第53話【絶対に譲れない信念】
「では、手短に要件をお願いします」
まず、相手の要望を聞かなければ話し合いにもならないので僕はノーラに要件を話すよう促す。
「では、まずこちらの資料を見て貰えますか?」
ノーラは鞄から数十枚はある書類を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは?」
僕がその中の一枚を手に取り内容を確認すると『
「これ全部、薬師ギルドに所属している薬師からの
大小の差はありますが内容はほぼ全て『診療所が開設されてから薬が売れなくなった何とかして欲しい』との内容でした」
「そうですか。それで僕にどうしろと言われるのですか?
まさかとは思いますが『薬が売れなくなるから診療所を閉めろ』とは言わないですよね?
そんな『自分達の商売の邪魔だから』なんて格好悪い理由でクレームをつけに来た訳では無いですよね?」
僕は小手調べとばかりに
「くっ」
どうやら痛いところをついていたらしく、ノーラが小さく
「しかし、現に薬師ギルドに所属している薬師の何人かは廃業寸前まで追いやられているのだ。
あなたはそれを聞いて何とも思わないのか?」
ノーラは町の薬師達の現状を訴えて打開策を見出そうとする。
「それはそちらの都合と言うもので自分達が苦しいからこちらに潰れて欲しいとは勝手ではありませんか?
確かに僕が治療した方々は薬を必要としなくなったかもしれません。
しかし、僕が治療出来るのは女性のみで男性の治療は出来ないのです。
つまり、どんなに僕が頑張っても約半数の方は薬師の薬を頼りにしなければならないのです。
しかも、僕一人でこの街の女性患者全員を診る事は到底出来ません。
そういった方の根底を支えるのが薬師さんの仕事ではないのですか?」
僕の正論にノーラは涙目になりながら反論する。
「では、どうすればいい?
あなたが薬師達の仕事を取り上げたおかげで生活に困る者が多数いるのだぞ」
僕は困った表情でノーラに言う。
「確かにあなたの立場からすれば商売の邪魔をしている僕を何とかしたいのはわかります。
ですがあなたは本当に患者さんの事を考えてますか?
患者さんが辛い思いをしているのになかなか治らない薬をずっと売りつけてお金を
「なっ!?」
僕のキツめの言葉に目を見開いてノーラが叫ぶ。
「
我々は患者の為に日々努力して薬の調薬をし届けているのだ!
あなたに我々の何が分かると言うのだ!」
「そうですね。僕には皆さんの努力は分かりません。
ですが、それはそちらの方も同じではないのですか?
あなたが知っているか分かりませんが、僕が今の信用を勝ち取る為にどれだけの
それに、僕は領主様のお墨付きを貰って診療所をやっているんですよ。
この建物も領主様の出資物です。
この意味が分からない訳はないですよね?」
だんだんノーラの相手をするのが面倒になってきた僕は領主様の威光を借りる事にした。
「な、なんだと? この診療所は領主様の出資物だと言うのか?」
「はい。ですのでもし僕に診療所を閉めてこの街から出て行けと言われるのならば領主様に上申されてください。
僕も領主様に命令されればおとなしく従うようにしますので」
僕は出来もしない事をノーラに言うと少し考えて彼女にある提案をした。
「そうですね。薬師のレベルアップをはかって薬の効果を上げる研修をされてはどうですか?
あとは男性に特化した薬の開発や訪問しての調薬サービスを行うなど患者に寄り添ったきめ細かな対応をするとか仕事が無いならば別の町に拠点を移してもらって街の薬師の数を調整する等の措置が必要ではないのですか?」
僕の問にノーラは黙り込んで何かを考えこんでいた。
「今、この場で
その際に先程言われた『領主様への上申』が決定された場合は薬師ギルドとして対応させて頂く事を先に申し上げておきます」
「ええ、どうぞお構いなく。
お互いに譲れない境界線があるでしょうから最後は領主様の判断に任せるのもひとつの方法であるかもしれません」
僕の言葉に小さく頷いたノーラはスッと席を立つと「では、後日またお伺い致しますわ」と言い残して診療所を後にした。
「――本当に領主様に上申されたらどうするつもり?」
ノーラが帰った後でリリスが聞いてきたので僕は笑って答えた。
「別に? どうと言う事はないよ。
仮に領主様が
その時は診療所なんて準備しないで斡旋ギルド経由で訪問診察のみの依頼を受けるようにすればいい。
それならばその街の薬師ギルドが何を言おうと何とでもなるからね」
「他の街かぁ。それも楽しいかもしれないわね。
ナオキとならどこに行っても楽しく暮らせると思ってるから、いざという時は本当に旅に出ましょうね」
「そうだな。まあ、現実にはありえない選択になると思うけどね」
笑いながら言うリリスの頭を優しく撫でながら僕も笑った。
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