前のエピソード――第32話　薔薇と月光、創作の原点を追う旅

家人の仕事の関係でニューヨーク州アップステート(北部地域)の町を訪ねた時、不思議な体験をした。気のせいだと言ってしまえばそれまでのこと。でも私は勝手に、それは本当にあったことなのだと解釈している。

その通りにはぱっと見素敵な家が並んでいた。そう、かつてはとっても素敵だっただろう家々だ。ピンクやミントグリーン、スカイブルーなんかの可愛らしい壁色にデコラティブな窓や屋根。ざっと100年は前のもの。華麗なるヴィクトリアン。しかしもう、住む人もなくて久しいのだろう、歪みや退色の著しいものも多い。元が良いだけに、その劣化ぶりにはなんとも心ざわつかせるものがある。

はっきり言おう。可愛い、けれど怖い。もう、それ以外にはありえない。車を止めて撮影しようかと思うほどに洒落た家。しかし同時に通り過ぎたそこを振り向きたくないような気配。勝手な先入観だ。アメリカのテレビ番組ではこの手のロケ地は枚挙にいとまがない。誰もが安易に想像できる心霊スポットだったりする。「ありがち！」なんて茶化してみたものの、近くで見るとものすごく説得力があって乾いた笑いが出そうだった。

そしてその時、私は見たのだ。玄関前ウッドデッキに座ってこちらを見る女性二人。「うそ、住んでる人いるんだ！」驚いて振り返った。でもそこには人影どころか椅子さえもなかった。「……」家はバックミラーの中でどんどん小さくなっていった。

数時間後、街中の本屋の小さな歴史案内コーナーには既視感のある写真が並んでいた。家の前でくつろぐ人々。活気ある当時の様子。そう、思えば彼女たちはなんとも時代錯誤な服装だった。ご丁寧に帽子まで被っていたような気がする。二人して黒いレースの何かが印象的だった。

それはどこかで見た何かだったのかもしれない。イメージが重なり合って作り出されたいたずらな何か。けれど、もしかしたら……。

私は小さな本を買った。その町の名をタイトルに持つ２０世紀初頭のアメリカ建築についての本だ。中には多くの白黒写真。パラパラとめくっていけば、いつしかそれは鮮やかな色になって蘇った。あの家で、彼女たちは今日も仲良く通りを眺めているのだろうか。