第59話 魔法が使える!


 それは突然のことだった。

夕食後の腹ごなしに、ミシェルとモバイルフォースで遊んでいると雷に打たれたように全身に衝撃が走ったのだ。

魔力がスパークしている!?


「どうしたの、ユウスケ? 具合でも悪くなった?」


 金縛りにあったように動けなくなった俺の顔を、ミシェルが心配そうにのぞき込んだ。


「いや、違うんだ。俺……魔法を使えるようになったかもしれない」


 ずっと理解できなかった哲学の命題を思いがけず解いてしまった感覚に近い。

それとも悟りの境地へ至ったとでもいうべきだろうか。

とにかく、何の兆候もなく突如として、俺は魔法を使えるようになった。


「あら、良かったじゃない。どんな魔法を使えるようになったの?」


 魔法を使えるようになるだなんてかなり特別なことだと思うんだけど、ミシェルは事も無げに喜んでくれた。

この世界ではごく一般的なことなのだろう。

リガールが火炎魔法を使えるようになったのと同じか。


「うん……『千里眼せんりがん』という魔法が使えるようになった」


 攻撃魔法じゃないところが俺らしい。

この千里眼は離れた場所でもライブカメラの映像を見るように、現地の様子がわかってしまう魔法のようだ。


「千里眼ですって!? 伝説級のレア魔法じゃない。やっぱりユウスケは特殊系の魔法が得意なのね」


 ミシェルによると魔法には攻撃系や防御系、支援系や創造系など様々なものがあるそうだ。

その中でも俺の『開店&閉店』や、今回の『千里眼』などは特殊系に分類されるらしい。


「便利そうだけど、一日に五分くらいしか使えないんだな」

「千里眼は魔力を大きく消費するから、どうしても肉体に負担がかかってしまうのよ。使い過ぎないように気を付けてね」

「ふーん……、さっそく使ってみようかな」

「何を見るの?」

「そうだなあ……」


 知っている場所や人物なら一発でその様子を見ることができるのだけど、千里眼の力はそれだけではない。

この魔法のすごいところは検索エンジンのように、キーワードで閲覧候補が出てくるところだ。

他にも地図アプリのような使い方もできるし、幽体離脱のように意識を体から飛ばして外の風景を見ることなんかもできる。


 魔力限界があるので、ライブ映像の持続時間は今のところ五分くらいだけど、視点カメラの移動速度は最大で音速を越える。

かなり広範囲を見ることが可能なのだ。

このようにすごい魔法だけに、体に負担がかかるというミシェルの言葉も素直に納得できた。


「とりあえず、外をうろついてみようかな」


 魔法を発動すると本当に幽体離脱をしているような感覚になった。

俺の視点は部屋の上の方に漂い、天井から自分とミシェルの頭を見下ろしている。

実体がないから人も壁も問題なく通り抜けられて、俺は大空へと舞い上がった。


「これはすごいな。月明かりのおかげで都の端の方まで見渡せるよ」


 城壁の上を巡回する兵士たちに近づいてみるけど、向こうが俺の視線に気が付く様子はまったくない。

彼らの体をすり抜けても気配さえ感じられないようだった。


「次はどこに行ってみようかな?」

「気を付けてね。知らず知らずのうちに消耗してしまうから」

「わかった」


 ミシェルの声が微かに聞こえる。

遠くにいるような、それでいて近くにいるような不思議な感覚だ。

そういえばちょっとだけ息苦しくなっている気がするぞ。

でも少しジョギングした程度の感覚だから、まだいけるだろう。

俺は一陣の風になって縦横無尽にこの世界を飛び回った。


       ◇


 息が白くなるほど寒い朝だ。


「ユウスケさん、カレーせんべいをちょうだい」


 震えながらやってきたのはメルルとミラだった。

カレーせんべいを食べると体が温まるので、今朝は冒険者たちによく売れている。

俺もこの世界に来たばかりのときは食べて暖をとったものだ。


「私にはさっちゃんイカをください」


 ミラは混迷防止になるさっちゃんイカを買っていた。

おそらく今日も金蛙を狩りに行くのだろう。


「どうだい、金貨は出た?」

「まだです。今シーズンに入ってからは七体しか討伐できていませんもの」


 金貨がドロップする確率は百分の一である。

七体ではまだまだ道のりは遠いだろう。

どれ、ちょっとだけ千里眼の力を試してみるかな。


 俺はキーワードを金蛙、場所をダンジョン地下三階にして千里眼の魔法を発動した。


「おお、いるぞ……」

「ちょっと、なに遠い目をしているのよ!? 表情が危ないわよ、ユウスケさん」


 メルルの声が聞こえたけど俺は無視して探索を続ける。

そして金蛙が五体もいる場所を見つけることができた。


「なあ」

「あ、戻ってきた。さっきは神殿の巫女さんみたいにトランス状態って感じだったよ。大丈夫なの?」


 千里眼を使っている間の俺はそんなふうに見えるんだな。


「それよりも、狼の頭をした石像の場所はわかるか? 近くに赤い旗が三本立っているところ」

「それはリプリスの神像ですね」


 ミラが答える。


「そこの右側の通路をまっすぐ進むと、さらに右に入る細い通路があるんだ。人一人がギリギリ通れるくらいの通路な」

「知っています」

「その奥の袋小路に金蛙が五体いるぜ」

「はっ?」


 突然のことにミラとメルルは目を白黒させている。


「信じる、信じないは二人次第だ。ただ、どうせ地下三階へ行くのなら試してみる価値はあると思うぞ」


 メルルとミラは顔を見合わせて思案している。

やがてメルルがおずおずと質問してきた。


「どうしてユウスケさんはそんなことがわかるの?」

「ちょっとした占いみたいなものだよ」


 千里眼の力を広めるのはよくないと思ったので適当に誤魔化しておいた。

ほら、この力で女湯を覗いているなんて思われたら心外だろう? 

実は昨日ミシェルにも釘を刺されたんだよ。

千里眼を使って私以外の女の裸を見たら呪う、って。

そんなことするわけないのにな。

し、しないぞ……。

うん、するもんか。

呪いが怖いもん……。


 この力を地図作りに利用しようと思ったけど、上手くいかなかった。

だって、メモを取りながらだと五分なんてあっという間なのだ。

しかも五分まるまる使ったら胸が苦しくなって、動悸とめまいに襲われてしまった。

千里眼を使っての地図作りは止めておいた方が無難だろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る