第111話【あふれる想いと永遠の感謝】

 部屋の扉が閉まるとふたりの間になんとも言えない空気が溢れ出す。


 お互いが何かを言おうとするが上手く言葉に出来ない状態だったが先に言葉を発したのはナナリーからだった。


「せっかくリリスさんが時間をくれたのに何も言わないまま時間が過ぎるのは嫌なので私から言わせて貰います」


 そう前置きを話したナナリーは顔を真っ赤にしながらも僕の目を見ながら言葉をつむいだ。


「ナオキ様。私はあなたの事が大好きです。

 あなたが私のアザを治してくれてから私の未来は全くの別物になりました。

 全ての事に後ろ向きで人前に出るのも躊躇ためらわれていた私の一筋の光……いえ、私の未来を照らす太陽のように輝くあなたにかれて今の私があるのだと思います」


 ナナリーはそう言うとそっと僕の側に歩みより、僕の胸に頭を付けて言葉を続ける。


「渡されたお手紙を読んでナオキ様とリリスさんが婚姻の儀式を行った事は知っています……。

 この国では基本的に一夫一妻でリリスさんと結婚されたナオキ様に私が言い寄る事は許されません。

 ですが……ですが……」


 ナナリーが僕の胸に手を触れて顔を上げると目に大粒の涙を溜めた彼女の顔が間近に迫る。


「今だけ……抱きついても良いですか?」


 ナナリーはそう言うと僕の返事を待たずに胸に飛び込んで来て涙をこぼしながら僕の名前を何度も呼んだ。


「ナオキ様。ナオキ様……」


 僕の胸で泣き続けるナナリーの頭を僕は彼女が落ち着くまで優しく撫でていた。


「――ごめんなさい」


 暫く泣き続けたナナリーから突然ぽつりと謝りの言葉が出る。


「迷惑ですよね。

 結婚したばかりの男性に対してこんな事を言う女なんて……本当に私って嫌な女ですね」


 泣き腫らした顔で僕を見上げるナナリーは今の自分の行動がいかにナオキに迷惑をかけているのかを認識して表情が曇る。


 そんな彼女を見て僕がかけた言葉は「ありがとう」だった。


「えっ?」


 僕の言葉の意味を理解出来ないでいるナナリーは涙でぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭いて僕の言葉の真意を聞くために僕の顔を見つめた。


「そこまで僕の事を想ってくれてありがとう。

 正直、ナナリーさんは努力家で大変魅力的な女性です。

 ただ、あなたもご存知のとおり僕はリリスと婚姻を結びましたのであなたの気持ちには応える術がありません。

 大変申し訳ありませんがご了承を頂きたいです」


 この国の制度が一夫一妻制である限り彼女の気持ちには応えられないのが現実だ。

 彼女のためを思うならば中途半端な期待は残しておくべきではないだろう。


「――して……」


「え?」


「私に治癒魔法をかけてください……」


 僕の言葉を聞いたナナリーは突然そう告げた。


「胸が苦しくて死んでしまいそうなんです。

 ナオキ様の治療魔法は全ての病気を治す事が出来るのですよね?

 この苦しさから私を救い出してください。お願いします」


 ナナリーはそう言うと服を脱ぎだして上半身をさらけ出した。


「見てください。ナオキ様が治してくれた胸のアザは元から無かったように綺麗に消えました。

 お願いします。私の我儘わがままだとは分かっていますが、もう一度だけナオキ様の温もりを私にください」


 ナナリーは露わになった胸を隠す事なく僕の手を握りしめて涙を流しながら何度も懇願こんがんした。


「君の気持ちは分かったよ。

 このままでも治療は出来るけど身体全体に魔力を巡らせるにはベッドに横になった方がいい。

 それと、服は着ても大丈夫だから着てくれると助かるかな……。

 その……君は魅力的だからそのままだと間違いが起こらないとも限らないからね」


 僕は意識して彼女の身体を見ないようにしながらそう言うのを聞いたナナリーは「ありがとうございます」とお礼を言いながらベッドに横になる。但し服は着ないままで……。


「服は着てって言ったのに……」


 僕は仕方なく大きめのタオルを彼女の胸の位置に掛けてから治癒魔法の準備に入った。


「それじゃあいくよ。

 完全治癒ヒール


 僕の魔法と共に魔力の注入が始まる。正直、彼女は病気と言っても『恋のやまい』だと思っていたので魔力の注入は始まらないのではないかと思っていた。


 しかし、実際に魔力の注入は続いている事に困惑しながらもリリスの言っていた『きちんとケリをつけなさい』の言葉に僕は気を引き締めた。


「ああっ。ナオキ様が私の中に入って来ているのが分かります。

 凄く幸せな気持ちが溢れてきます。

 もっと、もっと強く私の中に……」


 傍から聞いたら何か別の想像をしてしまいそうな発言を繰り返す彼女に僕の方が恥ずかしくなって必死に間違いを犯さないように心に歯止めをかける。


「ナオキ様……」


 やがて魔力の注入が終わりを迎えた時、ナナリーは僕の名前を呟いてそのまま深い眠りについていた。


「寝てしまったか……。

 参ったな、今夜僕はどこで寝たら良いんだろうか……」


 眠るナナリーに毛布を掛けてから疲れた表情で僕は椅子に座ってため息をついた。


「――終わったかしら?」


 突然後ろから声を掛けられて僕は思わず椅子から落ちそうになる。


「リリス。

 びっくりさせないでくれ、もう少しで椅子から転げ落ちるところだったよ」


 僕は苦笑いをしながらリリスを見る。


「その様子だと彼女に治癒魔法をかけて欲しいと言われたんでしょ?」


 リリスはベッドでスヤスヤと眠るナナリーを見てため息をひとつついてから「アーリー様の所に連絡をいれておかないといけないわね」と呟いて宿の受付に話を持って行った。


「――宿には今夜だけもう一部屋貸して貰えるように手配しておいたわ。

 ナナリーの事はアーリー様へ連絡が行くように手配したから大丈夫よ」


 その後、リリスと僕は急遽きゅうきょ借りた部屋に泊まる事になった。


 ――次の日の朝。


「おはようございます。

 昨晩はお見苦しいところを見せてしまいました」


 僕達が朝食に向かうと部屋のドア開けると目の前にナナリーが待っていて深々と頭を下げて謝った。


「気持ちの整理はついたかしら?」


 僕の横でリリスがナナリーにそう投げかけると彼女は「はい。本当にありがとうございました」と笑顔で返した。


「そう、それならば良かったわ。

 せっかくだから朝食を一緒しましょうか」


 リリスの一言で3人で朝食を摂り、その後宿の清算をしてから別れの挨拶を交わした。


「昨晩は無理を聞いてくれて本当にありがとうございました。

 おふたりはこれから王都へ向かわれるのでしょうけどおふたりならば何処に行っても大丈夫でしょう。

 ナオキ様、リリスさん。お幸せに……では、これよりナナリーは自分の夢であるギルドの受付嬢を目指して職務に邁進まいしん致します」


 ナナリーはそう言うと再度深々と頭を下げて『くるり』と向きを変え歩き出した。


「――思ったりも吹っ切れたようで良かったわ」


 そうリリスが呟いた瞬間、歩き出したナナリーが突然こちらを振り返り僕に向かって叫んだ。


「ナオキ様!

 この恩は一生忘れませんから!

 永遠とわに感謝して想い続けますから!」


 そう言い終わるときびすを返して走って行った。


 呆気にとられて何も返せなかった僕の隣でリリスがジト目を僕に向けて、再度またため息をついていた。

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