第6章第030話 抱き枕と模型飛行機

第6章第030話 抱き枕と模型飛行機


・Side:ツキシマ・レイコ


 さて、SL展示走行の準備も終わって次の日、ネイルコード国国王クライスファー陛下へのお披露目の本番の日です。

 目玉のお披露目の前に、細々とした物の献上式です。場所は庭の前のテラスとなります。他の王族の方も勢揃い。…今日はアインコール殿下が執務中ですが。お子様達とカステラード殿下も参加しています。大臣さんたちも列席しています、というか進んで見物に来ましたね。

 クーラーとか冷蔵庫とか既に納品済みの物もありますので、ここで全部並べることはせず、主立った物は目録での献上となります。


 「うむ。特にクーラー、あれは良いものだ。本当に良く開発してくれた」


 「ははっ! ありがたきお言葉っ!」


 列席しているおそらく侍従や文官の方々も、なんか頷いていますね。

 今どきは、日本で言えは八月くらいの真夏です。日本よりは湿度は低めでまだ過ごしやすいとは言え、執務室での冷房はなによりありがたいでしょう。現在も執務棟の各部屋に順次備え付けられ続けています。


 ずらっと並んでいる職人方の列、代表として最前列にいるサナンタジュさんとハンマ親方が恐々としてますが。他の両方の職人さん方は誇らしげです。

 後で報奨金とゴルゲットにつけるロゼットが下賜される予定です。ロゼットは王室から感謝されたという印のメダル見たいなもんです。軍人の勲章ほどではないですが、職人としては大きなキャリアの証となります。


 続いて。陛下以外への献上となりますが、私がマルタリクでちょっと作っていた物をいくつかを現物で献上します。

 まず一つ目は、クリステーナ様に。


 「はいクリスティーナ様。最近寝付きがよろしくないと伺いましたので作ってみました。これは抱き枕と言います」


 まぁお姫様となると両親と一緒に寝ると言うことも無く。寝室にメイドさんが付いていることはありますが、警備の人は部屋の外、基本は広い部屋で一人です。クリスティーナ様、そんな寝室でどうにも寝付きが悪いことがあるという話をアイズン伯爵夫人マーディア様から聞いてましたので。もしかしたら効果があるかな?ということで作ってみました。


 「あはははっ。長い猫っ!、長い猫ですっ!」


 全体としては"?"みたいな形で、抱きしめながら足で挟んで…という感じで使います。まぁそのまま長い枕では味気ないので、先端部分には猫の顔の意匠、反対側には尻尾も付いています。全体としては大人の背丈くらいある長い猫ですね。

 中には、籾殻が小分けにした袋に入っていまして。それらを出せば洗うことも出来ますし。ラベンダーっぽい香りのするポプリ袋も入れてあります。

 これで寝付きが良くなると良いですね。


 「カルタスト様には、この模型飛行機を」


 「うわぁ…飛行機ってことは、これが飛ぶんですね?レイコ様」


 無動力のグライダーを2種。この国で入手できる一番軽い木の板から作った20cmくらいの物と。竹ひごの骨組みに出来るだけ薄く漉いてもらった紙を貼った50cmくらいの物です。

 いきなりでかい方を飛ばそうとすると高確率で壊しますからね。先に比較的頑丈な小さい方で練習していただきます。


 「はい。こちらの試作した方を試しに飛ばしてみますね」


 小さい方と同じ物の試作品を私が飛ばしてみます。軽く翼の下を摘まんで、傾けないように真っ直ぐ押し出すように…うん、ツーとスムーズに飛んでいきます。左右バランスはわざと弄ってあるので、丁度庭の中をくるっと旋回して目の前に滑り落ちてきました。そっと飛ばしたので滞空時間は短いですが、練習用ですので丁度良いくらいですね。


 「うわぁレイコ様っ、すごいすごいっ!」


 「とまぁ、こんな感じです。これと同じ原理の物がそのうち、人を乗せて飛ぶようになるわけです」


 「私は、もっと鳥に似た形の物になるかと思ってましたが。ここまで単純な形で良いんですね…」


 地球でも初期のグライダーは、かなり鳥を意識した形でしたが。翼の形はもっと単純で。飛行機が飛ぶのに必要なのは、主翼、水平尾翼、垂直尾翼、胴体。極論言えばパーツはこれだけです。

 ネタリア外相には、以前飛行機のことを話したことがありますが。感想を漏らすネタリア外相に、私が今飛ばした飛行機を渡します。


 「ダーコラ国からの船の上でお話ししたとき、飛行機の話に興味持たれてましたよね? 試作品で強縮ですが、これをどうぞ」


 「え? 私にもいいのですか? いやまさか覚えていただいているとは…」


 いつものちょっと引っ込み思案な雰囲気から変わって、子供のような笑顔になるネタリア外相でした。

 バルサほどは軽くないですが桐みたいな木から削り出した物なので、そこそこ強度はありますが。少し重ための分飛距離は短いです。お父さんが趣味で作っていたペーパープレーン、折り紙ではなくケント紙あたりから切り出して接着して作る奴ですね、これなんかは上手く作ると何分という単位で飛びますからね。そうなると高確率で初回のフライトで紛失するので、そこそこで良いのです。お父さんも、ペーパープレーンはその日だけの飛ばし捨てだと言ってました。

 ちなみに、こちらの紙でも作ったのですが、紙質が合わずにうまく飛びませんでした。

 設計図と、調製のコツ等に関して簡単に書いたテキストも渡します。自分で作ってみたくなるかもしれませんし、そういう興味を持って貰えればと思います。


 「これを幅10ベメルくらいに拡大して、プロペラ…扇風機の回る羽ですね、あれのもっと強力な奴を前に付けて、それで飛んでいくってのが、人が一人乗る飛行機になります」


 「なるほど…ちょっと想像できました」


 「幅を30ベメルくらいにしたら五十人くらい乗れるかな? 幅60ベメルなら三百人とか」


 「…流石にちょっと想像できません」


 「最大の飛行機で80ベメル、八百人くらいでしたね。それが一万ベールを半日かけて飛んでいきます」


 「もう完全に埒外ですっ!。一万ベールも飛んでどこに行くって言うんですか? …ともあれ、お話に伺っていた飛行場ってのはそのために必要なんですね」


 ちょっと意地悪でしたかね?。



 「ネタリア卿はこういう新しい物には目が無いようでな。たぶん徹夜してでも自分であの飛行機を作るぞ。…小竜神様の偵察能力も驚異だったが、人が乗れる飛行機が出来たら戦争も変わるな」


 カステラード様も興味があるようです。軍事転用にすぐ気がつくところがさすがではあります。

 まぁ、航空機の発展については、予算と開発リソース的に軍事と切り離せません。ライトフライヤーから第一次世界大戦まで十年ちょっと、音速越えるまでわずか四十三年です。実用化されたらあっという間でしょうが、優れた兵器は抑止力にもなりますし、そちらを期待することにしますが。


 ガソリンレシプロとかジェットやガスタービン、いわゆる燃料を使った内燃機関。まぁ石油が発見されれば実用化される可能性はあります。

 さすがにマナを熱源にした蒸気エンジンで空を飛ぶなんてスチームパンクな世界は訪れないでしょうね。マナを電源にしたモーターの方が優位に思います。

 そう言えば。私が生きていたころのラジコン飛行機はほとんどが電池とモーターで、ガソリンエンジンを使ったものはほとんど無くなってしまってましたね。その究極が4枚プロペラのドローンですが。玩具として流通するほど安価になるとは驚いたとお父さんが言っていた記憶があります。あれよあれよという間に普及しましたからね。


 このへんの発展は、やはりモーターの開発次第ですかね?

 高性能なモーターが作れるようになれば、そもそも蒸気機関車も電車で済むのですが。ベアリングなどの精密機械の工作精度もですが、モーターを作るには目に見えない電磁場を扱う電磁気学と、それを記述する数学の発展が必須です。それこそテスラ級の天才が何人か必要でしょう。高性能なモーターが発明されるのには、そこそこ時間がかかるのでは?と思っています。


 …ロケットエンジンはどうしたもんでしょうかね? 水素と酸素は電気があればいくらでも作れますが、これだけで一段目を作るのはけっこう難易度が高いです。スペースシャトルとか日本の国産ロケットも、メインエンジンは水素エンジンですが。離床時は固体ロケットが全体の八割くらいの推力を出しています。比推力は水素エンジンが一番ですが、大気圏離脱までは推力の高いケロシンエンジンや固体ロケットの方が有利なのです。まぁ水素エンジンをブースターに使うことは不可能では無いのですが、高い水素エンジンをブースターだけってのもコスパが悪い。固体ロケットは…アルミと酸化剤と合成ゴムだっけ? 

 軌道に出たあとはマナを熱源や電源にした推進器は有効ですが。石油化学にまったく依存しない文明ってのは難しそうですね。



 「カルタスト殿下、後でそちらの大きい方の飛行機も拝見させていただけませんか?」


 「うんっ! 外相も一緒に飛ばそうっ!」


 王宮の庭に、まるで少年が二人。ネタリア外相の好奇心が止りません。けど…


 「あの…目玉のお披露目がまだなのですが…」


 進行の文官さんが困っています。



 ちなみに後日話を伺ったところ、クリステーナ様は抱き枕をたいそう気に入ったそうで、一人で寝ることもごねなくなったとか。

 ただ。量産品抱き枕の販売を請け負っているランドゥーク商会の方に、王宮から三本ほど追加で高級抱き枕の発注があったそうです。…旦那持ちの人が抱き枕に頼らなくても?と思う結婚経験無しな私でした。


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