第44話 立札


 駄菓子のヤハギに用意されたスペースは広く、横にはモバイルフォースの闘技場までしつらえてあった。

エッセル男爵のいきはからいである。


「開店、駄菓子のヤハギ」


 今日は屋台タイプの店舗を出した。

屋外で使うにはこれがちょうどいい。


「なんだこれっ!?」

「見たことないものがならんでるぞ!」

「きれい……」


 さっそく近所のキッズたちが集まってきたな。


「いらっしゃい。こちらは都で大人気の駄菓子屋さんだよ」


 大人気ってほどじゃないけど、売り口上こうじょう大袈裟おおげさになるのは露店の常だ。


「ここに書いてあるガムってなに?」

「飲みこまずに噛んで楽しむお菓子なんだ。当たりくじ付きだぞ」

「当たりくじって?」


 子どもは目をキラキラさせながらどんどん質問してくる。

やがて、一人少年がポケットから10リム硬貨を取り出した。


「これください」


 彼のチョイスはコーラ味の大玉キャンディーだ。

この世界にはコーラもサイダーもないから、なかなかのチャレンジャーだと言える。

未知なるものに挑戦するのは勇気のいることだろう。


「ありがとう。包み紙にくじがついているからよく見てな。それからごみをその辺に捨てちゃダメだぞ。ゴミはこの段ボール箱に捨ててくれ」

「うん」


 ごそごそと包み紙を開いていた少年が、恐る恐るといった感じで大玉キャンディーを口に入れた。


「うまっ! これうまい! それにでかい」


 飴玉で口の中がいっぱいになったのだろう。

少年はじゃっかん喋りにくそうにしていたけど、大きな声で感動を仲間たちに伝えている。


「俺にはガムをちょうだい!」

「私、チョコレート!」


 うんうん、子どもはどこの町でも元気だ。

今日はダンジョン内ではないので、ロケット弾などの危険な商品の販売はなしにした。

あれは冒険者専用のアイテムだから、子どもにはちょっと早すぎるだろう。


 そういえば男爵にはモバイルフォースを広めてほしいと頼まれていたよな。

せっかく闘技場も用意してくれてあるのだから使わない手はない。

サナガさんからはモバフォーの武器も委託販売として預かっている。


「ミネルバ、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「モバフォーの演武を見せてよ。都のチャンピオンがやるんだからいい客寄せになると思うんだ」

「わかった」


 ミシェルが自分のキャンを取り出して動かし始めると、子どもたちの注目はそっちに移った。


「すげえ! 人形が動いてるぜ」

「どうやっているんだ?」


 子どもたちは興味津々だ。


「これはモバイルフォースと言って、都で大人気のオモチャさ」

「僕達でも動かせるの?」

「もちろんさ。魔力があれば誰だって動かせるんだよ」


 さすがに300リムをポーンと払う子はいなかったけど、みんな興味津々の様子だ。


「一個300リムだって?」

「はい、そうですよ。どれでも一つ300リム」

「それじゃあ一つもらおうか」


 孫を連れたおじいさんが大銅貨三枚を俺に手渡してくれた。


「どれにする?」

「んーーーー……、ガンガルフ!」


 小さな子供は主役級のメカがお好きなようだ。


「さっそく組み立てて遊んでみるかい? 今なら都のチャンピオンが指導してくれるぞ」

「わ、私が!?」


 驚いたミシェルが元の声になっていた。


「少しくらいいいじゃないか。ミネルバは教えるのも得意だろう?」


 もとは魔法学院の先生をしていたのだ。

俺に指導してくれるときも丁寧だった。


「わ、わかった。少年、こちらに来たまえ」


 やっぱりミネルバの教え方は上手で、少年はすぐにガンガルフを歩かせることができるようになっていた。

こうなると他の客も次々とやってくる。


「グフフをください」

「こっちはザコを」

「おれ、母ちゃんを連れてくる!」

「私も!」


 こんな感じで用意していた40箱は全部売れてしまった。


「明日は何時からお店をやるの?」


 目を血走らせた青年が訊いてくる。

彼は最後のザコを購入したはずだ。

ひょっとすると他の種類も欲しいのかな?


「明日は10刻くらいからかな」

「本当に? よーし、その時間に来て全部買います。今のうちに予約させてください」


 エッセル男爵はモバイルフォースを広く領民に行き渡らせたいと考えていた。

俺だって多くの人に楽しんでもらいたい。

だから買い占めは認められない。


「それはできないよ。今回は一人一箱しか売らないからね」

「どうしてですか!? 何なら手付金を払ってもいいです!」

「なるべく多くの人に知ってもらうために今回は一人一箱って決めているんですよ」

「そんな、どうせ儲けは一緒だろう? 何なら一箱400リムを払ってもいい!」


 面倒な客だなあ。

さて、どうやって追い払おうかと考えていたら5人組の兵士が一列に並んでこちらへ走ってきた。

そして俺に一礼すると店の横に立札を掲げていく。

一体何が書いてあるのだろう?


   告

 モバイルフォースの買い占め、転売を固く禁じる。禁を破りし者は三十日間の強制労働を申し付けるものなり

                         領主 エッセル・モウ男爵


 あれ? さっきまでモバイルフォースを売れと言っていたお兄ちゃんがいなくなっているぞ。

さては転売目的だったのか。

エッセル男爵はこうなることを見越していたのかな? 

事前に転売ヤーを防ぐとは、あのおっちゃんはやっぱり切れ者なのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る