第7話  美空のウソ



 ―――僕は笑った後で同じ質問をした。



「どうしても服の仕組みが知りたくてさ。ごめんね何度も。」


そう言うと美空はまた眉間に皺を寄せて口を尖らせて


「えーっと、何て言うんですかね?思念体?あたしみたいな幽霊は実体が無いじゃないですか。平たく言えば『心』だけの存在なんですよね。だから、服を強くイメージするとそれが形に成る訳なんですけれど。それが崩れない様に強くイメージするのが難しいって言うか。」


「うーん。何だか解る様な、解らない様な。」


「あたしにも、よく解りませんから。」


美空はそう言うとクスりと笑い。僕は自分の顎へ手をやり


「僕は美空の事をよく知らないが、幽霊の事もよく知らないんだよね。美空に会うまで見たことも無いし、信じても居なかったからなあ。」


「あたしも幽霊もちゃんと居ます!」


少し怒った美空は少しだけ大きな声で反論した。僕はそんなつもりで言った言葉では無かったので少し間を置いて


「ごめん。」


と謝ると美空は慌てて


「いや。マサトさんが謝らなくても。ただ、あたし自身が居るのか居ないのか判らない感じの中でずっと居たから。何だかここで『居ない』とか『信じない』なんて言葉を受け入れてしまったら。あたし。何だか消えてしまいそうで。寂しくて...こちらこそごめんなさい。変な気遣いさせて!」


勢いよく言葉を続けて謝ってきた。僕は拍子抜けしたのと同時に、悲しい気持ちを与えてしまった自分の言葉に反省した。


 コーヒーをひと口啜り、気持ちを整理しながら美空と話す内容を考えていた。一つ気になった事を僕は質問した。


「美空は幽霊だけど。もし他の幽霊を見た時に君は幽霊だと判るの?」


「いえ。外見一緒なんでほとんど判りませんよ。宙に浮いていたり、透けていたりしたら判りますけど。」


「それなら僕でも判るなあ。美空はエリの事をどう思う?幽霊みたいだなあ。とか思わない?」


「エリさんは人間ですよ。幽霊はお料理なんてしませんもの。」


「いや。そうじゃなくて。幽霊の美空の方が人間らしいって言うか。そこに居るだけの存在みたいでさあ。会話も特に無いし。一緒に何処かに出掛ける訳でもないし。」


「マサトさん。エリさんはマサトさんの事を凄く愛していると思います。本当は話したいのだけど上手く話せなくって。それが不安で余計に話せなくなって。でも好きだからご飯を作ってくれたりしてくれているんだと思いますよ。」


僕は少し微笑んで


「何だかやけに、エリの肩を持つなあ。」


そう言うと美空は真面目な顔をして、その後に泣きそうに微笑んで


「あたしはマサトさんが好きです。」


そう言うと美空は、コーヒーの入ったマグカップを手に取り口に付けコーヒーを飲んだ。


「えっ!?」


僕は頭が少し混乱した。美空はそんな僕を見て少し笑ってそれから微笑みながら


「幽霊だって嘘を吐くんですよ。あたし本当は物を持てるんです。」


「えっ!じゃあ何で?」


「そんな風にしてもらいたかったからです。マサトさんの優しい姿をいつも見ていてエリさんが羨ましくて。」


「それじゃ過去を思い出せないのも嘘なの?名前を呼んだ男の人に会いたいって言うのも?」


美空は僕のその言葉に激しく首を横に振って


「それは本当です。あたしが吐いた嘘は『物を持てない』って事だけです。本当は口移しで飲ませてくれるのも断られると思っていたんです。だけどマサトさんが優しくてずっと甘えちゃいました。ごめんなさい。」


「何だよそれ。」


僕は美空の話しを聞いて何とも言い難い気持ちになり。座卓の前でゴロンと後ろに転がり天井を眺めながら、美空との口移しに罪悪感を持ちながらも自分に都合の良い理屈を付けて無理矢理納得していた自分がバカらしくなって


「ハァーーーッ」


っと溜息よりも大きい呼吸が抜けた。美空はその姿に


「本当に騙してごめんなさい。」


そう頭を一生懸命に下げて来たので。僕はチラッと見た後で、立ち上り。


「何か酒、飲みたくなった!美空は酒飲めんの?」


そう訊ねると美空はコクンと頷いたので。僕は流し台側の食器棚の引き出しに入れていた財布を取り出してズボンのポケットに入れて、部屋から出ようとすると。美空は急いで僕の首に腕を回して付いてきた。僕はそんな美空の方をジロッと見ると美空は


「これは本当ですよ!体に触れていないと外に出られないのは本当です!」


と慌てながら言うので、僕は笑いながらそのまま靴を履いて部屋の外へと出て近くのスーパーマーケットへ行く事にした。


 アパートの駐輪場に停めてある自転車の鍵を開けて自転車に跨がり、アパートの前の下り坂を一気に降って行った。美空は速さに「アーッ!」と声を上げて僕に必死にしがみついた。


 夕陽に雲が掛り、雲を透して見る夕陽は黄金色に輝きながらも肉眼で見れる明るさで幻想的な様相で僕達を包み込んだ。家屋や建屋、商店やビル、河川や山々、そう言った物を全て黄金色に染めて。まるで黄金色の風になり谷を抜けるような心地になりながら。


 坂を降り、橋を渡り川を越えて県道から脇道へと抜けてスーパーマーケットへ辿り着いた。美空は目を回しながらも必死にしがみついていた。


「そう言えば美空が外出した時に、もし体からてが離れたらどうなんの?」


「憑依が解けて、元の位置に戻るか。地縛霊の定義が崩れて消えてしまうかもですねえ。」


と目を回しながらフラフラで答えた。僕は、さらりとその様な事を口走る美空に対して。本当は消えてしまう事を別に恐れている訳では無いのだろうな。と思いながら


「じゃあ消えないうちに買い物を済まそう!」


とおどけて見せた。幽霊となって初めてのスーパーマーケットに美空は嬉しそうにはしゃいだ。僕は首には美空をぶら下げて、腕には買い物カゴをぶら下げてお酒を置いているコーナーへと急いだ。日用品売り場をぬけて、文房具コーナーを抜けて、お菓子コーナーへと入った所でスナック菓子を2つカゴへ入れて。


 お酒コーナーへと辿り着いて僕は発泡酒を二本カゴへ入れ。


「美空は何を飲む?」


と訊ねると美空は既にビールを二本入れていて。僕の顔を見てニヤリと笑った。そして


「どんなお酒を飲めるか判らないんで色々飲んでみたいです。」


そう言ったので。ワインや缶酎ハイ。ウイスキー等をカゴに入れて。乾き物の裂きイカとサラミもカゴに入れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る