第229話 会議は沈む1


「おい、仮面の人。嫁だろなんとかしろ」


 有能さんが俺をつついた。


「我が友よ。こういう時は優しく微笑みかけるのが良いと私は聞いた事があるんだ。どうだい試してみては? というか試してくれないか? 怖くて漏らしてしまいそうなんだが」


 ジェンが更に俺をつつく。

 待ってくれと言いたい、ちょっとばかり無茶を言い過ぎではないだろうか?


 俺だってエリカには笑っていて欲しいが、それはそれとして怒っている彼女も素敵なのだ。あの呼吸音はきっとソルンツァリ家に伝わる特別な呼吸方法なのだろう。

 体内の魔力を増大させるとか、そんな効果がありそう。


 魔力が目に見える俺には、呼吸音に呼応して彼女の黄金の魔力が美しく舞うのが見える。

 火種が少しでもあったらあたり一面炎の海に沈みそうな程の量だ。


 食事でもしながらお互いの情報を突き合わせようと、チャコが既に席を確保している酒場までの道中で、エリカは突然頬を叩いて気合を入れ直したかと思うと、コォオオオ! という呼吸を繰り返しては突然にフフフと笑い出した。

 きっと自分に子供を攻撃させた馬鹿の事でも思い出してしまったのだろうと思う。


 そっと後ろを確認した時に見た笑顔は、何かすごく楽しそうな笑顔だったので、頭の中では馬鹿はキッチリ消し炭になったのだろう。そしてその想像は間違いなく実現する。

 ソルンツァリに子供を攻撃させるとはそういう事だ。


 しかしエリカはやはり美しい。

 気合を入れて深く思考に沈む顔、深く息を吸う時に動く喉、喉から漏れる静かな笑い声。


 どれも美しい。並んで歩いていれば間近で見れたのに、何故俺は前を歩くという馬鹿な事をしたのか?

  少し前の自分を呪いながら、左右からの脇腹ツンツンがドシドシに変わる頃に、落ち着いた雰囲気の酒場に着いた。入った事がない雰囲気のお店に少し気後れしてしまう。


 冒険者の街と呼ばれる事もあるヘカタイにある酒場は基本的に冒険者バカ向けの店ばかりだ。こんないかにも大人な雰囲気の酒場は皆無だ。

 ちなみに本当に皆無だ。その手の需要は高級料理店が応えている。


 ファルタール王国でもこんな雰囲気の酒場で食事をした事はない。ジェンと二人で乗り込んで潰した事はあるが。アレは入ったの内に入れなくて良いだろう。

 変な所で異国情緒を感じたなと思いながら、「声さんいい加減に笑い転げるのやめましょうよ」と空恐ろしい事をのたまっているシャラを無視して酒場の扉をくぐる。

中で待っていたチャコに案内されて、奥まった場所にある席に着く。


 俺以外の全員がエリカの顔をチラチラと見ている。

 エリカの顔が美しくて眺めたくなる気持ちは分かるが、もう少しつつしみを持って見るべきだぞ。コツは遠くを見るような目で視界の端にエリカを捉える事だ。


「どうされました?」


 そんな視線を受けてエリカが首を傾げる。

 そりゃそうだろう。仲間から突然チラチラと顔色を伺われたら俺でも疑問に思う。


 君が怒っているようなので皆それが心配なんだよと、素直にそう伝えるのもアリだとは思うが。ここはちょっと頑張ってみたい。

 怒っているエリカも美しいが、怒りは時としてミスを誘発する。


 エリカの場合はミスするどころか、単に容赦が無くなるだけだが。


「エリカ」


 大きめの丸いテーブル、隣に座るエリカに声をかける。

 俺は思うのだ、ここでエリカの機嫌をスマートに上向かせる事が出来ればと。


 そういう細かな積み重ねが、彼女に俺を好きになってもらう為の近道ではないかと。

 あと現実的には話し合ってる最中にまた馬鹿テリオを思い出して、コォオオオっと深呼吸されても困るからだ。


「少し君の様子が変だったから皆心配してるんだ」


「少しか」


「少しだったかね」


「頭大丈夫ですか?」


 外野の呟きは無視する。

 とりあえず全力で頭をフル回転させる。


 俺の知っている男で、怒っている女性を落ち着かせる術に長けている人間となると、色々と思うところはあるが親父殿になる。

 大したイケメンでもないのに母上と結婚できているので実力はあるのだろう。……やめよう親でこの手の事を考えるのは。


 いやしかし、親父殿の真似か……真似かぁ……出来るだろうか?

 顔をまっすぐエリカの方に向ける。確か親父殿も怒った母上と話す時は絶対に顔を背けなかった。一瞬だけ猛獣から目をそらすなという師匠の教えが頭をかすめる。失礼すぎる。


「嵐の中でも君が美しい花である事に変わりはないけども。それでも心配になってしまうものなんだ」


 これでどうだろうか? 母上が珍しく「疲れた! もう寝る!」と言ってベッドでふて寝した時に親父殿が言ったセリフのアレンジだ。

 ちなみに理由は親父殿の毎朝のダダ甘挨拶のバリエーションが三日続けて同じだった事に拗ねただけだった。


 俺は親父殿を真似て微笑む。これは楽だな、エリカを見て微笑むのは自然な事なので悩む必要がない。


「風が止むまで休んでも良いんだ。枯れ木程度の俺だけど風よけにはなれる」


 どうしよう、親父殿を尊敬しそうになる。

 恥ずかしくて死にそう。良くこんなセリフを真顔で言えるな。言葉にしているのが本心であるせいで余計に恥ずかしい。


「おい、どうする今度は仮面の人が壊れたぞ」


「凄いな我が友、アレ本音だぞ本音」


「うっぷ、声さん何で爆笑できるんですか……うっぷ」


 外野は無視する。


「その、えっと」


 エリカが目を泳がせる。よし勝った。

 母上も親父殿に見つめられて目を逸らした時点で怒りは収まっていた。


「意外と、と言えば失礼ですが。詩的な表現も嗜むのですね」


 そう言ってエリカが完全に俺から目を逸らす。若干顔が赤く見えるのはアレか? 俺があまりにも恥ずかしいセリフを吐いたせいで、笑い出すのを我慢してるとかだろうか?

 怒るよりも笑い出すのを我慢するのが先に立つならオッケーです!


「詩的……」


「詩人に謝りたまえ」


「声さん笑っちゃ駄目です、私までふへ」


 外野は無視する。


「少し感情を表に出しすぎてしまったようですね。思うがままに笑って怒る生活に少々慣れすぎてしまったようですね」


「そのままで!」


 思わず声が出た。どんなエリカも好きだ。間違いない。

 馬車の中で呪詛を吐いていようが、大鬼騎士オーガナイトを蹴り倒していようが、貴族らしく本音を全て表情の奥に隠していようが、全てのエリカが好きだが。


 それでも一番と問われたら、俺は笑って怒る今のエリカが好きなのだ。

 もしかしたら反省して貴族ぜんとしたエリカに戻ってしまうかもしれない、そう思ったら口が止まらなかった。


 好きな人に自分の好みを押し付けるという我儘だと自覚してなお口が止まらなかった。


「これからも笑って怒って生きていこう。きっとその方が楽しい。あと俺が嬉しい」


 さっきの親父殿セリフアレンジよりも恥ずかしい本音が出た。

 恥ずかしすぎて思わず顔を伏せてしまう。


「おい私は何を見せられている」


「尊い、我が友尊い」


「ちょっと待ってください。今まで以上に? 嘘でしょ?」


 外野がうるさすぎる。

 さっきはどうにかしろと脇腹突きまくってきたくせに。


 思わず外野に視線を向けたら、呆れた顔の有能さんが溜息を吐いた。


「まぁ良い。仮面の人の嫁さんの機嫌も落ち着いたみたいだし、私の相棒を救いだす為の話を初めていいかな?」


 え? エリカの機嫌なおってるの?

 顔を上げたらエリカがそっぽを向いていた。確認できない。


 だがまぁ有能さんが言うのならそうなのだろう。

 あと、有能さん本当にゴメン。


「今日のは軽めで助かりました」


「あれでかねシスター君。マジで? 我が友ちょっと変な才能でも目覚めたのかな?」


 笑いたければ笑えば良いさ! 仕方ないだろ! 女性の口説き方なんて誰から学べば良いんだよ!? 学んだところで実践する場所がないので結果は変わらないとは思うけど。


「もう少し見ていたい気もするが、今度は我が友がヘソを曲げかねないので止めておくとしようか。エリカ嬢、話を進めようと思うが大丈夫かい?」


 一応の確認だけどね、とジェンが首を傾げる。


「旦那様に嵐の中で咲く花と呼ばれるのも妻としては嬉しい限りですが」


 エリカがそっと息を吐く気配。ちなみに恥ずかしくてまだまともに見れない。


「わたくしはどちらかというと風を起こす側ですので。炎で」


「私のドリムは巻き込んでくれるなよ」


 そう言って二人してフフフと笑う。


「そういう楽しい会話は私のいない所でするべきだね」


 ジェンがパンと手を叩いてチャコを呼ぶ。


「気分が落ち着くお茶を人数分。どうも今回は私が一番冷静なようだよ? 世も末だね」


 そう言ってジェンが嬉しそうに笑った。



****あとがき****

リアルの忙しさに殺される……。

カクヨムのディスコードで作者を見てる方は、お前いつも結構ディスコードで話してるじゃないかと思うかもしれませんが。

ちょっと真面目に死ぬかと思うぐらいに忙しいです。

来年の3月ぐらいまでは地獄かもしれない。


【宣伝】

10月18日に「追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活」の二巻が発売されます。

今回は本作屈指のツッコミ役にて被害者にてロングダガー夫妻の友達、シャラ・ランスラさん関係が大幅に加筆されております。

当然ながらエリカ関連の加筆も大量にしております。

大雑把な計算ですが、WEB版から5万字以上加筆しております。

一巻二巻ともにWEB版を読んでいても、もう一回面白いと思わせるぐらいには書けたと自負しております。

良ければ買って頂けると、そして感想なぞをアマゾンにでも読書メーターにでも

もしくはXにでも書いて頂けたら作者、おそらく想像以上に喜びます。


それでは、更新頑張ります!

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