女性限定の『触れて治癒する』治療方法に批判が殺到して廃業を考えたが結果が凄すぎて思ったよりも受け入れて貰えた

夢幻の翼

第1話【女性限定の治癒士爆誕】

「本当にそれで治るんだろうな? 嘘だったらお前を死刑にしてやるぞ!」


 ある屋敷のある寝室。ベッドに腰掛けて優しく微笑んでいる妙齢の女性を横に恰幅の良い豪華な服を着た男が怒鳴り上げる。


「あなた。そんなに声を張り上げないでくださいな。彼が萎縮して困っているではありませんか」


「むう。しかし……」


「『しかし』ではありませんよ。先日の事故で失った片腕を治療してくださる方に向かってその言葉は無いのではありませんか?」


 女性は夫を優しく微笑みながらも凛として手綱を取る。


「いや、だがな……。腕の治療をするのになど今まで聞いたこともないぞ」


「確かにそれはそうですが、そうしなければならない理由があるのですよね?」


 女性がこちらを見ながら確認する。


「はい。大変申し訳ありませんが治癒神様との契約によりそのような治療方法でしか出来ない事になっております」


 僕が申し訳なさそうに契約プレートを提示して確認してもらうと女性は頷いて僕に言った。


「いいわよ。他ならぬ私が許可するから治療をお願いするわ」


「了解しました。この『治癒神の御手』にかけて必ず完治させて見せます」


 僕はそう宣言すると彼女の胸に手をのばした。


   *   *   *


 ――時はさかのぼる。


 そこには現代日本で救急救命士の資格を修得し、初仕事に緊張を隠せない若者がいた。


神野直輝じんのなおき君。初出動に緊張するのは分かるけどあまり気負ってると思わぬ事故に巻き込まれるわよ。落ち着いて深呼吸をしなさい」


 救急司令本部では先程から無線連絡が断続的に飛び込んでいた。

 この本部のある統括エリア内で化学プラントの火災事故が発生し、多くの死傷者が出ていると報告が入る。


「消防3番隊を応援を向かわせて! 火災の規模が大きすぎて今の人数じゃあ抑えきれないわ!」


「了解! 消防3番隊出ます!」


 司令部からの指示で消防隊員が飛び出して行く。

 すぐに特有のサイレン音が鳴り響いて走り去って行った。


「僕達の出動はまだですか!?」


 重症患者は時間と共に増えているはずで僕の気持ちは早っていた。


「緊急救助要請! 2番救助隊出動準備開始して!」


 司令部から指示が飛ぶと僕の緊急は再度高まった。


「「「いつでも行けます!」」」


 隊員達の言葉に出動許可が出る。


「あっ 神野じんの君。絶対に先走らないように、君の責務は患者の救助よ。でも、自分の命を優先する事!

 消防の手が入っていない場所には立ち入らない事! 分かった?」


 司令部統括補佐の女性司令官から念を押される。


「分かってますよ! 自分だって命は惜しいですからね!」


 その後、僕は軽く折り返したその言葉を如何に本気で受け止めていなかったという事を思い知る事になる。


「現場、到着しました! すぐに要救護者の搬送に入ります! 二人一組で行動しろ! 決して一人で先走るなよ!」


 チームリーダーの指示が飛ぶ。


「「はい!」」


 返事を返してふたつ先輩の日野と走り出すと直ぐに要救護者を発見する。


「要救護者発見しました。搬送します!」


 何人の人を搬送しただろうか、初めての出動で緊張もあって体力が限界に近づいてきたその時、ドアの向こうから助けを求める声が聞こえた気がした。


(このドアの向こうに要救護者が!?)


 その時、僕はあれだけ注意されていたはずの行動『消防より前に行ってはいけない』を失念していた。


「いま、助け――」


 僕が反射的に開けたドアから大量の炎が襲ってきた。


「バカ野郎!あれほど――」


 それが僕の聞いた最後の言葉だった。


 ―――バックドラフト。


 大量の炎が部屋の酸素を食い尽くして外に逃げようとする現象。


 そして、僕の初出動は最後の出動となった。


   *   *   *


 ――ここはどこだ?


 僕の意識が戻った時、辺りは何もない真っ白な空間に立っていた。

 自分を見ると炎に焼かれた跡もないし、怪我も見当たらない。


「ここは何処なんだ? もしかして『あの世』というやつなのか?」


 おそらく僕は死んだのだろう。あの炎に巻かれて無傷なんて都合のいい事を考えられるほど楽観主義ではないつもりだ。


「誰か居ますか?」


 思い切って何もない空間に語りかけてみる。


「あなたには心残りがありますか?」


 突然、何も無かった空間から一人の女性が現れた。


「あなたには心残りがありますか?」


 再度、同じ質問が繰り返された。


 ――心残り。


 当然『ある』に決まっている。

 人を助けたいとの想いから勉強に訓練に励んで、やっとの思いでたどり着いた初出動の現実。

 それを自分の迂闊なミスで台無しにした後悔。


「あります……。凄くあります。けれども、自分の失敗でもう叶うことはありません。あれだけ注意されていたのに……」


 僕は思わず感情を吐き出していた。


「その願いを叶えて差し上げましょう」


「えっ? いまなんて……」


「但し、今まであなたが生きた世界とは別の世界になります。

 前の世界でのあなたの体は既になくなっていますから……。

 でも心配しなくてもいいですよ、新しい世界ではあなたの記憶から同じ肉体を再生してあげますので」


(まあ、そうだろうな。あれで生きていても全身火傷で一生病院のベッドの上だろうし、同じ肉体をくれるっていうのなら感謝しかないな)


「それで、あなたはどんな能力ちからが欲しいですか?」


「――人を助ける能力ちからが欲しいです」


「それだと曖昧ですね。例えば何か大きな力から守るには強い力が、怪我や病気から守るには知識が、国を治めて守るには地位と政治力が必要になります」


「僕は世界中の人々全部を守りたいなんて言える器ではないです。ですのでせめて目の前に倒れている人が居ればそれを救える人になりたいです」


「なるほど、では『治癒魔法士』になるのが良いかと思いますね。それで、どのくらいのレベルに設定するかですが『広く浅く』と『狭く深く』のどちらが良いですか?」


「自分はあまり器用ではないので『狭く深く』が向いてるのではないかと思います」


「わかりました。では、極限まで限定にこだわって能力ちからを授けましょう。

 この能力ちからならばどんな状況でも必ず治療する事が出来るでしょう」


「本当ですか! ありがとうございます。授かった能力ちからで多くの人々の手助けをする事を誓います」


 僕は感極って目の前の女性に手をあわせて感謝した。


「良いですか? 最後にこの能力ちからの使い方を教えます。

 まず『この能力ちからは女性にしか効きません』」


「ん?」


「次に『治したい患者の胸に手を置いてからゆっくりと完全治癒ヒールと唱えてください』」


「ちょっと……」


「治療の内容にもよりますが貴方の体から魔力が患者の全身に廻るまでそのままでいてください」


「それって……」


「魔力の流れ込みが止まったら治療は完了ですので手を戻しても大丈夫です。簡単でしょ?」


 治療の説明を聞いた僕は今の流れを頭の中で再現してみた。


「あの……。なぜ患者の胸に手をあてておかなければいけないのですか? それは手を握るとかじゃ駄目なんですか?」


 僕の質問に不思議そうな顔をした女性は何事も無かったように話し始めた。


「人間の体の中心は心の臓にあるのでそこから魔力を循環させるのが一番高い治癒効果を発揮出来るからです」


「治癒出来るのが『女性限定』なのは何故ですか?」


「それも治癒効果を高める為に『限定』したからですね。それによってあなたの治癒魔法で治せない怪我や病気はありませんよ。ちなみに死んだ人も24時間以内ならば蘇生させる事が出来ますからね」


 女性はさらりととんでもない事を言い出した。


「ちなみに男性に治癒魔法を使ったらどうなりますか?」


 僕は念の為に聞いてみた。


「あ、それはやめた方が良いですね。効果が無いだけならまだ良いですが逆に酷くなってしまいますので(笑)」


 (笑)じゃないだろー!!


「あっ、もう次の人の所に行かないといけないので後は適当に頑張ってくださいね。

 異世界むこうに行ったら詳しい能力ちからの使い方の説明書が持ち物にあると思うからそれで確認してね」


「ちょっ まだ聞きた……」


 女性がそう言った瞬間、僕の意識は何処かに飛ばされていった。

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