第59話 戦場でのシャワーの浴び方


 時間にして30分もせずに、敵の声がせずに屋敷入口は静かになっていく。蛇の要素を持っている蛇蝎やヒドラたちは無傷で、その体を使って敵を感知しようとしていた。だがその敵は既にいないのか、彼女たちも戦いを終えて、人間の姿に変化してこちらに歩いてきた。その通り道には手足の一部が砕けて石化している侍たちがいる。そんな彼らを眺めながら、俺はメイドになんで宝刀を使わなかったかを問いかけた。その一方で、オリジナルの蛇蝎やヒドラが「わっちたちは使えます」とエレンと比較して豊満な胸の谷間を寄せて、俺に売り込みをかけてきた。だが彼女たちは自分たちがしゃべったせいで、メイドの話の腰を折ってしまった事にすぐ顔を青ざめて俺から距離をとった。その姿を見てため息を吐いたメイドは、俺に宝刀を使わない理由を教えてくれた。

「何故って……先ほど言いましたよね? シャワーが浴びたいからです。血を浴びたくない。レディ、蜃をください」

 メイドがしゃべっている間に、ヒドラや蛇蝎が敗残兵たちを片付けると息まき、再び怪物たちへと変化し、逃げ去るようにこの場から去っていく。

「よっぽど元の飼い主が嫌らしいな」

「それはそうでしょう」

 事情をおそらく知っているメイドは、俺の独り言に同意した。だが詳細を語るつもりは無いらしく、メイドは屋敷周辺に敵がいなくなったと判断し、俺にアイテム欄から宝刀「蜃」を取り出すよう要求してきた。訳が分からないまま俺は彼に宝刀を手渡すと、彼は嬉しそうにそれを手に取って、鼻歌交じりに「席を外します」とまだ屋根や壁がしっかりのこっている蔵へと入っていった。刀を持って蔵に向かうって、何をする気だ? メイドの行動に対して疑問を抱いて後をついていくと、彼が足を止めて「一緒に来ますか?」と俺の方へ振り返り、問いかけてきた。俺はどうしようか考えるも、エレンやカグヤも狙われやすい外にいるより蔵へ向かいたいと言ったので、メイドの後についていくことにした。

 吹き抜けのせいか、天窓から外の光を差し込み予想以上の明るさを感じさせる蔵は、外から見るよりも奥行や広さを感じさせる。土づくりの地面や、屋内の隅に草を編み込んだような丈夫そうな箱や、木箱が積みあがっている蔵の中心にメイドは立ち、地面に蜃を突き刺した。そして大きな俵を数個肩に担ぎ、俺たちの方に放り投げてきた。その投げられた俵を避けつつカグヤが、「米俵を片手で!?」と驚いている。

「すぐ終わりますが、立たせて待たせるのは性に合いません。座っていてください。あとレディ、タオルをまたいただけますか?」

「ああ。わかった」

 メイドの方へ歩みより、入手したばかりの侍を一人消費し、全身を覆えるくらいの長さや幅を持つバスタオルを生成して、彼に渡した。それを彼は「感謝します」と受け取ると、メイド服を脱ぎだした。彼は俺たちの視線を気にもせずに、脱いだ衣類全てを俺に手渡した。もちろん黒の革靴も。すると俺の背後に立つエレンと目があったのか、「見たければ見ても良いのですよ」と勝ち誇るようにエレンやカグヤに語り、笑った。後ろを振り向けば、俺の背後でエレンはメイドを見ないように、自分の手で目を隠している。だがその指がちらりと動き、その指の隙間から天窓から光を浴びて輝くようなメイドのくびれのある四肢を眺め、「負けた……」と呟いている。その横で逆に目を大きく開き、まるで焼き付けるようにメイドの体をまじまじと見ているカグヤは、「まさに神の如し造形美じゃ」と全裸のメイドに太鼓判を押していた。

 まるで日焼け後を見せつけるように服に覆われていた傷一つない白い肌や、戦闘の凄惨さを見せつけるように赤い血しぶきを浴びた手足。確かにカグヤの言うように、メイドの白磁のような肌が天窓から浴びる光を受けて、燦燦と輝いているような気がした。

「離れたほうが良いですよ。レディ」

 全裸でメイドが水を操る宝刀『蜃』を握り、捨て猫や羽虫を追い払うように俺を手で払い、「吹き抜けで助かりました」と口元を大きく開いて笑った。

「ま、まさか」

「そのまさかです」

「豪快だな。ならタオルもよこせ。濡れたら意味ないだろ」

 俺はメイドの手からタオルを取り上げ、彼から距離をとった。その配慮に彼は「ありがとう」とだけ言い、宝刀に力を込めた。その力に呼応するように、宝刀を水流が覆っていく。その光景を見て、俺は被害を被らないように、エレンやカグヤに出来る限りメイドから離れるよう話しかけ、蔵の入り口付近へ退避した。蔵の入り口には吹き抜けだが蔵の二階へ続く木製の階段があったため、それを登り、まるでバスケットコートやテニスコートを見学するように二階からメイドの贅沢なシャワー、いや、水浴びを見学した。

「二階に避難してよかったな」

 水浸しになった一階の状況を見物しながら、俺はカグヤたちに問いかけた。するとカグヤが、まだメイドの体をじっくり眺めながら、首を縦に振った。

「レディ殿も童の様に雅な黒髪故美しい容姿をしておるが、メイド殿も負けておらぬな。エレンのような美しさを見せている」

 宝刀から放たれる水流を華麗に操りながら豪快な水浴びをしているメイドを眺めていると、カグヤが俺達の容姿を褒めてきた。

「じゃがレディ殿たちは、これからどうするのじゃ?」

 水流が止み、メイドが宝刀を肩に担ぎながら、跳躍して二階にやってきた。全裸で跳躍したせいか、カグヤは「良いものを見た」と感想を漏らし、エレンは「な、なんて物を見せるんですか!」とあたふたしながらメイドを指さし抗議していた。だがメイドはエレンをまるでいない者のように扱い、俺からバスタオルを受け取って体の水滴を吸い取っていた。その姿にエレンがキャンキャンと吠えるように怒ったのは言うまでもない。

「ちょっと綺麗だからって調子に乗らないでください! 私だって」

 着ている和装を脱ごうとするエレンだが、それをカグヤは羽交い絞めにするように引き留めていた。

「その物言いの仕方が負けを認めている証拠じゃ! エレン」

「むぐぐ」

 メイドは文字通り水も滴る何とやらと言ったように、濡れ髪のまま俺の方へ微笑し、火に油を注ぐ様に口を開いた。

「今度は一緒に浴びましょう。何せ私たちは、同性なのですから」

 エレンはメイドの一言を受けて「ずるいです! 私だって、エルフの中では美人なんです!」と叫び、やはり服を脱ごうと暴れていた。だがその声よりももっと甲高く、凄惨な悲鳴のような女性の声が蔵の外から聞こえてきた。俺たちはその声に動きを止め、一気に周囲を警戒しようと身構えた。だがそんな中でただ一人のんびりとメイド服を着こんでいるメイドは着替えを終えて、使用済みのバスタオルを興味なさげに一階の方へ捨てた。

「大したことはありません。おそらく死んでいないでしょうから」

 メイドは全てを理解しているようにそう言うと、俺たちを先導するように階段を下りて、蔵から出ていった。

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