竹VS桜-3

 小町たちがわあっと白夜へ惜しみない称賛を贈る中、閃は神妙な顔で竜秋に目配せした。彼の言いたいことは理解できる。


 この中間発表は桜クラスにとってマイナスでしかない。白夜さえいなければ、桜クラスは二位以下だったと露見したようなものだ。白夜について、既に何かしらの対策が立てられていると見たほうがいいだろう。


 しかし、そんなことよりも、竜秋の胸中を占めるのは煮えたぎるような屈辱だ。


 まざまざと実感させられた。このチームは今、白夜一人でもっている。白夜が落ちれば桜は終わる。敵にも味方にも、きっとそんなふうに思われているであろうことが、屈辱でたまらない。


 何より――


 千本せんぼんいばら――あの透明人間と一緒にいた、灰緑色の長髪の、背の高い少年。この俺を、興味なさそうに見下ろしやがった――あいつは白夜より、更に上をいっている!


 絶対にこのままでは終われない。明日こそはたつみ竜秋の名を、この仮想世界中に轟かせてやらねば気がおさまらない。


『それでは、各クラスで話し合って購入するものを決めてください。開戦は明日の日の出、午前五時からです。一日目、お疲れさまでした。ゆっくりおやすみください……私も、寝ます……』


 そうして通信は途絶えた。


 桜クラスには、リーダーと呼べる人間が四人存在する。唯我独尊、「ついてこい」とばかりにズンズン先を行く竜秋。普段は大人しいが、ここぞというときに前に立って指揮を執る閃がサブリーダー的立ち位置。盛り上げ隊長の爽司。そして、こういう時に柔らかく場をまとめるのは、もっぱら幸永の役回りだった。


「じゃあ、とりあえず、皆リストから欲しいものを言っていこうよ」


「はーいっ、お風呂!」


「湖でも探してこい!」と竜秋が噛みつく。女性陣側のひばりも「小町ちゃん、さすがに三十ポイントは高いよ……私たち一ポイントも稼いでないし」とたしなめる。


「だって、幸永くんが欲しいもの言っていこうってゆったやんかぁ」


「あはは……このアバターは汗とかかかないみたいだし、必要ないとは黒沼先生も言ってたけど、確かに気分的には、お風呂はリフレッシュになるかもね」


「おい萌え袖! その否定しない性格どうにかしろ、リフレッシュで三十ポイントも払ってたまるかっ!」


「とりあえずメシたべよーよー」


「いや、食事を抜いても死ぬわけではない。一ポイントでも節約すべきだ」


「はぁーっ!? いーやーだ、おれお腹減ったお腹減ったお腹減ったー!」


「うるせーっ! ダダこねんな!」


「そこらへんにトカゲやムカデならいただよ?」


「いたからなに!?」


 ギャーギャー騒ぎ始めて一向にまとまらなくなった。クラスがこんな風になったのは初めてで、竜秋は少し混乱した。爽司や恋がいたら、こういう時に男女をまとめてくれていたはずだ。


「あっ、あのっ!」


 小さな拳をもものあたりでぎゅっと握って、大きな声を出したのはひばりだった。彼女の大声を初めて聞いた竜秋たちは、思わず一様に口をつぐんだ。精一杯の勇気を振り絞ったと分かる様子でぷるぷる震えながら、ひばりは集まる視線を受けて、顔を赤らめうつむいた。


「その……今日一番ポイントを稼いだのは、白夜さんなんだから……私、白夜さんの意見を聞きたい」


 それで、全員が顔を焚き火の外へ向けた。炎から離れた木の幹に、少女が一人、背を預けている。人形のような目が、こちらを向く。


「私のことなら気にしないで、皆の好きに使って」


「でも、白夜さん……」


「本当に、気にしないで」


 攻撃的ではない。だからこそ、これ以上言葉をかけることができない。いつも通りの、白夜が纏う拒絶の壁。


 ――それを叩き割るかのように、ひばりが立ち上がった。


 唇を引き結んで、ひよこの毛並みのような髪を揺らし、つかつかと白夜へ接近する。ひばりの潤んだ目に怯んだみたいに、白夜は半歩後退した。それでも背後は木の幹で、逃げ場はない。あっという間に、二人は触れ合うほどの距離まで迫る。


「最初はね……私、嫌われてるんだと思ってた。だから、ずっと、踏み込めなかった。白夜さんを困らせるだけだって、自分に言い訳して」


 ひばりの蒼い目が、ほぼ同じ高さの、白夜の黒い目を射抜く。


「でも、恋ちゃんが言ってたの。白夜さんがあの日、私たちに言った『ごめんなさい』は――『あれは、これ以上ないくらい澄んだ、正直な言葉だった』って。白夜さんが、私たちと一緒に戦わないこと……ううん、"戦えない"ことを、心の底から私たちに申し訳ないって思ってるんだって知って……もう、遠慮するのはやめようって思った!」


 潤んだ瞳から、透明な涙が弾ける。白夜の目が、共鳴するように色を帯びて揺れた。


「一緒に戦えなくたっていい。私、ただ単純に、白夜さんと友達になりたい。授業の話とか、一緒にご飯食べたりとか、したいだけなの。小町ちゃんも、恋ちゃんも、きっと皆もそう思ってる。……ごめん、今のはちょっと欲張った。友達にならなくてもいい、ただ、私たちに遠慮してる理由が『戦えない』ってことだけなら――そんなの、私たちはぜんっぜんどうでもいいから、ココにいて!」


 うろたえる白夜の横顔を、竜秋はじっと見つめた。


 竜秋はかつて、彼女の懐柔に失敗した。そして密かに、ずっとそれを引きずっていた。『お前の力が必要だ』と、プライドを捻じ曲げてまで正直に頭を下げたが……言えなかった素直な言葉が、本当はもう一つ残っていたからだ。


「……今から、少しだけ、独り言を言う。それは、増井さんの誠意に応えるため。本当は誰にも触れて欲しくない、醜い傷口。だから……どうか、聞かなかったことにしてほしい」


 何度も息を吸って、吐いて、どうにかそう言った白夜の顔は、真っ青だった。ひばりがゆっくり頷く。全員もそれに続く。震える唇で、白夜はどうにか音を紡いでいく。


「私は…………自分の、異能バベルで、無意識に――家族を殺したことがある」

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