第7章第040話 ケルちゃんの里親

第7章第040話 ケルちゃんの里親


・Side:ツキシマ・レイコ


 まぁ、私の家での出来事は、大体が王宮の方にも伝えられている…と思います。国からは影の方、エイゼル領からは護衛騎士の方が周辺警護などをしてくれていますし。家の外での活動も特別隠していることはないので。もろもろある程度把握されるのは致し方ないのです。

 私自身に護衛は必要ないですが、私の周辺の人はマーリアちゃん以外は普通の人ですので、そちらを狙われると危ういというのと。私にちょっかいかけようとする貴族…なんて場合は、向こう側が危険でもありますので、無用なトラブルはあらかじめ遠ざけるという意味もあります。馬鹿貴族ホイホイにはなりたくありません。

 それでも、プライバシーを適度に守りつつもセキュリティーが確保できるようにといろいろ配慮はしていただいています。平穏が一番ですので、ありがたく受けていますよ。


 セレブロさんの出産についても報告は行っているようで。一ヶ月経って仔狼の目が開いたころ、なんとクリステーナ姫殿下と、そのご祖母のローザリンテ王妃殿下が家に来られました。

 もちろんお忍びの体ではあります。アイズン伯爵が寄るのはよくあることなので、うちに貴族の馬車が着けられるのは珍しくありません。とはいえ、王族のご訪問です。皆でお出迎えということになりますが。


 「アイリ殿、ミオン殿、あなたたちは身重なのですから。過度に緊張されなくてもいいのよ? それに初めてでもないでしょ? 普段通りにね。直接は遅くなりましたが改めて、ご懐妊おめでとうございます。健やかな子が産まれることをお祈り申し上げます」


 膝をついて挨拶しようとする私たちを制したローザリンテ殿下。言祝ぎは先に書簡でいただいています。


 「あっあっあっ ありがとうございます、王妃殿下」


 アイリさんはさっきから緊張しっぱなしですね。結婚式に来られていたことはすでに話しているのですが。…明かしたときの反応はちょっとおもしろかったです。


 殿下達の護衛の方々。室内に四名と次女二名。しかも騎士の内の二人も女性。女性の警護に女性の護衛騎士は需要があるのです。

 他に、家の周囲にも結構な人数があまり目立たないように展開しています。まぁ王族ともなれば致し方無しですか。これでも室内に六名というのはだいぶ絞っていただけています。


 クリスティーナ様の方は、リビングのソファーの位置から見えているセレブロさんの仔供達にもう興味津々です。

 結構広く作ったリビングですが。今はテーブルも隅に寄せて、セレブロさん達がごろごろできるスペースを確保しております。追いやられた人間の方は、普段は畳の間に避難してます。

 コロコロヨタヨタしているフェン、オルト、ケル。キツネ顔のサモエドって感じで、もうたまりません。


 「あらあらまぁまぁなんてことかしらっ!」


 …クリスティーナ様、言葉が変ですよ?


 「かーいーわ~っ!かーいーわ~っ! おばあさま見て! フカフカのモフモフがコロコロしているっ!」


 「…落ち着きなさいクリス。かわいいのは同感だけど」


 見知らぬ人のあまりの反応にちょっとぎょっとしたセレブロさんですが、マーリアちゃんから言われたのかすぐに落ち着きました。


 「あのっ!マーリア様! あのっ!あのっ!」


 「はいはい。抱いてあげてもいいですよ」


 「ありがとうございますっ!」


 クリスティーナ様が抱っこしたのは、ケルベロスのケル。

 抱き上げられたケルが、クリスティーナをよじ登って顔ペロペロします。結構重たいですよ、クリスティーナ様。


 「ひゃーっ! ああもう、なんてかわいいのでしょうっ! たまりませんっ!」


 …なにも泣かなくてもと思いますよクリスティーナ様。

 お付きの次女さんもニマニマしています。…女性の護衛騎士も注視してしまって、隣の男性騎士に小突かれています。


 「マーリア様っ! お願いがございます。この仔私にくださいなっ!」


 …どこの風の谷かと思いましたが。


 「あっ…いえ。くださいって物扱いは駄目ですね。引き取りたい…養子? 召し抱える? えっとともかく、城に来ていただきたいのですっ! 一緒に暮らしたいのですっ!」


 里親候補第一号がお姫様ですか。

 この見た目です、飼いたいという人はけっこういるだろうことは予想できます。ただ、大きくなったときのサンプルである母親のセレブロさんを見たら、多分みな躊躇するでしょう。部屋の中に牛より大きい猛獣ですからね。王侯貴族でもなければそうそう世話は出来ないでしょうし、それでも世話は大変かと思いますが。


 ただ。今のクリスティーナ様は、仔狼のかわいさに理性が飛んでいるように思いますね。

 とりあえずこちらでも相談したいということで回答は保留。


 「そうですか… そうですよね。セレブロさんと同じくらいには大きくなるのですから。いろいろ大変ですよね…」


 ケルちゃんを撫でながら、大きくなったところを想像しているのでしょうか。ちょっと考え込まれたクリスティーナ様。

 この日、お二方はファルリード亭の方で銭湯と食事をしてから帰られました。しっかりアライさんにもハグをされていきました。



 その夜、マーリアちゃんと相談します。

 さすがに王家なら、住むところや食べ物について銀狼を手に負えないということはないでしょうし。クリスティーナ様に意識接続の処理をするにしても、王族ならマナの量は十分でしょう。


 あの喜びようからして、一時的に変なテンションになっている可能性もあります。気持ちは分かります。

 ただまぁ。生き物を飼うというのは、かわいいだけですむ話ではありません。


 そこで思い出しました。犬の十戒。

 地球でも有名だった、犬を飼うときの心構えですね。初めて読んだとき、ボロボロ泣いた記憶があります。


 1.私の寿命は長くて15年くらいしかありません。あなたと過ごす時間が短いと寂しいです。どうかそのことを気に留めておいてください。

 2.私を叱る前に、あなたが何を言いたいのか理解する時間をください。

 3.あなたが私を信じて一緒に暮らしてくれるのが、私の幸せです。

 4.罰として部屋に閉じ込めたりする前に思い出してください。あなたには外に楽しみがあるかもしれませんが。私の楽しみはあなたと居ることしかないのです。

 5.おしゃべりをしましょう。あなたの言葉は分からなくても、あなたの心は伝わります。

 6.あなたが私にしてくれたことは、いやなことも楽しかったことも私は忘れることはありません。

 7.罰を与える前に思い出してください。私にはあなたを害する牙があるにもかかわらず、それを使わないでいることを。

 8.私が反抗的に見えたときには、叱る前に私の体調に気をつけてください。病気かもしれませんし、ただ年を取ったのかもしれません。

 9.私が年老いても見捨てないでください。あなたもいずれ年老えるのですから。

 10.最後の時には一緒に居てください。辛いからと逃げ出さないでください。私は愛しているあなたと最後まで一緒に居たいのです。


 大体の内容を思い出して書き留めます。


 「こんな感じかな? 地球で広まっていた犬を飼うときの心構えなんだけど、どうマーリアちゃん」


 「どれどれ拝見…」


 一行ずつかみしめるように読んでいるマーリアちゃん。

 最後の行とおぼしきところで、ポロポロ泣き始めました。


 「マーリアちゃん、大丈夫? ちょっときつかったかしら?」


 「レイコ…いやいいのよ。うん、そうよね。正しいことを書いてあるわよ、これ」




 王宮の方に、ケルの譲渡は基本的には了解したこと、猛獣を飼うことに関してこちらが懸念していること、さらにマナによる意思疎通について、最後に十戒をおまけにつけて書簡を送りました。


 三日後。クリスティーナ様と、今度は王太子妃にしてクリスティーナ様の母親のファーレル様がご訪問です。

 モフモフコロコロしているケルを横目に、マーリアちゃんに頭を下げました。


 「マーリア様。安易な気持ちで不躾な申し出をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 「姫様っ! 頭をお上げくださいっ! どうしたのですか?」


 慌てるマーリアちゃんですが。


 「レイコ様の十戒を読んで、生き物を飼う覚悟を知りました。私はただ目先のカワイイという感情でしか動いていなかったのです。…ただ、よくよく考えて。それでもケルちゃんと一緒に暮らしたいのです。一生大切にしますから、ケルちゃんを私にくださいっ!」


 …今度は、結婚相手の実家に挨拶に来たみたいですね。

 なんか薬が効きすぎたようです。マーリアちゃんもびっくりしていますが。

 呼ばれたと思ったのか。三匹で遊んでいた黄色いリボンのケルちゃんが、キューキューいいながらヨタヨタと歩いてきました。そしてクリスティーナ様の足下に。


 「ああ…ケルちゃん…ケルちゃん…」


 ドレスも気にせず、膝に載せて優しくなでてます。泣かないでください。


 「セレブロ、子離れって分かる? んでね。この方がケルを群れに迎えたいんだって。 うん?、その群の長は強いのかって?…強いのかな? 牙とかは無いけど、たぶん私より強いよ。 ん?、ケルがよかったらそれでいいって?」


 マーリアちゃんが、セレブロさんとのやりとりを言語化してくれています。

 エルセニムのお姫様と、ネイルコードの王女様。まぁ王族同士として対等ではありますが、国力的にはやはり差があるのが実情です。強い群ということなら、ネイルコード王族は最強クラスの群でしょう。


 「セレブロさん、仔供とずっと一緒に居たいとかないのかしら?」


 私はもともとはその方向で考えていたんですけどね。


 「ん~。仔供に独り立ちが必要ってのは理解しているみたい。一人で生きられるようになる必要があるって」


 その辺も野生の本能ですかね? セレブロさんはきちんと理解しているようです。


 「あの…それじゃ…」


 「銀狼は、エルセニムより西の地域では、結構な脅威として知られている猛獣です。このサイズに魔獣並みのマナですからね。御せないときのリスクは大きいし、とてもじゃないけどネイルコードの王族に無策でリスクをかぶせるわけには行かないわ。その辺は、書簡で送ったと思うけど」


 「小竜神様による意思疎通の処置ですね。望むところです!」


 「…乗り気なのはいいのですが。ファーレル様、いいのですか?」


 保護者のクリスティーナ様の母君のファーレル様。こちらがいろいろ話している間、こちらはオルト君をかまっていました。


 「え? ええそうね。動物とこれからずっと意思疎通するってのは、懸念が無い訳じゃ無いけど。報告では、マーリア様がすでに処置を受けていて特に問題ないようですし。先ほどのやりとりを見ても、友に暮らすのには有益だと感じました」


 「はい。セレブロの要望もすぐに伝わるので、この子との暮らしもスムーズになりました」


 トイレや食事だけではなく。例えば歩いていての音での周囲警戒なんかも共有できるようになっています。

 背中に乗って走るときも、そこを曲がってここで止まってと。…自動車ですか?


 「そのケルちゃんも、こちらのセレブロさんと同じくらい大きくなるのでしたから、レイコ様からの言われていた懸念ももっともです。その仔を飼うのなら、処置をしていただいた方が良いでしょうね」


 「お母様っ!」


 クリスティーナ様がぱっと笑顔になります。

 …護衛の女騎士さんと侍女さんも笑顔になります。


 「クリス、レイコ様の書かれた十戒は読みましたね。あなたはその仔の主として一生責任を持たないといけません。その覚悟はありますか? 最後の時は、人より早く必ず来ます。今がかわいいだけで欲しがっても、将来が不幸になるだけですよ」


 王族なのですから、欲しいものはなんでも買い与えていると思ったら、案外普通のお母さんみたいな躾をされているんですね。


 「はい… それを忘れないことも"親"となる者の役目だと理解しております」


 「よろしい。…マーリア様、ケルちゃんを宮殿に、いや私たちの新しい家族として向かい入れることをお許しいただけませんか?」

 「承知いたしましたファーレル殿下。ケル…ケルベロスをよろしくお願いいたします。」


 マーリアちゃんが王太子妃が頭を下げてられます。クリスティーナ様も併せて頭を下げています。

 マーリアちゃん、さすが現役お姫様、きれいな礼で応えてます。

 私はひーとなっていましたけど、私が頭を下げられたのではないのでなんとか押さえました。ただ、だれかまずい人に見られていないか、キョロキョロしてしまいました。




 というわけで。

 ケルちゃんの里親は、クリスティーナ様に決まりました。ただ、引き渡しは生後三ヶ月を待ってからです。

 日本でも仔犬の引き渡しは生後56日以降と法律で決まっていたと思います。仔犬の健康と兄弟親子のふれあいによる社会性の獲得、これらが必要との判断ですね。

 その前にはクリスティーナ様には一度泊まり込みで来ていただいて、ケルちゃんの意思疎通のマナ処理を行うことになりました。


 後日、クリスティーナ様の兄であるカルタスト殿下からもケルちゃんとの処置を求められたのですが。ケルちゃんを通じて兄妹間で意思疎通してしまう可能性をレッドさんから指摘されまして。一頭に一人を原則とするそうです。

 ただ、普通の交流はいくらでもしていいので、存分にかわいがってあげてください。


 ケルちゃんは今日も兄弟…姉兄妹か、三匹で組んずほぐれつ元気です。



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