第6章第026話 新婚旅行から帰って来た二人
第6章第026話 新婚旅行から帰って来た二人
・Side:アイリ・ランドゥーク
「汝アイリ・エマント。あなたは喜びの日々も苦難の日々も、ここなタロウを夫とし、アイリ・ランドゥークとして共に人生を歩む覚悟は出来ていますか?」
「…はい。祭司様」
静かな音楽が流れる礼拝堂にて、女性祭司様の取り仕切りで結婚の宣誓を行ないます。
後から聞きましたけど。ザフロ祭司に変わって式を取り仕切っているこの女性祭司様…正教国のリシャーフ猊下だそうです。正教国の、そして赤竜教のトップの方がなんで六六の教会で平民の結婚式取り仕切ってんですか? …もし事前に知っていたら、ガクガクだったでしょう。
まぁ最後に皆の前でキスさせられるとは思わなかったけど。普通の女性っぽくニヨニヨしているリシャーフ猊下の顔が忘れられませんが。素敵な式を挙げさせてもらいました。まさに一生の思い出ですね。
さて。礼拝堂から退場して控え室に入り、この後の宴会に合わせて着替え…ではあるのですが。お色直しという着替えをする前にちょっと時間をもらって、タロウと連れだって教会の裏に出ます。
裏と言っても結構な敷地がありまして。どこの教会でも大体そうですが、あるのはお墓ですね。
そこには、石台の上に置かれた石碑があります。誰の墓とも書かれていませんが、死者を悼んで魂の安寧を願う文言が掘られています。
この教会の周囲の住人で亡くなった人は、荼毘に伏された後に遺骨をこの石碑の後ろの石室に収められることになります。そして20年経った遺骨は、エイゼル湾に流されます。
所によっては海でなく河だったりもしますが。永続的なお墓を持っているのは王侯貴族くらいで。これがこの大陸での一般的な埋葬です。
私の両親は、既に亡くなっています。貧窮でバッセンベル領から逃げて来る途中に父が亡くなり、この街について程なく母も亡くなりました。父の遺体は、道の脇で土を被せることしか出来なかったと、一緒に逃げてきた方が話してくれました。
当時の私はまだ幼なくて、正直あまり両親のことは覚えていませんが。亡くなった母は相当痩せていたそうで。父もおそらく飢えで力尽きたのでしょう。私自身はそれほど酷い状態では無かったそうなので、食料なんかは私に優先的に与えてくれていたようです。
十五年ほど経ったころ、ランドゥーク商会に入って少ししてから人を雇いつつ父の遺体を探しに行ったのですが。場所については教会の記録に残っていた母の曖昧な証言だけで、結局それらしい物を見つけることは出来ませんでした。
教会の石室には、母が持っていた父の遺髪と母の遺骨が一緒に奉られています。
「お父さん、お母さん。私ね、今日結婚したの。見てよ、凄く綺麗な衣装でしょ? ふふふ、裁縫やレース編みやらみんなに手伝ってもらって作ったのよ。相手はこちらのタロウ・ランドゥークさん。大きな商会の跡取りよ。ちょっと頼りない雰囲気あるけど、やるときにはやる人だから。…安心して見守っていてね」
「アイリのご両親。俺…いや僕がタロウ・ランドゥークです。まぁアイリのお墓参りに何度か付き合っているので、はじめましてではないですよね。お二人が命に替えてこの街に連れてきたアイリは、今ではランドゥーク商会のホープとして活躍しています。正直、まだ自分が彼女に釣り合っている気はしないのですが。それでも全身全霊をかけて彼女を幸せにすることを墓前で誓わせていただきます。安心して見ていてください」
子供の頃、タロウはよく私の墓参りに付き合ってくれてたわね。
「…タロウ、ありがとう。くすっ、私今すっごい幸せよ」
「うん。なんだろう、ここで報告したら俺もすっごい実感湧いてきた。ふぅ、俺たち結婚しちゃったんだな」
「あら、しちゃったって何よ」
「あはははっ」
タロウが私の肩を抱き寄せて、唇を重ねます。あら積極的。
…披露宴、皆を待たせちゃ悪いわよ。
・Side:ツキシマ・レイコ
結婚式から八日後。アイリさんとタロウさんがボルト島から帰ってきて次の日、お二人も新居に引っ越ししてきました。
昼間はまだちょっと暑いので、軽く冷房を入れています。
「うわぁ…部屋数もだけど、冷房が全部の部屋で効いているなんて贅沢ね。お風呂まであるし」
まぁアイリさんの荷物も多いというわけではないし。タロウさんは別に本邸の方の部屋がなくなるわけではないので、持ち込んだ物はこちらに住む荷物だけなので少ないですね。まぁこれから買って増やしていけば良いでしょう。
「アイリさん、ボルト島のリゾートはどうだった?」
もともと貴族向けのリゾートとして整備された所ではありますが、貴族でなくても泊まれます。お値段はファルリード亭の比ではないですけどね。
新婚旅行…っても、こちらでは何泊もして観光という風習があまりなく、むしろ地方からエイゼル市に遊びに来るって感じですからね。豪華な旅行と言っても、結局はボルト島のリゾートか王都かってくらいです。
「…三日くらい、向こうの店を回ったりとかレストランをいろいろ試したりとかしたけど…結局、向こうのランドゥーク商会の支店におじゃまして、いろいろ服作ってたわ」
「店に行っても貴族とか多くてちょっと落ち着かなかったな。結局俺は、まだ奉納に出していない案件のまとめとかしてた」
…この仕事中毒共めぇ… まぁ、新婚旅行の間の事を根掘り葉掘りするのも野暮ってもんですね。
と言うわけで。
カヤンさんたちは営業中のファルリード亭へ。アライさんもそちらで働いております。アイリさんとタロウさん、あと護衛騎士のエカテリンさんが今ここに居ます。
護衛の方々はファルリード亭の方に行っていますので。エカテリンさんは普通にうちに遊びに来ているって感じですね。騎士服ですけど。
今日の夕飯は私が作りますっ!
とは言ってもそんな難しい物ではなく。共同リビングのテーブルに旅用の小型マナコンロ置いて鉄板乗せて。小麦粉と卵用意して、野菜に肉やらエビやらイカやら。ソースは毎度港ソースにマヨネーズ。あとなんとびっくり、カルマ商会から青のりゲットです。
ここまで揃えばおわかりでしょう、お好み焼きしますよ!
お好み焼きヘラももちろん作ってもらっています。
「目の前で焼くのね。おもしろそう」
「材料はもう下ごしらえ済んでいるから。あとは焼くだけだから。マーリアちゃんもトライしてみる?」
鉄板は結構広いですが。まずは私が作ってみます。
小麦粉溶いて卵入れて。鉄板に流したらざく切りにしたキャベツもどきを乗せて。まずはスタンダートにスライスしたボア肉から行きましょう。
最初はちょっと火は強めにして、形を固めるのがコツ。さて、ひっくり返します。よいっしょっ! うん、良い感じに焼けてきました。
港ソースとマヨネーズを塗ってからヘラで六等分にして、一枚目はみんなで食べてみます。青のりもお好みで試してみてください。
それでは召し上がれ。
「はふっはふっ。なるほどなるほどっ。港サンドっぽくあるけど、これはまた美味しいわね」
「ほふっほふっ。小麦粉溶くだけで簡単に作れるのはいいな。パンはあれで結構大変だから」
「熱つっ。丸くないタコ焼きって感じかな?特別な道具が要らないところがいいわね」
「この海藻の粉? 凄く良い香りがするな」
「クー、ククッ」
一通り、好評のようです。うん、私にとっては懐かしい味。
「それでは二枚目行きますか」
鉄板のサイズは4枚くらいは同時に焼けるくらいなので。私、マーリアちゃん、アイリタロウ夫妻、エカテリンさんと一気に行きますか。
私は、次はシーフードお好み焼き。エビは皮剥いて、イカも処理して、どちらも下茹でしてあります。
エカテリンさんはボア肉を再び。…ボア肉増量でさらに溶き卵追加でかけています。なかなかボリューミーな事をしますね。
「あたし、これ好きっ!」
マーリアちゃんは、基本魚系が好きですが。最近は特にクローマの油漬け、要はツナですね、これがお気に入りです。並べた具の中にツナがあるのを見つけて、さっそくほぐして乗せています。これまたユニークな、でも悪くないですよお好みなのですから。
アイリさんのところは、半分をシーフード、半分をボア肉とチーズとツナと…まるでピザみたいなことをしています。
「レイコちゃん…これ自分でひっくり返すのよね?」
「アイリさん、自分でやるのが醍醐味ですよ。…もしかして料理したことない?」
「…えーと。…あはははは。はい、手伝ったくらいです」
タロウさんが「えっ?」って顔していますけど。今更ですか?
まぁ何事にも始めてはあるもんです。お好み焼きヘラを渡して。いざトライっ!。
「わかったわよっ! うーん…よいっしょっ!!」
あ…鉄板から外れて明後日の方向に飛んでいきます…
食べものを粗末にするのは許しませんよ!はいっ! あわわわしているアイリさんですが、私が両手でお好み焼きをキャッチします。もちろん料理前に手は洗ってありますよ。
うまく崩さないようにキャッチできたので、鉄板に戻します。ハーフアンドハーフなお好み焼きは無事でした。
しかし。
「きゃーっ!レイコちゃん!」
慌てるアイリさん。水差しの水を手にかけようとしてきます。
「アイリ落ち着け! レイコちゃんはそんなのじゃ火傷しないぞ」
タロウさんが慌てて止めてくれます。焼いているお好み焼きがパーになるところでした。
「あ…ああ、そうだったわね。…ごめんなさい、去年のユルガルムでのあれ、思い出しちゃって…」
私の手を確かめながら、手ぬぐいで拭いてくれます。
「…ああ。その節はお騒がせしました」
ユルガルムで蟻の巣に自爆攻撃を仕掛けたときのことですね。後から聞いたけど、ほんとアイリさんは取り乱したみたいで。なんか申し訳ないです。
…その時の私の見た目も相当酷かったらしいです。全身の皮膚が蒸発してマナの体が剥き出しだったようで。
「ほんと、あの時はもうだめだと思ったんだから。…そう言えば、レッドさん喋ってたわよね?あの時。もう喋らないの?」
「ああそれは… マーリアちゃん、正教国でのことは覚えてる?」
「刺された時のあれね。うーん、なんか近くで知らない男の人の声がしたのは覚えてるんだけど、すぐ気を失っちゃったから…」
マーリアちゃんには、レッドさんの中のお父さんの話はしたんですけどね。半信半疑って感じです。声と外見が合わないですからね。
当のレッドさんは、お好み焼き食べてます。エカテリンさんが食べやすいサイズに切り分けてくれたものを、自慢のカトラリーで召し上がっています。肉たっぷりボリュームお好み焼き、口の周りにソースとマヨネーズが付いて、エカテリンさんに拭いてもらっています。
「マーリアちゃん気絶したって…何があったの?」
アイリさんの疑問に、エカテリンさんが正教国で起きた状況を簡単に説明してくれます。
魔人との戦闘の最中、とち狂ったハバエラという祭司にナイフでお腹刺された件ですが。
「っ!! マーリアちゃんっ! 大丈夫だったの?」
ダメですよ、女の子のお腹めくったりしたら。あと刺されたのは脇腹です。
「にしても。そんな怪我を治してしまえるなんてレッドさんは凄いな…」
「クー?」
今のレッドさんは、我関せずって感じですね。
レッドさんの中のお父さんの知識は結構頻繁に私に連結されているのですが。人格部分は全く起動しませんね。
「ふーん。レイコちゃんのお父さんの"真似"か。なんかややこしいのね」
「区別付かないマネが偽物なら、私も偽物だけどね。ただ、私とはまったく頭の中の動きが違うみたいで。それが理由であまり出てこれない…って言ってた」
記録された円周率を表示するのと、リアルタイムで計算して表示する…の違いみたいなものかな? 計算量が段違い。
「…偽物だなんて言わないで欲しいな。私達からしたら、レイコちゃんがレイコちゃんでレイコちゃんしか知らないんだから」
「あ~…はい、ごめんなさい」
アイリさんに叱られました。まぁ自分を卑下するような積もりはないんだけどね。悩んでも仕方ないのは分かっているけど、わだかまりが皆無とは言えないな。多分ずっとこのままだね。
「レッドさんの治療については元から持っているマナ量が魔獣並に必要とか、条件が厳しいので。あまり吹聴しないでくださいね」
魔術で治したみたいなことになって変に一般の人に希望を与えるのは、むしろ酷な場合が多いでしょう。
まぁ身体強化が使えるくらいにマナを持つ人なら、神経が切れた程度なら治せる可能性はありますが。腱が切れたとかまで行くと手術でもしないかぎり治療は難しいですし、手足を生やしてくれなんてのももちろん無理です。
「魔獣並って言われるのもどうかと思うけど。強化に失敗していたら私もあの人達みたいに魔人になっていたかと思うと…やはりちょっとゾッとするわね」
マーリアちゃんがマナ強化に耐えられたのは、偶然というか素質があったというか。正教国のリシャーフさんは並の騎士よりは強くなったようですが、誰にでも出来る施術ではありません。むしろ危険と言っていいです。
「アイズン伯爵の表情、あれを治したのもしかして?」
「…内緒にしておいてね」
信号のバイパス程度なら、筋肉や筋のような物理的修繕よりハードルは低いそうで。お父さんが出てこなくても、レッドさんでも処置できますが。神経だけの問題という怪我ってむしろ頻度は低いような。
「うーん。アイズン伯爵たま~に普通の笑顔になることが増えたと思っていたけど。結婚式の時は…あれはうれしかったな」
「でも、未だに悪い顔されるときがあるよな。わざとか?あれ」
「私は、悪い顔ってより渋いと思うんだけどね。タロウ、あなたもうちょっと悪い顔できるようにならないと、嘗められるわよ? よく言えば優しい顔つきだけど、悪く言えば付け込みやすくしか見えないんだから。せめてバッシュ会頭くらいは貫禄付けないとね」
「うん、ヘタレに見える」
マーリアちゃんにまで同意されています。
「…善処いたします。…髭でも生やそうかな?」
「「「絶対似合わないっ!」」」
マーリアちゃんが想像したのか、コロコロ笑っています。
「馬鹿なこと言っていないで。ほら、焼けた分食べないと鉄板が空かないわよっ」
「…姉さん女房が板について来ましたね、アイリさん」
「レイコ。姉さん女房ってなに?」
「私が住んでいたところでは、妻は年上の方が家庭が纏まりやすいって諺があってね。"姉さん女房は金の草鞋をはいて探せ"なんて言葉もあったくらいだし」
ちなみに。この金の草鞋ってのはキンの草鞋ではなく、カネの草鞋です。すり切れない鉄の草鞋を履いてでも捜しまくりなさいって意味です。財力でたらし込むって意味じゃ無いですよ。
「レイコちゃん。一応、私よりタロウの方が一つ年上よ?」
「え? そうなんですか?」
どう見てもアイリさんの方が年上っぽいけど。
あ、マーリアちゃんがさらに爆笑しています。よくわかんないけど、なんかツボに填まったようです。
「…なんで笑われるんだ?」
「全くそうは見えないって言われてんのよ」
はいはい。夫婦漫才もほどほどに。お好み焼き、どんどん焼きますよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます