第19話 甘い誘惑
◇◆◇
これは夢だろうか?
私は今ユウスケとデートに来ている。
夕飯の材料を買うための市場デート。
今日は比較的自然な感じで家に誘うことができた。
勇気を出してユウスケの肩を掴んで本当によかったと思う。
やっぱり恋愛は行動力なのね。
一緒に夕飯の買い出しだなんて、まるで同棲しているみたい。
ああ、なんだか体が熱い……。
「ミネルバはお酒飲める?」
「少しだけなら」
「じゃあワインも買っていくか」
私を酔わせてどうする気かしら?
でもいいの、ユウスケなら私の初めての相手にふさわしいもの。
そして一生のパートナー……。
でもその前にご飯よね♡
薬草と秘薬をふんだんに使って、天国の味を脳と体に刻んであげなくちゃ!
男心を掴むにはまず胃袋を掴めって言うものね。
美味しいものをたくさん作ってあげるんだ。
私から離れられなくなるくらいに……。
◇
夕飯の材料を買い込んでからミネルバの家へ向かった。
ミネルバは材料費も自分で出すと言ったが、世話になるのだからそうはいかない。
一緒に飲もうと少しいいワインも用意したぞ。
男友達と酒を飲むだなんて、この世界に来てからは初めてだ。
今夜はこちらのことをいろいろと教えてもらうとしよう。
町の中心部から離れたところにミネルバのアパートはあった。
目立たない裏路地の奥で、隠れ家みたいなところである。
しかし建物の内部は広く、
「いい所に住んでいるなあ」
「それほどでもない」
「いやいや、
開いた扉の奥に円形の
浴室は広々していて数人で入っても余裕なくらいだ。
浴槽の底に青いタイルが張ってあって、とっても豪華に見えた。
「よければ先にお風呂に入るか? それともご飯? それとも……わ・た・ブーッ!」
「なんで血をたらしているんだ!? しっかりしろ、ミネルバ!」
銀仮面の下から大量の血がしたたり落ちている。
まさか、
「すまん、(妄想の)力が暴走した。大丈夫だ……」
「とても大丈夫には見えないぞ……」
「信じられないかもしれないが、私は元気なのだ。元気過ぎて困っている」
強力な魔法の反動か何かだろうか?
「ユウスケは先に風呂に入ってきてくれ。その間に食事を作っておくから」
「俺も手伝うぞ」
「キッチンには入ってほしくないのだ……」
「わかった。それじゃあ、風呂を使わせてもらうな」
「ゆっくり入ってくれ」
ミネルバが少し手を振っただけでお風呂はお湯で満たされる。
さすがは一流の魔法使いだった。
◇◆◇
私としたことが、ユウスケに抱かれる想像をしただけで鼻血を出してしまった。
今のうちに仮面を外して洗っておこう。
あまり時間はない。
料理に混ぜる黒トカゲの肝の下処理をしないとならないのだ。
これには非常な手間がかかる。
だけど食べれば一年間は病気知らずになるのだ。
あっちの方も強くなるらしい……。
いけない、また鼻血が……。
私がしっかりしないでどうする。
恋人の健康は私が管理しないとねっ!
「
武技魔法の応用でみじん切り、鍋に圧力を加えてスープの用意も。
いつもより魔法の調子がいい。
きっとこれが愛なのね。
ユウスケのためなら私はいくらでも強くなれる気がする。
料理は順調に進んだ。
ユウスケがお風呂から出てきた。
「いい匂いがしているなあ」
袖なしのシャツに着替えて腕がむき出しになっている。
やだ、けっこうゴツゴツしてる……。
普段からきれいな指先をしていると思って見てたけど、こういう腕も私好み。
今すぐ触れてみたい。
「手伝うことがあったら言ってくれよ」
ダメよ、ダメダメ、今は料理に集中しなきゃ。
「問題ない。ユウスケは10リムゲームをしていてくれ」
私は何とか感情を押し殺して、料理の仕上げに入った。
◇
ミネルバが身もだえていたけど、油でもはねたのだろうか?
彼は回復魔法の達人でもあるので心配することもないだろう。
料理を待っている間に10リムゲームを出して、居間の中で挑戦させてもらった。
なんとか今晩中に万能薬をゲットしたい。
時間とともにポケットの中のコインはどんどんゲーム機に吸い込まれていった。
硬貨が下の方へ行くほどゲームはどんどん難しくなる。
瞬く間に32枚の銅貨が消えたけど、ようやくコツを掴んだ気がした。
「あなた~♡、じゃなかった。ユウスケ、ご飯の準備ができたぞ」
ん、今呼ばれたか?
ゲームに集中していてよく聞いていなかった。
「呼んだ? って、美味そう! すごいな、ミネルバは」
テーブルの上には数々のご馳走が並んでいる。
「ところで、ミネルバはどうやってご飯を食べるの? そのままじゃあ……」
駄菓子なら隙間から差し入れることもできるけど、ご飯となると仮面を外さなくては食べられないだろう……。
「うん、今から外す」
えっ、外すの!?
意外に思ったけど俺は何も言わずに待つ。
さて、どんな顔が現れるのだろう。
って、なんじゃこれ?
◇◆◇
こうなることはあらかじめ予想していた。
二人で食事をするためには仮面を外さなくてはならない。
だがまだ私が女であること、もっと言えば魔女ミシェルであることをユウスケに知られるわけにはいかない。
もし、彼が私の真の姿を知ったらどうなるか……、私はまだ確信が持てないでいた。
「なあ、何をしたんだ? ミネルバの顔の部分にだけニコニコマークがついているんだけど!」
「すまないが認識阻害の魔法を強くさせてもらった。私にもいろいろと事情があるのだ」
「そうか……。まあ、いいや! ご飯を食べよう」
「うん」
ユウスケは私が考えていたよりずっとおおらかな人で、二人は夢のようなひと時を過ごした。
彼は話題が豊富だったし、私がこの国のあれこれを教えてあげると、本当にうれしそうに聞いてくれた。
でも知的なくせに、意外と常識に欠けるところがある。
鑑札のことだって知らなかったのだから。
ほんと……私がついていてあげなくちゃダメね♡
そうだわ、いっそユウスケがここに住めばいいんだ!
「よければユウスケもここに住んでいいぞ。部屋ならたくさんある」
「そうはいかないよ。俺だって自分のアパートを借りたいんだ」
……帰したくない。
『監禁』の甘い誘惑が私の頭を痺れさせる。
ここから出さずにいて、私なしでは生きていけなくなるほどユウスケを甘やかしてしまいたい。
『無限回楼』の結界を使えば閉じ込めておけるかな?
でもだめよ。
そんなことをすれば彼は私を愛してくれなくなってしまうかもしれない。
それに私は冒険者を相手に駄菓子屋をしているユウスケを見るのが好きなのだ。
でも少しの時間でいい、私だけの駄菓子屋さんでいてほしい。
ああ、どうしたらいいのかしら!
私の悶絶はユウスケが寝てからも続いた。
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