【王都:亡霊と殺人鬼】

≫≫Prologue≫≫






夜露に濡れた街を街灯が照らす


ピチャン……




「ハッ…ハッ…クゥ……」


パタパタと軽い音を出しながら

深く帽子を被った男が夜道を走る


「……ハァ」


素早く見つけた狭い路地に身を隠し息を潜める


…………



カタン…カタン


煉瓦道を歩くヒール音が嫌に響く



カタンッ!


ッ!?


一際大きな音を発して反響する

男は冷や汗をかきながら震える体を必死に抑え口元を覆い隠し隠れる

恐怖で今にも足の力が抜けてしまいそうだった




………


……


………ハァ


遠くから僅かに聞こえるヒール音に

男は少しばかり安堵して深く息を吸いそして吐く

まだ震えはあるが、大丈夫だと自分を奮起する

後少しで仲間たちとの合流地点だ

ここを抜ければ安心できる

懐に隠した例のものを服越しに触れる


………


夜の冷たい空気が肺に染みる

明かりの消えた街には明後日に行われる聖夜祭の飾り付けが

寂しく雨に濡れている


……


この件が終われば解放される

そうすれば温かな家族の元へ帰れる

そう己を奮起して

男は歩みを再開した




「お~~いッ」

「ッ!?」



男は振り返る

暗い夜で月は厚い雲に覆われていて

闇を深めていた


「だ、誰だ!?」

放った言葉は虚しく闇に放り

落ちていく



「イヒ…イヒヒ」

怪しげな笑い声が響く

その声は反響していて囲まれているような錯覚までした


「……」

男は懐からリボルバーを取り出す

小刻みに緊張感からか指先が震える



雲間から虚しくも月光が漏れ出す


「ッ!?」


行き止まりの煉瓦壁近くにある街灯の上に

人影が見えた



「お前、追ってか!!」

銃口を向ける

影にいる追ってと思われる輩は

それでも黙って暗がりの中でも光る赤い目で

見つめている


男は尚も発砲することを躊躇う

様々な要因があった



「……‥子供?」



月光が当たったことで奴の姿が見れた

そこには鋭い目つきの赤眼の黒髪の少年がいた


「…こんな夜更けに何をしているんだ?帰りなさい…」

とりあえずそう述べた

既におかしいのはわかっている

理性と本能が告げている

ただの子供ではない

目が、あれは人殺しの目だ

そう直感する

そして聞いたことがある

霧夜の殺人鬼

数十年前ある国で大勢の犠牲者を出した

その中には貴族も多かったという

その犯人は見つかっていない

だが一人だけ生き残りがいて

その者が言うには赤い目をした黒い死神だと譫言のように言っていたようだ

特徴だけではあの黒騎士を想起させるが

殺人鬼とは全くの逆の立ち位置にいる人物だ


銃を向けながら男は後ずさる

逃げ、れるのか?

その疑問に答えるものはいない

後少しだったのに

「…君は、あの殺人鬼なのか?」

「…ハァ?それ、今関係あんのか?」

くだらないことを聞くなと言う態度だ

やはり声も幼い

「…もし、雇われているならこちら側に来ないか?」


「…ハ?」

軽蔑したような声音に怯むが今更引けない


「君もわかっているだろう。この国は腐敗している。あの魔術師が来てからこの国はおかしくなった。その為に俺たちは団結したんだ!なら、君もどうせ力を使うなら正しい事のためにッ!?」

言い終える前に

激しい音を立てて街灯が倒れた

いや、切り裂かれていた


「……」


「くっだらないこというなよなぁ?なぁおい。雇われ?国の腐敗?団結?正しい事?」

そこで心底不快そうに笑い捨てる


「あーシラケる」

ガシガシと乱暴に頭を掻く姿

次第に激しさを増し抉るようで見ていられなかった


「どいつもこいつもウルセェ、ウルセェんだよ。理屈なんてどうでもいい。善悪も白とか黒とかもう俺にはうざったくて仕方ねぇんだよ!どうせ混じり合わない結末の獣だ!都合の悪いことは全部押し付けて見ないふりだ!ああ滑稽で浅ましいクソッタレども!!」


憤慨した様子で街灯の残骸を何度も何度も蹴り上げる




これはまずい

言葉が通じない、狂っている

狂人に力がある理不尽さ

そしてそれが爆弾のように己の前にある不運に呪わずにはいられなかった



ザッ…

「オイ…」

「…ッ」


逃げようと下がったが手で覆い隠された指の隙間から

赤い目がこちらを覗いていた


「…どこにいくんだよ。また追いかけっこか?…あれ鬼ごっこ?だったか?わからねぇ?クソ!せっかく教えてもらえたのに、クソクソクソ!?役立たずの肉が!!」

まさに子供の癇癪のようだった

だがその手に握られた

軍用のマチェットナイフが子供が暴れるたびに光を怪しく反射している


「…もういいかな?私にはやるべきことがあるんだ」

「ダメに決まってんだろ」

激しく暴れていたのに、一瞬で押さえつけられたかのようにその冷たい視線で動けなくなった


「…ダメだ。ダメ、ダメダメ、ダメなんだ!やっと、やっと母さんに褒めてもらえるチャンスなんだ!あいつじゃない!あいつじゃなくてこの俺が!!…うぅ……グスッ」

叫び出した後、泣き出す

思わずその悲壮さに絆されかけたが、奴は異常者だ

見た目は子供でも、殺人鬼なのだ

覚悟を決めなければ…


「…すまない!」

バンッ!!


銃声が鳴り響く


「なぜだ!?」

弾丸は音も無く消えた

いや斬り落とされた

まるでオモチャのようにくるくると手首を回してマチェットナイフを振り回す奴


「アー?なぜってそんなもん、俺に効くかよ。ガキでも喜ばないぜ」

ケラケラと笑う


「ッ!」

バン!バン!バンッ!

連射するも全て奴は笑みを浮かべながら全て斬り落とす


「もう終いかぁ?」

このままではここで終わってしまう

これを届けられないままなんて…



「いたぞ!!」

大通りの方から複数の足音と声が聞こえる


「貴様がレジスタンスの一味か!盗んだものをどこへやった!」


姿をカモフラージュした服装をしているが、どこぞの軍人だろう動きだった


「お前たちなどにやるものか!」

「ふん!殺さない程度に痛めつけろ」

リーダーらしき男がそう言って部下達が迫る

奴らはナイフや棍棒、そして小銃などそれぞれの武器を取り出した

後方の方で魔道具の発動光が見える

結界による隔絶か


万事休すだ

後方には殺人鬼

前方には複数の軍人達

ここでアレを使っても無駄だ

だが、これを回収させるわけには…



「……さっきからテメェら。俺を無視すんなよ」

怒りで震えた声が聞こえる

振り返ると、少年が体を小刻みにして震えている


「…‥子供?」

部下の一人がそう言った


「構わん。見られたからには処分だ」

リーダーの男が冷たく言い放つ

その言葉に部下達も従う


「処分?………処分処分処分、処分!!クハハハハハ!!」

心底愉快そうに嗤う



「………気狂いか」



「懐かしい言葉だ。…嫌でもあそこを思い出しちまう」

スッと腰からもう一本のマチェットナイフを取り出す

それを羽のように広げて、ゆっくりと近づき

俺を追い抜かす



「お礼にお前ら、八つ裂きにしてやるよ」

喜んでくれるよな?

そう笑った


「やれ」

「「イエッサー!」」

軍人達がそれぞれの武器を構え少年を攻撃した


「ヒャハッ!!」

剣線が瞬時に八つ瞬く

そしてバシャっとという音と共に死体が地面に落ちる


「ヒィッ!」

後方にいた奴らが驚きの展開に驚愕する


「よくもやってくれたな貴様!」

リーダーの男が警棒に魔力を流し赤い炎を纏わせる

「まずは貴様からだ」

さらに足音が聞こえ、奴らの人数が増える



「…‥仕方ねぇよな仕方ねぇ。いっぱいいーーっぱい!殺せば、母さん。…‥喜んでくれるかなぁ」


最後の呟きだけは

幼さが溢れた純粋さを感じせる声音だった


それと同時に

多方面から少年に攻撃が迫った

俺はそれを見ていることしかできなかった

その日の月は

嫌に赤かった








≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫





《ゼンクォルツ王国城内》



灰色の空の色が華やかで豪奢なはずの王城内を

暗く照らしている





「………準備が整ったようですよ。王子」

恭しく言いながらも、声音には噛み殺したような笑いを堪える声だった




「……そうか」

王子と呼ばれたのは、この国の第一王子ヴァージルだった

美しい金の髪と青い瞳、気品溢れ育ちの良さそうな装いと立派な体躯をしており凛々しくも甘い顔の美青年だった

この国の人望厚い人間だったはずの王子は

その目には昏がりを宿していた



「何も恐れることはありませんよ。クヒヒ……」

画面の男はそう言って嗤う

長い杖を抱えて、楽しそうに



「…恐れてなどいない」

だが、

その言葉は続かない

愛しい両親、臣下、そして行方不明の弟

胸に沈下する複雑な思い

だが決断を下さなければならない



「そうでございますよね!では疾く疾くと果たしましょう!」

声高らかに言う


その様相とは反対に

玉座に座るヴァージルには深い悲しみが感じられる

それに絡みつくように、画面の男は恐れ多くも膝に乗り

そして首に腕を回し額を首筋にくっつける

まるで甘えるように…



「何も恐れることはありませんよ。貴方はただ、正しいことを成すのです。この国の為に」


「……」

その通りだ

だがあまりにも酷い選択だ

だが、上に立つものは時に非常な決断も選ばなくてはならない

選べることが上に立つべき者の責務なのだ



せめてあの優しく明るい太陽のような弟がいてくれれば…

そんな都合の良い願いを胸の裡で掻き消す



…先生、どうか愚かな私を、お許しください



遠い地にいる恩師に顔向けできないことをしようとする

無力な自分に

ヴァージルはただ心の中で血の涙を流す



仮面の男はそれすらもわかっているのか

ただ可笑しそうに

道化は笑う








【王都:亡霊と殺人鬼】





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