第83話

 手を繋いで庭に出た。

 

 

 特に何かある庭ではない。あるのは結構大きめのミモザの木ぐらい。そしてそこに七星と置いた鳥箱。

 

 

 

 

 

 雑草が生えてきたら自分で取っている。その程度の庭。

 

 

 放っておくとすごいことになるから、これからの時期はこまめに。

 

 

 それは、面倒かと思いきや、仕事の息抜きにちょうど良かった。無心で手を動かすとふとアイデアがわいたりして。

 

 

 

 

 

 何もないから広くて、ここで豆太を遊ばせたり、美夜さん一家とご飯を食べたりできた。

 

 

 今度はバーベキューを。理奈ちゃんと約束をした。

 

 

 

 

 

 折り畳みの椅子とテーブルを買って、七星とふたりでもご飯を食べたりコーヒーを飲んだりしてもいいかなって思っている。

 

 

 鳥たちが巣立つ前に。鳥たちを見ながら。

 

 

 

 

 

「これ、なんていう木?」

 

 

 

 

 

 手を繋いだまま、里見がミモザの木を見上げて聞く。

 

 

 

 

 

「ミモザ」

「………へぇ。あ、鳥箱がある。鳥いる?」

「うん。置いたら住んでくれた」

「………へぇ」

「鳥箱置く前は、野良猫が時々来てた。ご飯あげてた。でも鳥箱置いたからあげなくなって、豆太も来るようになったから、来なくなった」

 

 

 

 

 

 里見が言っていたから、来るか分からないけど猫が食べられそうなものを置いていた。

 

 

 そしたらいつの間にか来るようになって、お腹がすいていればすり寄って来てくれるまでは懐いてくれた。

 

 

 

 

 

 ごめんね、急にご飯を置かなくなって。

 

 

 

 

 

 何度か見かけた猫に、僕は何度か謝った。

 

 

 

 

 

「豆太?」

 

 

 

 

 

 不思議そうに聞かれてはっとした。

 

 

 豆太。

 

 

 里見が知るわけないのに。

 

 

 

 

 

 豆太は七星の実家の飼い犬。

 

 

 かわいくて好きすぎて一緒に居たくて、何回か七星とお泊まりをしてもらった。

 

 

 段々増えてきたうちの豆太グッズは、里見が来る前に七星のものと片付けた。

 

 

 

 

 

「………犬」

「公園にいたやつ?」

「………うん」

「あの犬もここ来るんだ」

「うん。来るよ」

「………へぇ」

 

 

 

 

 

 何を。

 

 

 里見は何を思いながらミモザを見上げているんだろう。

 

 

 

 

 

 僕は里見の少し後ろで、里見を見ていた。

 

 

 里見はミモザから視線を巡らせて、家を見上げて、そして家の前の坂道を見下ろした。

 

 

 

 

 

「俺が夏目と住みたいって言った家だ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 そう。里見が言った。言っていた。

 

 

 中古でもいい、一戸建て。星が見えて海が見えて僕が居る。

 

 

 

 

 

「星もちゃんと見えるよ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 僕の言葉に、里見が青い、晴れた空を見上げた。

 

 

 

 

 

「………夏目」

「ん?」

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 里見の声が、少し震えていた。

 

 

 また泣きそうな声だった。

 

 

 

 

 

「気に入った?この家」

「………気に入った。住みたい。住みたかった。夏目と」

「………うん。僕もずっとそう思ってた。里見と住みたい。里見と住むならって。家の中のものも」

「………うん。ごめん。………ありがとう」

 

 

 

 

 

 空からまた視線を家の方に向けて、そしてそのまま下に。

 

 

 里見は俯いた。

 

 

 

 

 

「土曜日までは、里見の家」

「………え?」

「そう思っていい。そう思ってくれたら………『僕が』報われる」

 

 

 

 

 

 過去の僕がそれで報われる。

 

 

 里見と住みたくて買った家。

 

 

 でも住むことなんてないと、住めるはずがないとも思っていた家。

 

 

 

 

 

 自分で買ったのに、住んでいて悲しかった、寂しかった、家。

 

 

 

 

 

「俺、めちゃくちゃお前に愛されてたんだな」

「………そうだね」

 

 

 

 

 

 あり得ない『もしも』を、夢見るぐらい。

 

 

 

 

 

「本当、バカだ。俺」

「………うん」

 

 

 

 

 

 バカだよ。大バカ。

 

 

 何してるんだよって、何して来たんだよって思うよ。僕も、お前に。

 

 

 

 

 

 でも。同時に。

 

 

 

 

 

「僕もバカだよ。僕も言えばよかったんだ。お前にちゃんと。何してるんだよ。僕が好きなら、僕を選べよって」

「………夏目」

「もっと会いたかった。もっと里見と色んなところに行きたかった。色んなもの食べて、くだらない話して、もっとちゃんと、好きだよって」

 

 

 

 

 

 僕たちはあまり………ほとんど、だろう。気持ちを口にしたことがない。

 

 

 好きだよって。それは多分ほんの数回。

 

 

 

 

 

 言わなくても分かる。分かっていた。

 

 

 引き離されても引き離されても僕たちはそのたびにまた何とか関係を戻した。会うたびに激しく抱き合った。だから、好きなのは分かっていた。

 

 

 でも、分かっていたから言わなかったというより。

 

 

 

 

 

 言えなかった、んだ。

 

 

 

 

 

 罪だから。僕たちの想いは。言ってはいけないと、どこかでブレーキが。

 

 

 

 

 

「………うん。そうだな。ちゃんと」

 

 

 

 

 

 その時、坂をのぼるバイクの音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 時間的に七星かもしれない。七星だと思う。

 

 

 

 

 

 僕は音の方を向いて、里見の手を離そうとした。

 

 

 

 

 

「好きだよ。夏目。ずっと好きだった。今でもやっぱり」

 

 

 

 

 

 ぎゅっと握られた手。

 

 

 暗く淀んだ目。

 

 

 止まるバイクの音。

 

 

 

 

 

「僕も好きだった。………でも今は………僕は七星が好きなんだ」

 

 

 

 

 

 里見にはっきりと、里見の淀んだ目を見て告げた。

 

 

 離れる手。

 

 

 

 

 

 庭の、門のところに七星が居た。

 

 

 僕たちを見ていた。

 

 

 

 

 

「七星」

 

 

 

 

 

 僕は七星の方に歩み寄った。

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