第106話【教会での誓いとお礼参り】

「それじゃあ行ってみようか」


 朝食を終えた僕とリリスはいつものラフな服装ではいけないかもしれないと、正装とまではいかないがそれなりにきちんとした服に着替えてから出掛けた。


「さっきも言ったけど教会に入るのは初めてなんだ。

 リリスは何か教会について知ってる事はないの?

 例えばタブーとかしきたりとか……」


「ごめんね。私も教会についてはあまり詳しくないんです。

 カルカルでも特に関わりも無かったし、祈りに行く知り合いも居なかったから……」


「まあ、行ってみればわかるだろうし、何か問題があれば後日になっても大丈夫だから先ずは聞いてみると良いだろうね」


「そうね。あー、何だかドキドキしてきたわ」


 リリスが胸に手を宛てて心臓の鼓動を確かめる。


「心配いらないよ。僕もだから」


 僕はそう言うとリリスに笑いかけながら手を繋いで歩いて行った。


 ――程なくして僕達は教会の建物の前にたどり着いた。


「前にも見たけど綺麗な建物だよね」


 白い壁にいくつもの光取りの小窓があり光を浴びてキラキラと輝いていた。


「よし、入ってみるか」


 僕は彼女の手を引いて教会の入口のドアを叩いた。


「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 僕の声にドアの中から女性の声で返事が返ってくる。


「開いてますからどうぞお入りください」


 その声に僕達はドアを開けて教会の中に入った。


 入って直ぐに大きめの部屋があり、部屋の中は綺麗に整頓されていたが派手さは無く全体的に質素だった。


「よくおいでくださいました。

 本日のご用件はどういった内容でしょうか?」


 部屋の突き当りに女神様のブロンズ像が飾られていてその側にいた女性が話しかけて来た。


「実は僕達ここで婚姻の儀式をして貰えないかを相談に来たのです」


「それはおめでとうございます。

 わたくしはこの教会でシスターを任されている者で婚姻等の儀式も担当しています。

 では、儀式への説明を致しますのでおふたりともこちらにお座りください」


 シスターはそう言うと僕達の質問に答えるべく二枚の紙を机に置いた。


「これにそれぞれのお名前を記載してください。その後で祭壇の前にお進みくださいませ」


 僕達は言われたとおりに名前を書くとシスターに渡して祭壇の前まで歩を進めた。


「では、婚姻の儀式を始めさせて頂きます。

 儀式の証となる指輪かそれに代わる物はお持ちですか?」


「ペアリングは準備していませんでしたので彼女のネックレスでは駄目でしょうか?」


 僕の言葉にシスターはリリスの首にかけられているネックレスを見る。


「これは、魔宝石ですか? これ程の魔力を秘めたものは初めて見ました。

 問題ありませんので一度首から外して貰えるでしょうか?」


 シスターの言葉にリリスは頷くとネックレスを外してシスターに渡した。


「ありがとうございます。

 では、儀式を行いますのでそのままでお待ちください」


 祭壇にネックレスを置くとシスターは祝福の言葉を紡ぎ出した。


「この場に揃うふたりの御霊を………」


 傍から聞くと少々恥ずかしい精神論の祈りが続く。



「………未来永劫、愛の名の元にふたりが夫婦となる事をこの魔宝石に封じ、これが砕けぬ限り永遠を誓う事とする」


 長い祈りが終わり、そしてシスターは僕達ふたりに確認する。


「おふたりともこの婚儀に異論はございませんね?」


「「はい」」


 僕達の返事に笑みを浮かべながら頷いたシスターは聖なる光を手にまとい魔宝石に誓いの契約を封じ込めた。


 ネックレスの魔宝石が一瞬強く光ったかと思うと真紅の赤が更に深くなっていた。


「どうぞ、お返ししますので大切にされてください。

 この魔宝石は儀式の証ですので他の人には譲らないようにお願いしますね」


 シスターは微笑みながらネックレスをリリスに手渡してそう忠告してくれた。


   *   *   *


「――素晴らしい儀式をありがとうございました」


 僕達はシスターに儀式のお礼を伝え、お布施と言う名の金銭を渡して教会を後にした。


「なんか凄かったわね。婚姻の儀式ってあんな事をするんですね。

 私、てっきり『ふたりで誓いの言葉を唱えて、キスをして祝福される』みたいな事を考えてたんですけど予想外でした」


 リリスは少しだけ残念そうに言うと「そう言えば……」とネックレスを取り出した。


「あっ? これを見てみて、この魔宝石の中……なんか文字が埋め込まれているみたいに見えるんだけど……」


「ん? どれどれ」


 リリスの言葉に興味を引かれて婚姻の儀式でシスターが施してくれた魔宝石を覗き込んだ僕の目には『信』の文字が見てとれた。


「信? 愛とかじゃなくて?」


 その文字の意味を考えていた僕にリリスがそっと教えてくれた。


「お互いを信じる事で、信用が出来て信頼が生まれて本当の夫婦になれるって事じゃないかな?」


 それが本当の意味かは分からなかったがリリスが言うとそうなのかと納得してしまう僕がいた。


「そうかもしれないね。だったらその言葉を胸にお互いを信じあって行く事にしよう」


 僕の言葉に「はい」と頷いたリリスはネックレスを首にかけてから僕の手をとって歩き出した。


「じゃあ、婚姻の儀も終わった事だしお世話になった人達にお礼と町を出る話をしていくとしよう」


「そうね。薬師ギルドと斡旋ギルドには絶対に行かないといけないでしょうし、あとは案内所のナナリーさんにもきちんと伝えておかないといけないわね」


「そうだね。なら先ずは薬師ギルドのロギスさんから挨拶をしていこうと思う」


「ええ、良いわよ。順番は任せるわ」


 僕達はそう話しながら薬師ギルドへ向かい、昨日までよく開けていたドアに手をかけた。

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