塔伐-2

 伊都は、すぐにその判断を後悔する。


 そのとき、伊都が一年桜組十名を突き放せはなかったのは、なぜだったのだろうか。時限爆弾のように背後から伊都を駆り立てる、塔の悲鳴にあせらされたからか。幸永の言葉が正確に的を得ていたからか。それとも、入学前から不思議と惹きつけられたたつみ竜秋とその級友たちに、一瞬でも、これは特別な巡り合わせなのかもしれないと、感じてしまったからか。


「――総員、呼吸を揃えて」


 塔に向き直って、凛と、そう命じた。


「出遅れた者は置いていきます。三、二、一……――」


 竜秋たちは、突然訪れたその時に身を固くしつつ、伊都のすぐそばまでにじり寄った。「えっ、ちょっ、ウソ……!? まだ心の準備とか……」と爽司だけが出遅れる。


 塔への突入の仕方は、学園で習った。一度人間が入ると入り口を閉ざしてしまう塔の構造上、集団で塔に入るにはコツがいる。練習をしたことはなかった。先刻、一人で塔へ突撃しかけたときとは、少しだけ違う緊張感が竜秋の心臓を締めつけた。


「――突入」


 伊都の合図で、全員、ほぼ同時に駆け出す。爽司も何やら半狂乱で叫びながらついてきた。


 闇のうごめく入り口が近づくと、肌に冷気を感じた。死の匂いだろうか。本能的に何人かがブレーキをかけた。「行くぞ!」鼓舞するように竜秋が叫ぶ。


 そして。


 十一名は、黒い海のような塔の門を、突き破るように飛び込んだ。





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 真っ暗な世界で、竜秋は身体がミクロに分解されて蒸発するような、奇妙な感覚に襲われた。


 手も、足も、目も耳も舌も、存在を感じられない。ただ魂が漆黒の海に浮遊しているような感覚。その闇の世界から、一点、光が差し始めて――あっという間に、そこへ吸い込まれていく。


 一瞬、誰かの声を聞いた気がした。クラスメートでも伊都でもない、聞いたことのない少年の声。あれは、誰だったのだろう。


 気がつくと、竜秋に両足の感覚が戻ってきた。柔らかい地面を靴で踏みしめている感覚。次に嗅覚と、聴覚が戻る。少し甘い独特な空気の匂いと、風の音が聴こえる。どこかに立っている。


 最後にゆっくりと、目を開けるように緩やかに視力を取り戻した竜秋は、雷のような衝撃に撃たれて、呆然と立ち尽くした。



 草原である。



 絵の具で描いたように鮮やかな青い草原の上に、紺碧の夜空と赤い三日月の下に、竜秋は立っているのだった。遅れて乾いた笑いが漏れてきた。昼間に伊都から聞いた、荒唐無稽な話の通りだ。


 いわく――塔とは、異世界なのです。


「全員、いますね」


 伊都が竜秋たちを見回して微笑む。まるでこの瞬間だけは、連れてきてよかったと心から思っているみたいに、ようやく少しだけ元の彼女に戻った。


「ようこそ、塔の世界へ。とはいえ皆さん、まずはここから生きて帰ることだけ考えてくださいね」

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