第7章第042話 双子と枝豆

第7章第042話 双子と枝豆


・Side:ツキシマ・レイコ



 「名前?」


 残る出産はアイリさんのみとなった、ある日のリビング。


 「今から考えておかないとね。タロウにも考えておいてとは言っているんだけど」


 「一生使う名前だからね。なかなかいいのが思いつかなくてね。性別隠しているから、両方考えておかないといけないし」


 産まれてくる子供の名付けに悩んでいるアイリさんタロウさん夫妻。なぜか私も相談の席に混じっております。

 私、この世界の一般的人名というのにはまだ不慣れですよ。タロウさんなんか、まんま太郎としか認識していないですし。

 …私のセンスだと、単純な名前になってしまいそうで。まぁ安易にキラキラネームとかもよろしくありませんが。


 「レイコちゃん。"レイコ"って名前、元の世界で何か意味あるの?」


 「うーん。宝玉のように価値のある娘…って意味になるのかな?」


 漢字で書くと玲子です。玉の鳴る音って意味もあります。"レイコ"はよくある名前ですが。私はこの漢字が好きですよ。


 「なるほど、いいイメージの名前ね。…それじゃ、レイコちゃんのお母さんって、なんてお名前なの?」


 アイリさん、地球の名付けから何かヒントを…ということですか。


 「お母さんは"ハルカ"って言います。うーん、字自体は"遠い"って意味だけど。この場合、"長く続く"とか"遠くまで見渡せる"って意味にもなるのかな」


 「なるほど、遠大なイメージの言葉なのね。あと、お父さんのお名前は?」


 「"タダフミ"。うーん、名前の意味か…真心の言葉? ちょっとこじつけっぽいけど」


 お母さんは"遙"、お父さんは"忠文"と書きます。


 「なんか不思議な響きね。レイコちゃんのお父さんって学者さんだったんでしょ? イメージ通りでいい感じね。 …レイコちゃん。そのお名前、私たちの子供に使わせてもらってもいいかしら?」





 賢者院の方々への講義の後、アイズン伯爵にお呼ばれしたとき、カヤンさんミオンさんの子供の話題になりました。

 双子だという話をしたら。なんとびっくり、アイズン伯爵も実は双子で、弟さんがいるそうです。


 「別に双子が忌避されているわけじゃ無いぞ。ただ、貴族で家督の継承権が絡むとそうも行かなくなる。同じ日に生まれた同じ顔の男子二人ともなれば尚更な。これが兄の方が優秀ならまだいいが、同じくらいかはたまた弟の方が優秀だったら、ほぼ間違いなく家中で派閥が出来て割れる」


 継承問題。うん、話としてはよくありそうなことですね。


 「じゃからな。わしの弟はすぐ商家に養子に出された。バーン・ノイント、今はあの不夜城の主じゃよ」


 アイズン伯爵の弟さん、アイズン伯爵と同じく商才があったようで、都市間の交易で財をなしたそうです。とくに兄弟間で確執があったわけでもなかったので、男爵領の頃から裏に表にいろいろ協力していたんだそうです。


 商会として大きくなると、当時としては回避できなかったのが奴隷売買。奴隷狩りなんてことはしなくても、犯罪や借金で身売りした物、戦争での捕虜等、少なくない奴隷が出回っていたそうです。

 まぁ自業自得で奴隷に落ちたのは仕方ないとしても、困窮や戦争が原因で売られる者達とかをこっそり救済していたんだとか。おおっぴらにやると、奴隷に"需要"を発生させてしまいますから目立たないようにだそうですが。主に、新開拓した畑やら工場の作業員やらに採用して。利子無しで解放資金を分割払いって感じにしていたそうです。


 そういったことが行き着いて作られたのが今の不夜城。昔のエイゼル市にあったスラムを解体したときに、中州の古城に築かれました。

 こういう夜の商売はどうしても無くなるなんて事はないし。手っ取り早く稼げると言うことで、奴隷とか強制ではなく水商売に手を染める女性ってのもやはり一定数いるそうで。

 ただ、町中でそれをやられるち覿面に治安が悪くなるとかで。だったら一緒にまとめて管理しまえば良い…と、アイズン伯爵と弟さんが計画したんだそうです。


 実は私、アイズン伯爵邸で何度かバーン様を見かけているはずなんだそうです。特徴を言われて、思い当たる人はいるのですが… クラウヤート様曰く、髭の形やら目つきが違うので、双子とは言われないと分からないんだそうです。はい、まさか伯爵の双子の弟さんだとは。不夜城のトップってのも驚きでしたけどね。どこぞの貴族かと思ってました。




 家に帰ってのんびりしているとき、アイリさんにも話しました。アイズン伯爵の弟さんについてはアイリさんもタロウさんも知っていたそうです。まぁおおっぴらに話題にすることはないけど、周知はされているって感じだそうです。


 「孤児院にもいたわね、そういう娘」


 必然的に不夜城についての話にもなりました。

 私個人としては水商売を率先してやりたいとは思わないですし。そういう女性も、何かしら経済的理由があってのことだろうと思っていたのですが。


 「可愛い子でね、男の子達から人気があったんだけど。ちやほやされているうちにそれが常態になってね。他の娘が手に職を付けたり読み書き計算に頑張っている横目で、男の子に構ってもらうことばかり考えるようになっちゃって。ただ、それで安定した生活が出来るわけもなく。孤児院出てしばらくした後、男性関係と借金の精算のために不夜城に入っちゃったわ。たまに噂を聞く限りは、なんだかんだで向こうでは上手くやっているみたいだけど」


 「…アイリさんはモテなかったの?」


 「モテてたよ。アイリはあまり気がついていなかったみたいだけど、ははは… アイリに相手してもらおうとしたら、仕事が出来るところを見せないと興味を持って貰えなかったからね。院きっての秀才に声かけする勇気がある男の子はなかなかいなかったかな」


 タロウさん、ちょっと遠い目。いやいや、結婚まで持って行けたんだから大したもんですよ、タロウさん。


 「…そう言えばあの頃、まともに話とか出来たの、タロウくらいだったかな? 好い加減な子が多くてね。お小遣いあったらすぐに食べもので使いきってしまうような子ばかりで。何人か計算上手な子もいたけど、そういう子はみんな今は領庁か商家にいるわね」


 うーん。レベルが高い人にはレベルが高い人が集まるか。





 今日はアイズン伯爵と一緒に王都へ行きました。用事があるのはレッドさんなんですけども。

 カステラード殿下の奥様アーメリア様の定期検診と言いますか。産婆のノーヴァさん立ち会いの元、レッドさんがお腹の中の赤ちゃんをチェックします。大体月一でおじゃましていましたが、最近はもう臨月ですので週一でお邪魔しています。。


 ユルガルムのターナンシュ様も、適時レッドさんに飛んでってもらっています。アイズン伯爵のたってのお願いですからね。

 ついでに高空から北の大陸の方も偵察もしてもらいます。今のところ、どちらも異常なしとのこと。


 王都からの帰りは伯爵の馬車で一緒です。

 鉄道の話なんかをしながら揺られていると。エイゼル市に近いところの畑が見えてきました。青々と茂っていますが、何を植えているんだろ?と遠目に目を凝らしてみると…豆ですかね? まだ青々としていますが、エンドウ豆というより枝豆?


 「油を取るために育てておる豆畑じゃな。夏の終わり頃に収穫のはずじゃが…どうしたのだ?レイコ殿」


 休耕地に豆を育てるという話はすでにしていますが。そちらはまだ三角州の方で試験段階のはず。ここの豆は以前からここで作られている分ですね。


 「ちょっと分けてもらってきますね」


 作業している農夫の人が見えたので。走っている馬車からぴょんと飛び降りて話をしに行きます。まだ青い豆のサヤ。そのまま引っこ抜きで売ってもらえないかの交渉です。

 伯爵の馬車は遠目で分かりますからね。そこから来た私にちょっとビビって、只で良いですよと言ってくれましたが。とりあえず一抱えで銀貨1枚となりました。日本人の感覚で千円、安くないですか? 豆ならこんなもん?

 街道の所に戻ると馬車が止まってくれていまして。御者の人が備えてあった袋を貸してくれましたので、そこに豆を入れておきます。

 「収穫前の豆をどうするのかね?」


 「日本で人気の食べもので枝豆ってのがあったんです。料理というよりは青い段階の豆を茹でただけですけど。同じ食べ方出来ないかなって思って」


 川沿いにエイゼル市に向かえば、ファルリード亭は道中です。伯爵も寄られることになりました。


 厨房で早速枝豆茹でてみます。

 枝から取って洗って、塩を入れた湯で茹でるだけ。料理かと言えるのかというくらい簡単です。サヤの中の豆は枝豆と同じくらいの大きさなので。沸騰してから四分くらいでいいですか。

 ゆだったら笊にあけて水で冷やして塩を振って出来上がり。早速試食します。サヤを咥えてプチンとな。

 お? おおお。ちゃんと枝豆ですね。まったく枝豆と同じというわけではありません、ちょっと苦い風味がありますが。これはこれでコクというか豆の風味というか。甘みとのバランスも良いですし、むしろ美味しいですね。


 「…なるほど、こういう味か。悪くないな…」


 カヤンさんも試食します。なんか頷きながら食べてます。ただ、ちょっと微妙?


 「あ、美味しい …これ、ずっと食べてられるやつだ」


 モーラちゃんも好評ですね。

 レッドさんも、器用にプチンと食べています。…チェックの結果、許容外の毒になる物質は無しとのこと。いつもありがとうございます。


 では、アイズン伯爵にもお出ししますか。冷やしたお酒も一緒にね。

 イカも食べれる伯爵、鞘毎の豆にも手を出します。プチンと。


 「…ふむふむ…これは屋敷では食べさせてもらえんな」


 「え?何かまずいところが?」


 「さすがに、料理長に鞘毎茹でただけの豆を出せとは言えんだろ」


 簡単すぎて料理とは呼べない!と怒られそうですね。…カヤンさんが微妙な顔をしていたのもこの辺が理由でしょうか。


 豆は一抱えもらってきましたので。お通しとして今来ているお客様にも出してみます。

 まぁ最初は「何だ、茹でただけのまだ青い豆かよ?」と訝しんで手を付けない人も多かったのですが。


 「ん? けっこう上手いなこの豆…っておいっ!お前一人で全部食べる気か?」


 一口二口食べると妙に美味しいのが枝豆。それに気がついた人が同席の人にバレる前に一人で食べてしまうパターンも出ましたね。二皿目からは有料ですよ。



 後日、簡単で美味しいと評判になり、一畑分の豆が収穫前に消え去りました。別に難しい料理でも無いので、ファルリード亭で食べた人が各家でも試してみた人が続出したようで。

 もともと油を取るための豆ですからね。今年の畑の分については、エダマメとして消費することに対して制限が出たほどです。


 

 豆を休耕地で育てることの効能については、三角州のサルハラで実験中です。根粒菌が窒素固定に役に立つのはよく知られていますが。土が肥えるのと豆が育つのと、収支がどうなるかは同じ豆科でもかなり幅があるそうで。同じく豆科のクローバーを植えて放牧の飼料にするという手も考えておく必要があります。

 まぁそれがなくても来年はもっと豆を作付けすることになりました。油を絞ったカスでも家畜の飼料に使えますしね。

 豆腐作りにも成功していますけど、まだかなりの高級食材扱いです。豆の増産でこちらも気軽に冷や奴でも食べられるようになるといいですね。おからももちろん無駄にはしません。


 エイゼル市の夏の名物がまた一つ。


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