自殺飽女は死を嫌う

ナガイエイト

第1話

 都内某所にあるビルの屋上。そこで一人の少女、篠右秋奈しのうあきなが落下防止用の安全柵を乗り越え、ビルの縁に立っていた。


 「生きる価値も無い私は、早く死んでしまおう」


 躊躇いなんてなかった。


 当たり前のように、彼女は虚空に向かって歩きだした。


 だが、彼女が踏み出したのは虚空、空中だ。魔法が使えるわけではないので、当たり前のように歩けるわけがない。


 彼女は、落下した。当たり前だろう、この世界には自由落下運動というものがあるのだ。もしそれが無ければ、彼女は生きながらえていただろうが、しかし、残念ながらあるのだ。


 それは、しかし彼女にとっては幸運と言ってよかった。


 秋奈は迫り来る死に、一切の焦りもなく、呼吸を乱すこともせず、バイタルも正常通りだった。


 いや、そんなものを感じる暇も、測る時間もなかった。


 落下する寸前、路上を歩いていた少年と激突したことにも、秋奈は気付かなかった。


 享年16年、篠右秋奈。


 享年17年、仇華葉絞あだばなはじめ





 もし、ニュートンの上に人が降ってきていたら、世界の物理学はどうなっていただろうか。

 

 果たしてそれは、きっと何も変わらなかった。


 世界は、一人の喪失ではそうそう変わらない。変わるとすれば、


 新たに一人誕生したときだ。

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