第3章第011話 戦争の足音
第3章第011話 戦争の足音
・Side:ツキシマ・レイコ
ファルリード亭にいきなり馬車がやってきました。伯爵邸から、急の呼び出しです。
その馬車に乗って慌てて伯爵邸に出向くと、なんと軍相のカステラード殿下も見えていました。何事でしょうか?
「ダーコラ国軍が西の国境に現れた」
バッセンベル領は、ネイルコード王国の西四分の一を占め、となりのダーコラ国とは山地で国境を分けてますが。
国境の南の端は、山地からの河が幅の狭い三角州になっていて、そこで国境を接しているそうです。
雪解け時には毎年氾濫が起きるような場所だそうで、湿地も多く。三角州内は農業地としてはほとんど開拓されていないとか。
ただ、その三角州東西の山際の台地にはそこそこ農地が広がっており、三角州の上流で別れてきている支流をうまいこと農地の水原として利用しており。それら農業地と農村をまとめる形で、バッセンベル領の街が二つほどあるそうです。
ダーコラ軍が狙ったのは、その支流と本流との分岐点だそうです。
ここはもともと自分たちの土地だから水利権はダーコラ国にある…と一方的に通告し。大量の人足や兵士を労働力として投入して支流側に石を大量に放り込んで堰を作り、支流への水を二割程度に絞ってしまったとのこと。
ネイルコード国側が台地を農地開発する以前は他に農地も街も無く、支流の水を制限したところで、その水を使う宛は皆無です。今回のことも完全に嫌がらせ以上の意味は無いです。しかし、誰も住んでいない土地であったとしても、領有権というのは国の根幹です。
そこがバッセンベル領とはいえ、ネイルコード王国の一領。ダーコラ国の主張を座して見ているという選択肢は、国としてあり得ないのだそうです。
当然、いきなり戦争ということにはならず、まずは外交レベルでいろいろやり合ったそうですが。
しかしまぁ、話が通じない。支流を塞ぐなんて事をしても、我が国との関係が悪化するだけでダーコラ国側のメリットなんてものはは皆無です。その水を使うわけではないのですから。
喧々諤々と会談をした結果、ぽろっとダーコラからの要求が出てきたそうで。いろいろこねくり回している理屈を端的にまとめるに。
"赤竜神の巫女であられるレイコ様と、御子である小竜様を返せ"
引き渡せではなく、返せでです。
先方の主張ですが。どうも、ユルガルムの北の平原に赤井さんが私を降ろしたのは単なる間違いで。西の山脈を越えてきたというのなら、我が国の領土上空を飛翔したのは間違いなく、本来は我が国に降臨されるべき方だ…という理屈だそうです。…こんなところで領空なんて概念が出てくるとは思いませんでしたが。
…降ろす場所を間違えた? 赤井さんがそんなミスすると思っているのかしらね。
あと、その領土というのもエルセニム国という別の国だそうです。現在は正教国とダーコラ国の属国扱いだそうですが。
赤井さん、つまり赤竜神が、エイゼル市のキャラバンを指定したこと。なにより私自身がエイゼル市での滞在を希望していること。これらを説明しても。私が騙されている。私の発言が捏造されている。私を洗脳している。私が無理矢理引き留められている。もう言いたい放題ですね。
ここに来て、ダーコラ国は約一万の兵を出して、件の支流の分岐点近くに駐屯すると同時に、バッセンベル領側の街を伺うような行動に出ました。
ネイルコード王国としても、放置しておくわけにはいかず、ほぼ同数の一万の兵を出すことになります。
もう戦闘で勝つのが目的では無く、相手に手を出させないのが目的の出兵です。こちらが過剰に出せば、向こうも同じように出すだろうと、同数に留めるというのはそういう目的がある。…だそうです。
そもそも、勝ってもまったく旨みが無いというのもあります。無人の湿地帯から敵軍を追い返すだけのことに何万も出しては、完全に赤字ですし。ダーコラ軍側にすれば、うまくこちらの街を略奪でもできれば黒字なのですから。
…その後にネイルコード国が本気で報復する可能性とかは、まったく考えていないようですけど。
ちなみに、国力で言えば、ネイルコード国はダーコラ国の人口で倍、経済で四倍以上だそうです。そんな状況でどうしてネイルコード国に喧嘩を?と思ったのですが。ダーコラ国の向こう側に位置するのが、あの正教国。
ダーコラ国が何もしない分には、正教国に対する断衝国として便利そうなのですが。正教国に唆されているのか、虎の威を狩るなんとやら。ことある毎に、自分たちが上だ的な態度を取って、"いやがらせ"をしてくるそうで。
これでも昔は、ダーコラ国も正教国に怯えて、防衛協力強化のためにダーコラ国からローザリンテ殿下がネイルコード国に嫁いできたんだそうです。もう三十年以上前の話ですが。
ローザリンテ殿下は、元々はダーコラ国の王弟の娘だったのですが。その王弟が亡くなった後、ローザリンテ殿下は田舎の所領に押し込められてくすぶっていたところ。これまた当時はネイルコード国の第三王子で、エイゼル市に預けられている状態だったクライスファー陛下との政略結婚。
王位継承権があるだけの文官王族と、これまた田舎に干された王族の娘との婚姻。どこまで本気の防衛協力強化だったのかは、現在でも怪しまれているそうですが。とりあえず縁を持ったという実績だけが欲しかったようで。
その後、ダーコラ国は代替わり、それと共に中枢は簡単に正教国に取り込まれてしまったようで。以後、ローザリンテ殿下に接触してくるにしても、上から目線でのおねだりとかそんなことばかり。さすがにローザリンテ殿下も、ダーコラ国とは断絶状態だそうです。
「ダーコラ国に唯一感謝することがあるとすれば、我妻リーテを私の元に遣わせてくれたことだな」
とは、クライスファー陛下の言。
もちろん、前線に派兵する1万以外にも、後詰めの出撃態勢はとってあるそうですが。本音は、さっさと解散させて終わらせたいと。季節は、地球で言えば十一月くらい、もうすぐ冬です。宿営地を維持するも困難になってきますし、兵たちにも新年前後は家族の元で過ごさせたい。
…ということで。私がダーコラ国側に直接言ったら早いんじゃね? はい論破! …byネタリア外相だそうです。
「レイコ殿、すまないな。タシニでの示威で済むと思ったんだが。あの馬鹿の国には馬鹿しかいなかったようだ。」
カステラード殿下、相当頭にきているようですね。
「ファルリード亭、運輸組合、アイズン伯爵、この周辺には監視と警備の人間も増員してある。どうだろう、西に一緒に行ってくれないか?」
「…ふう、仕方ありませんね。ちょっぱやで片づけましょう」
「立場としては、地球国から派遣された観戦官となる。仮にダーコラ国との戦闘が起きても、レイコ殿が手を出す必要は無いが、何が起きるか分らないのが前線だ。心積もりだけはしておいてくれ」
うーん。人を殺す心積もり…ということですかね?
一対一なら、おそらくどんな相手でも殺さずに戦闘不能にすることは簡単です。ただ、いくら私でも、不殺で一万の兵士を完全に止めるのは無理だと思います。
私が手を出す必要は無いといわれましても。目の前でネイルコード国の兵士が沢山殺されているのに、ダーコラ国の兵士に対しては不殺。さすがにそこまで薄情には成れません。
はっきり言って、私はネイルコード国が好きです。大使の立場であっても、どちらの味方をするかと言われれば、答えは明白です。
…かといって、家族もいるだろうダーコラ国の兵士一万をレイコ・バスターで吹き飛ばす? …これも無いですよね。
…。
そもそも私は、元は日本の一般人ですよ! 本来、普通の暴力でさえ抵抗があるのに。人殺しなんてしたことはありませんし、したくもありません。当人の自業自得以外に、他人の生死に関わり合いたくもありません。
思わず、腕を組んで唸ってしまいます。
「済まんな、心労をかけて」
…カステラード殿下とは一度、私が出来ること、出来ないこと、明確にやりたくないこと、いろいろ相談することにしましょう。
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