第85話
話そうと思っても、何からどう話せばいいのか。
付き合いが長くて、ため込んだものが多くて、どこから、何から話せばいいのか分からない。
何か話のきっかけになるようなものが欲しい。
きっかけ。
そうだって僕はまた里見の手を引いて家の中に戻って、里見を居間で待たせて、仕事部屋のクローゼットにしまった夜空観察記録を探した。
記録紙はA4サイズ。
小四の宿題で渡された用紙がそのサイズだったからそのまま合わせて同じサイズにした。
宿題では1日1枚。上に星の位置を描く枠があって、下に文を書く枠があった。
その後自分たちで続けるときは、裏も使って、1枚で2日分を記録した。
それでも長く続けただけに、結構な量だった。
段ボールに入れたファイルを、段ボールごと里見が居る居間に持って行った。
「………これ」
「夜空観察記録」
とりあえず古いものから。
段ボールに書いたナンバーの『1』と書かれたものを里見の近くで開けた。
ぼろぼろの紙のファイル。
黄色く変色した紙。
「一緒に見よう」
「………うん」
しまうときにナンバー1と書いたファイル。
小四のとき、クラス全員に配られたファイルを持って、僕は里見と並んでソファーに座った。
過去を振り返って過去を話して。
僕は七星と。
里見は家族と。
未来を見よう。
僕はテーブルにファイルを置いて、幼い字で書かれた夜空観察記録を開いた。
「初日は無言だったな」
まだ書くことに慣れていない初日。
まだふたりで居ることに慣れていない初日。
思い出して、懐かしかった。
「里見って人見知り激しいもんね」
「お前だってそんな人のこと言えないだろ」
「僕は人見知りではないよ。耳のことがあるから、率先して輪に入らないだけ。里見が全然喋らないから、どうしていいか分からなかったんだよ」
「………どうせ人見知りだよ」
ぼそぼそ。
隣で里見が言う。僕の右隣で。
耳。
聞こえない僕の左耳のことを、初めて自分から話した、里見は初めての存在。
友だち。一番仲のいい友だち。
小学生の頃は、確かに里見はそんな存在だった。
1枚、また1枚と記録紙をめくる。
少しずつ書くことに慣れて。
少しずつ。
………話すようになった。
「………里見は」
「ん?」
「いつから僕のことを好きって思ってたの?」
そういえば、聞いたことがない。いつから、とは。
僕は。
僕は、じゃあ、いつからなんだろう。
キスをしたのは中1。
海でカップルのキスを見て、美浜公園で里見からキスをされて………。
イヤじゃなかった。
最初のキスからもう、イヤではなかった。男同士なのに。友だちなのに。
それは、好きだったから?そのときには?
「………俺は」
里見がファイルを覗くために起こしていた身体を、ソファーの背もたれに沈めて天井を仰いだ。
長い腕が、顔を覆った。
「………俺は、結構最初から、だよ」
初めて知るそれに。
僕の心臓がどきんって跳ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます