フライパン至上主義者の伝道記

斯波 花心

第1話 伝道の旅

次の目的地までは2週間ほど、食料の買い付けも何とかなった。

あとは出国するだけだ。


「次」


門番の指示で私が前に出る。


「荷物が少ないようだな。フライパンだけか? 嬢ちゃん、目的地がどこか知らねえが、こんな軽装で出国するのは止めといたほうがいいぜ」


私は黙って、ギルドカードを提示する。

私のランクはBだ。

ランクBは一般的な冒険者で素行に問題が確認できなければ、ほとんどの国で自由に出入国できる。


「! 嬢ちゃん、見かけによらず強いんだな。目的地は?」


門番が他の門番にギルドカードを渡す。


「デーレス」


「あそこは紛争地帯だぞ? 止めといた方が身のためだぜ」


「大丈夫」


ギルドカードを調べていた門番が戻ってきた。

そして、ダラダラと無意味な問答を繰り返す目の前の男にギルドカードを渡す。


「なら、止めないが……、ギルドカードにも問題ないようだな。行っていいぞ」


「ありがと」




貯金は金貨4枚しかない。

旅を続けるのならば、もう少し余裕が欲しい。

道が狭くなってきた。

それに、周りの木のせいで光が届いていない。

この薄暗さ、盗賊が潜みそうな場所ね。

スキルを使って気配を消す。

しばらく、潜んでいると商人の馬車らしきものが通る。

護衛が5人ついている。

人数はそれなりにいるみたいだけど、警戒しているようには見えない。

どこからか現れた矢が護衛の一人に刺さる。

護衛たちはいきなりのことで、反応ができていない。

道の左右から盗賊が現れ、挟撃した。

数は10。

盗賊は数の力で圧倒する。

最後の護衛を斬り捨て、馬車の中身を物色する。


「たんまり入ってるな」


リーダと思われる盗賊が馬車から一振りの剣を取り出す。

そして、鞘から剣を抜く。

この馬車は武器商人の物だったらしい。


「これは新品のようだ。お前ら、慎重に運べよ」


盗賊たちは馬車から荷物を運び出し、森の中に入っていく。

私はその後をつける。

盗賊たちは洞窟の中に入る。

しばらく、洞窟の入り口を監視し、周囲を探ってみたが、他に出入り口もないし、盗賊たちが出た様子もない。

どうやらここが拠点のようだ。

夜になり、たいまつを持った盗賊が入り口を警戒する。

入り口の警戒に当たっているのは2人。


「あいつらは酒盛りだってよ。酒を少し盗ってこればよかったな」


「やめとけよ。頭に殺されんぞ」


私は隠形のスキルを維持したまま、腰に着けていたフライパンを抜き、構える。

そのまま、勢い良く頭に振り落とし、流れるように隣の奴の顔面にクリーンヒットさせる。

2人を瞬時にノックアウトした。

そのまま、中に入る。

洞窟を抜けると大きい広場が見えてきた。

洞窟の中で何人か盗賊と出会ったが、一撃で黙らせた。

おかげで、私が侵入したことはまだ、バレていない。

明かりが強くなる。

酒の匂いが強くなる。

その先では男たちの大声が聞こえてくる。

今日の成果に酒宴を開いているようだ。

数は24。

思っていたより多い。

一際、強そうな男がいる。

あれが首領だろうな。


「ん? おい! 誰だ?」


首領の声に他の盗賊たちが私の方を見る。


「頭、何言ってんすか? 誰もいないじゃないっすか?」


「頭、酔うの速くないっすか? 水、どうぞ」


水を差しだす男の手を頭領が払う。


「要らねえよ。バカヤロー。よく見てみろ! ありゃ、隠密系のスキルだな」


目を凝らされてしまうとスキルの効果が一気に薄まる。

隠密も潮時だな。

私は隠密を解除する。


「女?」


そのまま、攻撃に入る。

一番近くにいる男に距離を詰め、フライパンを振り落とす


「ガッ」


この重たい衝撃。

実に素晴らしい。


「テメェ」


男たちが剣を手に取り、攻めてくる。

剣が振り下ろされる。

上体をのけ反り、剣を躱し、フライパンで頭の側面を叩く。

短刀を構え、一人が突進していた。

そのまま躱し、敵の勢いを利用して、顔面に一撃を入れる。

男は沈黙した。


「お前ら、どいてろ。俺がやる」


下っ端盗賊たちが道を開ける。


「おらあぁぁぁ」


速い。

剣を受け流し、頭を狙う。

ギリギリで躱された。


「はえーな!!」


首領が次々と剣を繰り出す。

危険な物のみ受け流し、残りは躱す。


「食らえっ」


敵が突きの構えを見せた。

剣を避け、左手で敵の手を掴み、引っ張る。

バランスが崩れたところをフライパンで止めを刺す。

首領はどさりという音を立てて倒れた。


「おい、頭がやられちまったぞ」


「逃げろ!」


「逃がすと思いますか? ヒヒヒヒッヒヒヒヒッヒヒヒヒ」


逃げる盗賊の背中に次々とフライパンを叩きこむ。


「ぐあっ」


「グフッ」


鈍い盗賊が倒れ、後退りする。


「ひぃぃぃ、やめてくれ。俺らあんたに何もしてねぇだろ? なあ?」


「お金と食料はどこでしょうか?」


「金? 金、何て、こんなところにあるわけ」


フライパンを振り下ろす。


「私、嘘つかれるのは嫌いなんです。まったく、時間を無駄にしてしまいました。既に、2人が遠くまで行っているみたいですね」


私は全速力で後を追う。




「ここまで逃げれば、大丈夫か? フライパンのみで一人で攻撃仕掛けるとか、いかれてるだろ、化け物め。おい、これからどうする?」


「どっか、街に逃げるしかないだろ」


「検問をどうやって抜けるんだよ」


「デーレスなら大丈夫だろ。あそこは常に戦争してんだ。傭兵に志願すりゃ、大丈夫さ」


「目先のことも重要だと思いませんか? どうやってこの森を抜けるつもりですか?」


「そんなの、大丈夫だろ。この森は知り尽くして……フライパン女!」


「この距離じゃ、逃げられねえぞ」


「やるしかねぇだろ……」


「剣を構えるのは結構ですけど、本人の前で言いますか、それ?」


「あああああああ! ガッ」


フライパンで一撃で沈黙した。


「大声を出せば勝てるというわけではないですよ。あなたはどうしますか?」


剣を捨てた。


「許してくれ」


「許してほしいですか?」


「何でもする。お願いだ命だけは助けてくれ」


男は見事な懇願をする。


「許してあげたいですけど、無駄になりそうですね」


狼の群れが近づいてる。

さっきの奴の大声に引き寄せられたのだろう。

この2人を囮に、私は盗賊の拠点に逃げよう。


「それって、どういう意味……」


「じゃあ、私はこれで」


私は盗賊の絶叫をバックに拠点に戻った。




私は今、地面を掘っている。

30人のうち2人は外で処分したので、28人分の穴を掘る。

そして埋める。

間違わないでほしい。

私は死体を埋めているわけではない。

彼らは強打されて、気絶しているだけだ。

埋め終わると、地面から生える胸像が28体できた。

かなり、前衛的な芸術になりそうだ。

頭領が目を覚ましたようだ。


「ここは……、んっ、動けん」


「埋まってるんですから、当然じゃないですかw」


「お前、何が目的だ」


「盗賊が人を襲う理由は何ですか? お金を奪うためですよね? で、どこにため込んでいるんですか? 言い忘れてましたが、私はお布施を得るためでもありますけど、布教活動も兼ねてますよ」


「布教? ……お前! 盗賊を見境なく襲うフライパン女か!!」


「あら、私のことをご存じですか? そんなことは良いですけど、お金はどこですか?」


「お前に渡すぐらいなら墓場に持って、うっ」


首領に一撃を加える。

もちろん気絶されると復活までの時間がかかるので、加減している。


「フライパン神の加護を感じる……、はっ、俺に何をした!!」


「私の信仰心をあなたの頭に直接、叩き込みました。お布施はどこですか?」


間があったのでもう一発入れておく。

この首領の頭、叩いた時の音がいい。

是非とも出合い頭に叩きたいぐらいだ。


「教祖様、奥の部屋に……銭を保管しています。デーレスに運ぶ武器は左の部屋に……」


どうやら、武器はデーレスに運ぶつもりらしい。

武器商人から強奪した武器を売って、金を稼いでいるのか、見た目のわりに賢いようだ。


「どうやら、フライパン神への信仰心が芽生えたようですね。自らの意思で献金をするとは素晴らしい信仰心です。穴から出すので、案内してください」


首領に案内してもらい、ため込んである金貨、銀貨、銅貨をアイテムボックスで残らず頂戴した。

回収後、他の盗賊にも熱のこもったフライパン捌きで信仰心を植え付けた。

盗賊たちが私の周りで膝をつきながら祈りのポーズをしている。


「教祖様~」


「暑苦しいので離れてもらっていいですか? フライパンで殴りますよ。あと頼んでもないのに靴を舐めないでください。普通に汚いです」


「罪深き我々はどうすればよいのでしょうか? お導きください」


「デーレスで武器を売って、追加のお布施をしなさい。あなた方の信仰心を金額で示すのです」


「ははー」


盗賊たちがひれ伏す。

思わぬ形で臨時収入を手に入れることができた。


「言い忘れてましたが、食料も全部貰うので、デーレスまでは泥水でもすすりながら頑張ってください。これも苦行の一種と思えば頑張れるでしょ?」


盗賊たちの笑顔の見送りを背に私はここを後にした。

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