オルゴニア人民政府物語

プロ♡パラ

審問官ブレイクスリーはカルドレイン王国を出奔し、オルゴニア皇帝の庇護を求めて北へと逃亡する。1


 魔術に目覚めたばかりの人間が放つ魔術など、物の数ではない。審問官ブレイクスリーは、きょうもまたそう思った。

 衝動のままに向けられる魔術の炎のひとつひとつに、冷静に、的確に打消し呪文を当てていく。

 非存在方向の力を受けた魔術の炎は次々に蒸発していく。

 荷電粒子の匂いの蒸気だけが後に残り、やがてそれも搔き消える。

 ブレイクスリーは、路地裏の袋小路に負いつめた標的をじっと見定めた。

 ──例によって若い男、利発そうな顔つきが精神的動揺によって歪められている。こちらをにらみつけているが、怯えの色合いがほのめかされている。壁を背につけているが、しかしまだ諦めるつもりはないらしい。

 たしかに、魔術師として目ざめながらも最終的に逃げおおせた人間もいないわけではない。しかし、それはあくまで例外である。ほとんどは審問官の手によって捕らえられている。

 このカルドレイン王国の全土には監視網が敷かれている。王権には、高貴な責務として魔術師を捕らえてしかるべき処置を施すことが求められている。

 ブレイクスリーは努めて職業的な穏やかさで口を開いた。

「王命によってお前を捕らえる。抵抗をやめろ」

「ふ、ふざけるなっ」若い男は声を上げた。「ふざけるなふざけるなふざけるなっ。ちくしょう、どうして俺がこんな目に──」

「これ以上手荒な真似はしたくないんだ。おとなしくしてくれ。安心しろ、なにも死ぬわけじゃあない……ちょっとは痛いかもしれんが」

 若い男の顔が途端に怒気で紅潮した。

「──捕まってたまるか!」

 彼は眼を見開いた。

 根源的な怒り──自由を妨げ、自分を捕らえようとする無慈悲な権力への根源的な怒りがあった。社会への怒り、望んでもいないのに得てしまった魔術の力への怒り、世界への怒り、全てへの怒り。そしてその激しい衝動は現実世界に投影され、渦を巻き、巨大な炎の塊を形作る──

 爆発的に膨張した空気が路地裏を吹き荒れる。

 熱く乾いた暴風の中、ブレイクスリーは形成されつつある炎の塊をじっと見据え──そしてその術者本人を見据えていた。

 やはり甘いな、とブレイクスリーは思った。隙が大きすぎる。隙の大きさというのは魔術師にとっては致命的である。

 ブレイクスリーは腰に下げた剣を引き抜いた。口の中で素早く呪文を唱えながら切っ先を火球へと向ける──

 剣身に滴るように伝って放たれるそれはささやかな呪文だった。しかしその小ささゆえに、音もなく静かに、一瞬で対象へと到達する。

 途端、火球を形作っていた魔力の正常な流れが乱された。術者本人はその吐き気のような乱れを正すことができない。激しく強大な火球魔術は、しかしその強大さゆえにこのささやかなほころびによって完全性を阻害される。

 やがて、火球は泡立ち──しぼみ──解かれ──そしてなすすべもなく完全に打ち消された。

「観念するんだな」と、ブレイクスリーは唖然とする標的に向かっていった。

 改めて剣の切っ先を標的へと向け、対象を魔術的な眠りにつかせる呪文を唱えた。

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