、窓の外の景色は動き川には屋形船が松明を灯し動きだし。道には車のヘッドライトの明かりが行来して時の流れの矛盾を僕は説明できない程度に頭の中で回らせた。


 僕の美空を抱き締める力が緩んだ時に、胸から顔を上げて手で涙を拭い。また座卓へ行き、座卓を窓辺へと運びワインの入ったグラスを手に取ると僕の目の前に差し出したので僕は受け取り二人で乾杯をして、また飲み出した。


 僕はこの落ちた空気を変えたくて窓の外の景色を見ながら


「明日の花火大会どうしよっか?」


そう軽い感じを出して言うと


「行く!絶対に花火観るの!」


大分酔っ払った感じで美空が言ったので


「そうじゃなくて花火観るのにさ。この部屋からでも結構綺麗に見えるからさ。態々川の近くで人ゴミに巻き込まれるのもどうかな?と思っただけだよ。」


「そっか。うーん...」


美空は目を細めながら口を尖らせて窓の外に見える川へと目をやって、しばし考え込んで


「川へ行く!」


「そうか。じゃあそうしよう。」


そう僕が微笑みながら言うと


「今から!」


と言いながら美空は僕の首へと腕を回してしがみついてきた。僕は美空の腕を掴んで


「こんな時間に行っても、屋台とか作ってるし風情もなんも無いよ。ここから眺めてようよ。」


そう言うと美空は、つまらなそうにも話を理解して大人しく座卓へ着いた。僕は美空の空いたグラスへワインを注ごうとするとワインは空になっていたので僕はグラスを下げて。冷蔵庫から缶酎ハイを取り出して美空へ渡してから、自分の分も飲み始めた。


 僕も大分酔っ払って、段々と酒を口に運ぶのも億劫になってきたので一旦休憩と、空いたビールや発泡酒の缶を流し台で洗い。缶入れの中へと捨て先程のワイングラスを洗い食器乾燥機へと並べた。


「マサトさんってホントちゃんとしてますよね。エリさんも幸せだー!あたしも幸せにしてくださいー!」


と叫びながら。僕の背中へとしがみついて、僕は重くもないのに酔っ払ってフラついてそのまま転んだ。すると美空は


「えへへっ。マサトさん大丈夫ですかー。」


と笑いながら話しかけて来るので。美空の顔を見ると酔って、トロンとした目で話しかけてくる姿が可笑しくて笑うと美空も笑い、そのまま僕へと抱き付いてきた。


 そのまま、泣き、酔い、笑い疲れ美空は目を閉じて寝てしまった。その寝顔の可愛らしさと、今までの口付けの事を思い出して魔が差して、そのまま口付けをしようとしたが唇に触れるか触れないかの所で僕はエリの顔を思い出し止まった。


 僕は美空を動かして、布団を敷きそこへ寝ている美空を抱えて寝かせようとしたが。美空には重さが無いのを感じて美空が改めて幽霊である事を思い返しながら。ソッと布団へと寝かせ


「そうだよな。」


と呟いてもう少し座卓へ行き、残った缶酎ハイを飲み続けた。


窓からの見える街の景色は様々な、赤、青、黄、オレンジ、緑等の明かりが右往左往と忙しく瞬き。僕は酔ったせいかその街の輝く景色がまるで銀河の様に僕を包んだ。


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