第1章第035話 信仰の象徴
第1章第035話 信仰の象徴
・Side:ツキシマ・レイコ
アイリさんに付き合って、エイゼル市北の六六街の中にある孤児院併設の教会に来ています。
レッドさんを見て、目を開いて驚くザフロ祭司。
祭壇には、赤竜のレリーフが飾ってあるけど。うーん、目の鋭さと牙の多さで、あの赤井さんより二回りくらい恐いかな。
それにひきかえ、レッドさん。赤い鱗ではなくて、赤い和毛。六本の角にぶっとい尻尾。背中の翼は折りたたんであるけど。ドラゴンだというよりは、コスプレした仔犬って感じで。いきなりこの子がドラゴンだ!と認識できる人は結構少ないかも?
「まさか赤竜神様? 彼の方は大きさが定まらないという伝承もありますけど、むしろ大きくなる方の話だと思っていましたが。いや、赤竜神様に似ているだけの動物?…いやいや…」
「クー!クー!クー!」
本物です!と抗議するようにレッドさんが鳴いた。
「ああ失礼しました。え?しかし、いや…」
「ということで、ザフロ先生におみやげ話です」
アイリさんが、私と出会った下りを一通り話しました。
「小竜神様と、巫女様ですか…」
話が終わった後、ザフロ祭司は手で顔を覆って考え込んでしまった。
「レイコちゃん。レイコちゃんのことも、先生に話してくれないかな?」
「アイリさん、教会の人に話しても良いの?」
「伯爵の許可は貰っているってジャック会頭が言ってました。ザフロ先生には知っといて欲しいんだって」
ジャック会頭らに話した内容をここでもということですか?
ザフロ祭司が真剣な面持ちで私を見る。
「分りました。伺いましょう」
赤竜神である赤井さんと、私がこの世界に来た経緯を一通り話しました。
話を聞いたザフロ祭司は、深呼吸のような大きなため息をつきます。
「自分の信仰が敬虔かどうかは、自問自答する日日ではありましたが。生まれてこの方、今日ほどそれを問われる日はないでしょうね」
「神様として信仰していた対象が、実は元人間だったというのはショックかもしれないけど」
ザフロ祭司は、困ったような表情をして私たちを見た。
「いや、逆なんですよ…。そうですか、赤竜神様は元は人間…ふふふ…」
アイリさんと顔を見合わせる。彼女も、ザフロ祭司の様子に困惑しているようだ。
ザフロ祭司は、自分のほほをピシャンと叩いて、立ち上がった。
「まだ混乱はしておりますが。はい。私は私のすべき事、できることをするだけです! レイコ様、ありがとうございます。いろいろスッキリしました」
ザフロ祭司は、笑顔でわたしの手を取った。うーん、感謝されることをしたつもりはないが。彼の中で何か吹っ切れたようです。
「あー。私に"様"は要らないですよ」
「? それではレイコ殿でよろしいでしょうか? アイリさん、私にこのお話を持ってきたということは。エイゼル市教会と王都の教会との話を私に付けろってことでよろしいのでしょうか?」
「詳しくは聞いていないのですが。多分、伯爵から後でなにかお話が来るのではないかと思います」
代わりにエカテリンさんが答えた。そちらの方は彼女の方が詳しいらしい。
「承知しました。エイゼル市教会の祭司様とも話をする必要がありそうですね」
うーん。ザフロ祭司とアイリさんの間で話はまとまったという感じだけど、伯爵と教会の交渉ともなると、正直私は蚊帳の外。どうしたもんだと思っていると、私の様子を見たザフロ祭司が説明してくれた。
「レイコ殿。この大陸でもっとも大きな宗教組織である正教国と赤竜教にとっては、あなたは非常に重要な人物です。そこの小竜様も、赤竜神様本人ではないにしても、赤竜神御本尊に引けは取らないほどの存在です。ここは分りますか?」
とりあえず頷きます。
ジャック会頭らと出会うまでは、赤井さんがそこまで信仰されているとは思わなかったけど。赤井さんはもともとそういう宗教とは縁遠い人だったし。ただ、今の私が神から遣わされた巫女…くらいに思われているんだろうなという自覚はありました。正直、神聖視されるのは勘弁して欲しいですけど。
「しかし。今のレイコ殿の話は、教会にとっては看過できません。場合によっては教会の教義を丸ごと否定しかねないからです。この国では他の宗教も認められていますが、今の話は正教国からすれば異端に他ならない。もし、その小竜様がいなければ、異端者として処分対象になっていてもおかしくないでしょうね」
正教国には、異端審問みたいなのがあるみたいね。時代錯誤…って、ここはそういう時代ですね。
「あれで金だけはあるから、面倒くさいんだよな」
と、タロウさん。…正教国の資金は潤沢のようですが。どこから集めたお金やら。
「つまりレイコ殿は、生き神様として取り込みたいと同時に、いなくなって欲しい異端者という矛盾した存在になる訳です。多分伯爵は、このへんを利用してレイコ殿を正教国に認めさせつつも、適度に距離を取るような工作をしたいのでしょう」
なるほど。いろいろ心配かけて、アイズン伯爵には申し訳ない気分になる。なんだかんだで結構気を使わせてしまっているのね、私。
「神、そらに知ろしめす。すべて世は事も無し…ですか?」
「その言葉は?」
「地球の詩人の句です。神様が天におられるから余は平穏だ…という意味ですが。私の父は、神様が天に引っ込んでくれているうちは世は平穏だって意味だと言ってましたね」
「もし神様が降りてきたら、そのときはもう大騒ぎ…確かにそうですね。あなた方は降りてきた神でもありますね。ともあれ、万事了解いたしました。私にできるだけのことはさせていただきます」
ザフロ祭司が、深く頭を下げた。
「クー」
レッドさんを撫でさせて上げたら、えらく感動してくれてました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます