第33話

 七星くんが玄関を開けてくれて、ちょっと待っててって僕と豆太に言って、中に入って行った。

 

 

 ちょこんっておすわりしている豆太がかわいいのと、七星くんの実家、しかもお姉さんが居るっていう緊張感とで落ち着かなくて、僕も豆太の横にしゃがんだ。

 

 

 

 

 

 豆太の小さい頭を撫でる。

 

 

 

 

 

 撫でていたらすぐに七星くんは戻ってきた。豆、足拭くぞって、手に濡らしたタオルを持って。

 

 

 

 

 

 いつものことなのかな。豆太はおとなしく七星くんに抱っこされて、おとなしく小さな足を拭かれていた。

 

 

 

 

 

 何もかもが微笑ましい光景でしかないのに、それを堪能できないのは、今居る場所と、僕の昔の。

 

 

 

 

 

 トラウマ、だよね。あれ、は。あの経験は。

 

 

 

 

 

 やっぱり外で待っていようと思ったときだった。

 

 

 

 

 

「お母さーん?」

「違う、俺」

「何だ、七星か」

 

 

 

 

 

 奥から聞こえた女の人の声に、僕は反射的にびくって、なった。

 

 

 

 

 

 過剰反応。

 

 

 

 

 

 姉貴だよって、七星くんが言ってくれたけど。

 

 

 

 

 

 うん。分かってる。声の主は七星くんのお姉さん。

 

 

 今の過剰反応は、過去に対してのそれで、七星くんのお姉さんに対してじゃ、ない。

 

 

 

 

 

 足を拭かれるがままになっていた豆太がじたばたしている。お姉さんの方に行きたがっている。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「うわ、七星。このイケメンはどちらさま?」

 

 

 

 

 

 奥から、女の人が。

 

 

 七星くんのお姉さんが。

 

 

 

 

 

 ………出てきた。

 

 

 

 

 

「あの………夏目です。初めまして」

 

 

 

 

 

 慌てて立ち上がって挨拶をした。

 

 

 頭を下げた。

 

 

 

 

 

 逃げたい。逃げ出したい。

 

 

 

 

 

「あ、えっと。あの。七星の姉の美夜です。美しい夜でみよ」

 

 

 

 

 

 美しい夜、で。

 

 

 

 

 

 逃げ出したいって思ったはずなのに、お姉さんの名前にうわって、僕はちょっと感激して思わず下げていた頭を上げてお姉さんを見た。

 

 




 似てる。



 七星くんと。

 

 




「すごい素敵な名前ですね」

「姉と弟、合わせると美しい夜の七つの星な」

 

 

 

 

 

 そう。七星くんと合わせて、空が。星空ができる。北斗七星が浮かぶ澄んだ星空が。

 

 

 

 

 

「すごい」

「でもってそのロマンチックな名前考えたのがゴリゴリな救急隊員の親父っていうな」

「え?」

 

 

 

 

 

 ゴリゴリ、な。

 

 

 

 

 

 いたって真面目な顔でぼそぼそ言っている七星くん。

 

 

 

 

 

「それね。もう我が家の鉄板ネタ」

 

 

 

 

 

 いたって真面目な顔で頷いているお姉さん。美夜さん。

 

 

 

 

 

 足を拭き終えた豆太がたたたって美夜さんの方に走って行って飛びついた。

 

 

 豆太ーって美夜さんが、血の繋がりを感じる七星くんと似た目で豆太を見て、撫でる。

 

 

 

 

 

「で、そのゴリゴリ父さんは?」

「珍しく日勤」

「あら珍しい。お母さんは?」

里子さとこおばさんとバスツアー」

「詳しいわね、アンタ」

「豆太に会いに入り浸ってるからな」

 

 

 

 

 

 姉弟での会話がどんどん進んでて、僕はもちろんついて行けないんだけど。

 

 

 僕はロマンチックな名前をつけたゴリゴリなお父さんに笑えて、密かに笑っていた。

 

 

 でも、ウケるだろって七星くんに言われたから、全然密かになっていなかったらしい。

 

 

 

 

 

「せっかく豆太に会いに来たのに豆太も居ないし父さんも母さんも居ないしで残念だったわー。でもこんなイケメンに会えて嬉しい。で、この方は七星のコイビト?」

「え?」

 

 

 

 

 

 コイビト、って。

 

 

 今。

 

 

 

 

 

「姉貴」

「七星がうちに連れてきてるってことはそうでしょ」

「………あ、あの」

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 

 七星くんが僕を家に連れて来ているイコールが、どうしてコイビトになるのか。

 

 




 ならないでしょ?なるはずがない。

 

 

 

 

 

「ちげぇよ。これから口説いていくとこ。だから邪魔すんな」

「………え」

「あら」

 

 

 

 

 

 美夜さんの言葉に焦って若干パニクっていたら、今度は七星くん。

 

 

 

 

 

 これから口説いていくとこって。

 

 

 

 

 

 ………七星くん。

 

 

 

 

 

 

「真澄さん、こっち。手洗お」

「あ、うん」

 

 

 

 

 呼ばれたから、パニクりながら靴を脱いであがった。お邪魔しますって。

 

 

 

 

 

「………今さりげなくコクったってあの子分かってるのかしら」

「あの」

「大丈夫。あのコ私の旦那含む家族全員の前でカミングアウトしてるの」

「え?」

「もちろん、受け入れられるようになるまでには、色々あったけどね」

 

 

 

 

 

 カミングアウト。

 

 

 で、さっきの、今の会話。

 

 


 

 

 って、いうことは。

 

 

 

 

 

「大丈夫。今ではちゃんとみんな受け入れてるから」

「………」

「あのコ、我が弟ながらいいオトコだから、もし迷ってるならオススメします」

「え?」

 

 

 

 

 

 何か。

 

 

 

 

 

 色んなことがびっくりすぎて、思考が全然ついていかない。

 

 

 完全に、僕の知らない世界だった。家族に理解されて、受け入れられている、なんて。しかも、自分の弟をオススメ、なんて。

 

 

 

 

 

「何こそこそ喋ってんだ。姉貴がイケメンにデレデレしてたって健史たけしさんに言うぞ」

「言えばー?人間美男美女に弱くて何が悪い」

「………確かに」

「でしょ?」

「ああでもその人、ただのイケメンじゃねぇぞ」

「何、有料なの?」

「初対面の人の前でそういうボケかますな。真澄さんかたまってるだろ」

「ねぇ、さっきも思ったけど、真澄さんっていうの?夏目真澄さん?やだ名前までイケメン」

 

 

 

 

 

 美夜さんがそこまで言って。

 

 

 さっきからテンポの良すぎる会話に入っていけない僕を、美夜さんが見る。

 

 

 

 

 

「え?夏目真澄さん?」

「はい。夏目真澄です」

「………え?」

 

 

 

 

 

 僕を見て。

 

 

 目を見開く。

 

 

 

 

 

「そう。『その』なつめますみ」

 

 

 

 

 

 七星くんを見て。

 

 

 

 

 

 きゃーーーーーっ。

 

 

 

 

 

 美夜さんの絶叫が、久保家に響いた。

 

 

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