第6章第028話 王族の団らん

第6章第028話 王族の団らん


・Side:カステラード・バルト・ネイルコード(ネイルコード国第二王子 軍相)


 「ふむ。アインコールを廃して私が王太子と成り次期国王になれば、ネイルコード国はさらに栄えるか…」


 「ご賢察でございます。ダーコラ国と正教国が事実上落ちた今、ネイルコード国の軍威をもって西に侵攻すれば、大陸は"陛下"の物。ネイルコード国はさらに発展しましょうぞ」


 「ふむふむ。ではその西征にかかるコスト、その後の占領地にかかる治安維持や復興と開発に必要な費用、その後その地から得られるネイルコード国の利益、これらの数字を見せてくれ」


 「は? 数字…でございますか?」


 何を言われているのか分からないという顔をする、御忠進に来た男爵。もうすぐ今日の仕事も片づくところだというのに…


 「貴殿は今、ネイルコード国は発展すると申したな。だから具体的な目算を出してくれと言っている。まさか占領した土地から略奪して税を取るだけでなにもしないとか言わないであろう? それではただの盗賊だ。我々王侯貴族は為政者である。占領した後、どこにどれだけ予算を振って、いつどれだけの見返りが得られるのか、その目算を見せてくれと言っている。期限は明日の朝までだ。間に合わないようなら、間に合っても内容に不備があるようなら、貴族院に貴殿の爵位の再検討を命じることになる」


 「お…お待ちください。私はただ、ネイルコード国の軍事力と陛下の武威があれば恐れる物はないという話を…」


 「私は国王ではないから陛下と呼ぶのは不敬だぞ。それに、考えも無く他国を征服して税を取るだけでまともな政はせず、挙げ句の果てに叛乱を起されてその対策に軍費を浪費し、その占領先は疲弊して碌に税も取れなくなる。そんな展開しか貴殿の言質からは想像が出来ぬのだ。だから、私に献策するのなら、そうならないような施政をまとめてから来いと言っている。貴殿は、ダーコラ国へ街道や耕作地の整備に開発補助と称して大金を投入しているのは知っておるか?」


 「もちろんでございます。その内相やアイズン伯爵らが勝手にしている費用を軍に回せば、どれだけ国土を広げられるやら…」


 「無駄な金だというか? 我が国は慈善でダーコラ国を支援しているわけではない。これが将来、ネイルコード国にどれだけ利益となって帰ってくるかの予想は、アイズン伯爵が作った報告書が貴族ならだれでも閲覧できるようにしてあるはずだぞ。読んでおらんのか?」


 それとも、読んでも理解が出来ないのか。

 ダーコラ国への助成金は結構な額になる。当然各部署への説明は必須なわけで、不信なら役所で説明を受けることも出来る。


 「う… そのアイズン伯爵、たかが地方領主の献策をどうしてそこまで重用するのですかっ?」


 「どうして? 成果がでいるからに決まっておるだろうが。実際、彼が国政の経済面に助言するようになってから、王都とエイゼル領にユルガルム領周辺は比類なき発展を続けておるし、彼の意見を取り入れたテオーガル領も豊かになりつつある。バッセンベル領とアマランカ領も近く効果が得られるはずだ。何が不満がある?」


 「しかしっ! もっと高位の貴族家がいるではないですかっ! なぜ彼らを国政にもっと参加させないのですか?」


 「ふむふむふむ。国の金を使うのなら、もっと噛ませろ、横領をさせろと。貴殿はそう言っているのだな?」


 「そ…そんなことはっ! ただ、もっと成果を上げられる方々もいるはずです」


 「具体的に誰がどのような成果を上げられるのだ? 税を取らせろ、自分に利益を回せ、それ以外の献策が出来るのか?」


 「し…しかしっ!」


 「だから、それが可能というのなら数字を出せと言っている。国土を豊かにするための予算を軍に回してまで他国を侵略して、それでも元が取れる話だと貴殿は言っているのだろう? だったらそれを私や陛下が納得できる形で説明しろ。明日までにまともな献策が出来なかったら、貴様は貴族院の監査行きだ」


 よかれと思ってきたつもりの男爵は真っ青になっている。


 「あと。俺を"陛下"と呼んだのは下手すれば反逆罪だが、今は目を瞑っておいてやる。資料がある役所が開いている時間はもうさほどない、急いだ方が良いぞ」


 その男爵は、あきれ顔の副官の脇を小走りで通り過ぎ、青い顔して慌てて出ていった。

 私が次男で軍のトップだから。本心では王位が欲しい、武力を使いたくて仕方がない、などと考えているとでも思われていたのか…


 「今のやつの名前を貴族院の監査部に送ってくれ。明日には仕事になるはずだ」


 「はい殿下」


 「…内相庁の担当部署にもなにか差し入れの手配を。多分、あの貴族の相手で残業になるだろうからな。あと護衛騎士を何名か監視に派遣しておいてくれ、役所の中で騒動を起こしたら即捕縛だ。あと、あの馬鹿を唆した高位の貴族家とやらついても調査を…いや、母上に報告しておけば"影"が動くか。うん、そちらはこちらで手配する」


 「承知いたしました、殿下」


 副官に命じて、この面会は終わりとした。

 今日の仕事ももう終わるはずだったのだが… 先に母上のところに寄る用事が出来たな。




 執務室の入った建物を出て、隣の別棟に入る。母上…ローザリンテ王妃殿下の執務棟だ。

 建物に入ってところで、衛兵に取り次ぎを頼む。本来王妃殿下にお会いしたいのなら、先触れと許可が必要だが。そこは実の息子にして軍相である私なら、不在でなければ大体会っていただける。


 「カステラード殿下。ローザリンテ様がお会いになるそうです」


 待合室でお茶を出され、少し待っていると文官が呼びに来たので、母上の執務室に向かう。

 まぁこれも用心なのであろうが。母上は4つある執務室を日替わりで使っている。今日は一番近いところか。


 「カステラード殿下をご案内して参りました」


 「入ってちょうだい」


 部屋に入ると、空気がひんやりしている。

 母上の執務棟は、クーラーが真っ先に導入された建物の一つだ。4つ執務室に同時に設置するということで、いろいろ大変だったようだ。父上の執務棟よりも先に設置していたな…


 重厚な木の机の向こうに母上が座っておられる。結構な数の書類が机の上に積まれており、今も母上はその一つを吟味していたところのようだ。


 「忠言に来た男爵のことね?」


 「お耳が早いことで」


 ついさっきのことなのに、もう情報が届いているのか。流石母上だ。


 「あの男爵の夫人の実家が侯爵だけど、バッセンベル領のすぐ隣だったそうで。まぁ謀反には関わっていなかったけど、バッセンベルに縁戚はけっこういたみたいでね。件の事件のせいで貸したお金がかなりうやむやにされて、経済的にけっこう苦しいみたいね」


 「それでいまさら東征して一旗揚げたいですか?」


 「そう考えたのは、件の男爵だけみたいね。彼の家も二代前の軍功で男爵になったようですし。妻思いの旦那が妻の実家のために知恵を巡らした…ってところらしいけど」


 「それで私を"陛下"ですか? 危ない橋を渡るにしても考え無さすぎでしょう?」


 「その考え無しだったみたいね。単なるおべっかのつもりだったのでしょうけど。あと、あなたが軍相だから軍を使いたくて堪らないとでも思っていたんでしょうね。それとも自殺願望のほうかしら?って感じね」


 王太子以外を陛下と呼ぶ、公にすればそれだけで謀反の罪で首が飛ぶどころか族滅ものだぞ。連座はレイコ殿が忌避されるから家族に累は及ばせないが。それでも貴族家としては取り潰されるだろう。


 「夫人の実家が厳しいのは確かだけど。バルドラ伯爵に頭下げて畜産と酒造を導入し、アイズン伯爵の販路に乗せてもらうことにしたみたいよ。侯爵家自体は結構真面目で今のところ不穏な点は皆無ね。家もなんとか立て直せるでしょう」


 「…夫人宛に経緯と警告と勧告を認めておきますか。問題の男爵を侯爵領に閉じ込めてがっつり働かせろと」


 「ふふふ。とくに不穏な裏も無いようだし、どうせ何も出来ないでしょぅ。または大物が食いつく餌になるか… 今回はそんなところでいいと思うわよ」




 「ははは。災難だったな"陛下"」


 「やめてくれ兄上。」


 執務と母上への報告が終わって、住居たる宮殿の居間に入る。兄であり、将来の主君となる兄上アインコール殿下。その家族であるファーレル王太子妃、カルタスト王子、クリステーナ王女。一通りこのクーラーが入った快適な部屋に集まっている。

 どこでどう伝わったのか、件の男爵の妄言の報告がもう耳に入っているようだ。


 「テッドおじさま! リバーシしましょうっ!」


 カルタスト王子がリバーシのセットを持って期待に満ちた目でこちらを見ているので、一局相手をすることにした。おい、そちらは兄妹二人組みでの対戦か? よろしい、容赦はしないぞ。

 …子供は可愛いな。そろそろ妻のアーメリアとも子供が欲しいが。アーメリアが10歳も年下でなければすでに子供が何人かいたところだが。まぁ、こればかりは慌ててもしかたないか。


 「テッド、その男爵が万が一善い献策を持ってきたのなら、継承権を譲っても良いぞ」


 ニヤニヤしながら言うのは止めてくれ。


 「俺は今の立場で満足しているんです。兄上には申し訳ないが、王座の重責は任せましたよ。…ここで三枚ひっくり返すっと」


 王子達の番だ。二人はひそひそと次の手を相談している。

 …兄上の次の王位は、順当に行けばこの子だ。重責を押しつけるようで可哀想だが、そこは精一杯支えていくつもりだ。


 「もちろん私も王座に就く覚悟は出来ているがな。レイコ殿のおかげで、対外問題についてはだいぶ軽くなったし、内政の見通しも明るい。忙しいこと以外は特に懸念も無く、ありがたいことだ」


 「それでも、レイコ殿のいた世界でも問題が皆無というわけではなかったようだがな。ここは一枚でもよしと」


 幸い、公害というものは少なくてすむらしい。マナ様々だな。ただ、人が増え土地が開発されていくにつれていろいろ問題は出るだろう。


 「うん。予めそれらを見越した政策は必要だろうな。まさか主要な街道のための土地を今の四倍の幅を確保することになるとはな」

 街道を通すところを、土地が安い内に確保して国有地にしておけ…ということらしい。今の馬車の十倍速い乗り物が途切れること無く行き交う"道路"か。想像はしがたいが、アイズン伯爵にはそういう景色が見えているようだ。

 新しい街道の用地確保は、道中を少し迂回する形になる。どのみち街は大きくなるのだから今の中心地にこだわることはないという理窟だ。どこに道を通すかは選べるので、比較的順調に用地確保は出来ている。


 さらに鉄道か…こちらは馬車以上に傾斜が緩い場所が必要だとか。谷や川には橋を架け、山を穿ち、馬車百台分の荷物を運ぶ線路。こちらはとりあえず土地だけの確保だけになるが。

 空港というものまで説明されたが、流石に何が必要なのか想像もつかん。こちらはネタリア外相が興味津々だがな。


 「今日、アイズン伯爵のところから先触れが来た。ユルガルム領で開発していた物の試作品が出来たので是非披露したい…と、ユルガルムとマルタリクの職人、及びレイコ殿の連名だな。父に対して"サプライズ"とかをしたいそうなのだが、父上の許可無しでお披露目の準備はできんし。そこで父に"サプライズ"があることは知らせた上で、披露する物と披露場所の安全に関する管理をテッドに任せたい」


 "サプライズ"とは、黙って開催して驚かせるという意味らしい。

 しかし仮にもここは王宮だ。警備も担っている身としては、父上に全く知らせずに設営させるわけには行かない。父上に知らせた上で俺が取り仕切るのが次点か。


 「承知した。まぁレイコ殿がわざわざお披露目したいというのだから、また面白い物なのだろう。ここのクーラーも快適だしな。…五枚取れたぞっと」


 パチパチパチとコマをひっくり返す。数では私側がかなり優勢だな。


 「任したよ、テッド。ところで、ぼさっとしていると負けるぞ?」


 「え?」


 「「さぁ、テッドおじさまの番ですよっ!」」


 あ…一手ミスして取られてはいけないところを押さえられている。これでは角を取られるのも時間の問題だ。

 カルタストとクリステーナがニヤニヤしながらこちらを見ている。うん…先ほどまで優勢だったが、この盤面では挽回は難しいか…

 油断大敵だな。




 二ヶ月後。件の男爵は、王都の屋敷を引き払い、夫人の実家の侯爵領の領都に移っていった。

 あの後、夫人に思いっきり殴られ、骨折して出歩けるようになるのに二ヶ月かかったとのことだ。なかなか豪気な夫人だな。

 提出されるはずの献策書は、夫人が代筆してきた。東征では利益が見込めないこと、東征の代わりに正教国以東の国々との付き合い方など、妄言の謝罪と共に一通りまとめられていた。些か情報不足な部分もある献策書だったが、十分及第点だ。

 この夫人がついているのならもう悪さは出来ないだろうということで、監査は免除した。


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