第51話【久しぶりの開所は大忙し】

「うわぁ……」


 次の日の朝、リリスと朝食を食べてから診療所の開所準備をしようとカーテンを開けて思わず声が出てしまった。


 そこにはこの10数日間の間に治療を望んでいた者達が列をなしていたからだ。


「これは、人数制限をした方が良さそうね。

 いくらなんでもこれを全員診てたらこっちが倒れてしまうわよ」


 リリスが少々うんざりした様子でどう対処するかを考えていた。


「どうする? 並んだ人順にするか症状の重い人から順番に診るのが妥当とは思うけど……。

 どちらも一長一短あるのよね」


「そうだね。でも、僕の治療に関しては並んだ順番で良いんじゃないかな?

 症状が重くて動けない人が並んでいるとは思えないし、そういった人は後日に自宅訪問するしかないだろう。

 とにかく、目の前に患者が居るのを見ないふりは出来ないよ。

 リリスは大変だろうけど受付と聞き取り、説明と承認を頼むよ」


「めちゃくちゃ大変そうだけど、仕方ないわね。

 今日の診察が終わったら、私にも治癒魔法をかけてよね。

 多分、相当にボロボロになってそうだから……」


「ははは。そんな事ならお安い御用さ。任せておいてよ」


 僕は快くリリスに返事をすると彼女は「うん。宜しくね」と頬を赤らめながら小さく呟いた。


「――開所します。

 並ばれている順に受付をしますので押さないでくださいね。

 ここで騒いだり揉めたりしたら即刻治療を拒否させて貰いますからね」


 リリスの言葉に我先に入ろうとしていた先頭グループの女性達はグッと堪えておとなしく並んで待った。


「はい。では受付用紙を配りますので治療の内容と治療方法の承認をお願いします。

 当診療所治癒士の治療方法に同意出来ない方はすみませんがお帰り願います。

 本日は特に混雑しておりますのでご協力をお願いします」


 リリスは並んでいる患者達にそうアナウンスする。

 普通であればクレームものになりそうな言い回しだが既にその治療方法で地域に浸透してきているので目立った大きな混乱は起きなかった。


「一昨日から頭痛が酷くて、薬も効かないし何とかしてください」


「三日前に屋根から落ちて足を骨折してしまって仕事にならないんです」


「毎日、腰が痛くて歩くのもやっとなんじゃが何とかならんかのう」


 次々とリリスが受付をした患者が診察室へと送り込まれてくる。


 たいした怪我でもない人から他で見放された部位再生の必要な人まで様々な女性達がひっきりなしにやってきた。


「――すみませんが今日の診察はここまででお願いします。

 残りの方には整理券を渡します。

 明日の朝から順番に診察を再開しますので渡された整理券をお持ちになってご来所ください」


 まだ、それなりに患者は残っていたが緊急の性の高い患者は居なかったらしくリリスが整理券を配る事により皆一応の納得をしてくれて帰ってくれた。


「――ふう。お疲れ様リリス」


 整理券を配り終えたリリスが診療所に戻って来たのを見た僕は息をひとつ吐いて頑張ってくれたリリスを労った。


「ありがとう。でも、今朝の約束覚えてるわよね?」


 リリスはニヤリと笑うと診療所の鍵を閉めて僕のすぐ側に歩み寄った。


「まあ、一応憶えてはいるけど……本当にやるのか?」


「もちろんよ。

 数少ないナオキとのスキンシップを兼ねた私のやしなんだから」


「まあ、リリスが嫌で無ければ僕は問題ないんだが……」


 僕はそう言うと診察室のベッドに座り、リリスを後ろから抱きしめるようにして胸に手を置いた。


完全治癒ヒール


 いつもの治癒魔法が発動してリリスの身体がうっすらと光り出す。


「そろそろ魔力の注入が始まるからリラックスして受け入れてくれ」


 僕の言葉に彼女は僕にもたれ掛かるように力を抜いた。


「あったかい……。

 何だか不思議な感覚だわ。

 全身がナオキとくっついてひとつになってるみたい」


 今回は怪我や病気の治療ではなく、疲労回復の意味合いが強かったため魔力注入量を極力減らしてゆっくりとしたので全身に魔力が行き渡ったのだろう、治療が終わる頃にはリリスはすっかりうたた寝モードになっていた。


「終わったよ。身体の調子はどうだい?」


 胸から手を離した僕は彼女に結果を問うが、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。


「あーあ、まだ夕食も食べてないのに眠ってしまったか……。

 この次からは、夕食や入浴を全て済ませてからにしないとな」


 僕はそう呟きながらリリスをお姫様抱っこして彼女の寝室へ向かった。


「よいしょ」


 リリスをベッドへ寝かせた僕は「仕事着のままだけど仕方ないよな。勝手に着替えさせたら後で何を言われるか分からないからな」と自分に言い聞かせて布団を掛けてから台所に戻った。


「さて、リリスが寝てしまったから夕食は簡単なものにするか……」


 そしてカルカルで買って収納魔法アイテムボックスに入れておいた食べ物を取り出して片手でかじりながら入口に貼ってあった依頼書の確認をしていった。


(まあ、ほとんどがいつから診療所を再開するかの問い合わせみたいだし、緊急性のあるものはないかな……)


 そう思いながらパラパラと読んでいた依頼書の最後の一枚を見たとき、目を疑い二度見をした。


(なんだよこれは……)


 そこに書かれていたのは薬師ギルドからの苦情と後日話し合いの場を設けたいとの内容だった。

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