第52話 本当の海は綺麗なんです

 あんなのは英雄の足元にも及ばない。リミローラなら事前の情報が無くても、あんなのを片付けるのに五分はかからない。ヨルンやヘレイなら、港に居ながら何とかした。イゴーリは街に入った瞬間に全てを解決出来た。勿論、私も。


 最初は、エレクラ様のご命令が理解出来なかった。あの子達にはこの事態を解決出来ないと思った。

 大量の動物に襲われている所を、傍観するだけに留めたんだから、今回は手を貸すべきだと思った。


 でも、それは考え違いだった。あの子達は弱過ぎる、それに覚悟も無い。英雄が何人か出て来ただけで、怯えて動けなくる。簡単に決意が揺らぎ、迷ってしまう。


 あの子達の場合、『子供だから仕方ない』は通用しない。アレに『弱いから脅威にならない』と思われていても、『玩具として遊べない』とは思われていない。アレのちょっかいは、もっと酷くなる。

 

 元々アレにとってこの街は、あの子達をおびき寄せて遊ぶ為の場所でしかない。だから、街に辿り着くまでの間に、大量の動物を使って襲わせた。弱らせてからの方が困るだろうから。その困った顔が見たいから。


 だから無理にでも、あの子達はやり遂げなければいけない。強くならなくてはいけない。出来るだけ早く。


 化け物の外皮は、英雄の禍々しい力と同じ。だから刃物は通らない。化け物の纏う力を超える力で対抗しなければ、傷の一つも付けられない。


 ミサちゃんの対処方法は見事と言いたい。だけど、全ては風に助言を貰い、体を動かして貰っただけ。

 それだけでは駄目、例えセカイから力を借りたとして、使い方は自ら考えなければならない。


 あの子達は色々と足りない。経験、知識、知恵、力の使い方、セカイとの対話、下準備、数え上げれば切りがない。もっと言いたい事は有る。


 まだまだ、だけど。


「時間が無い割に張ったね、ミサちゃん。帰って来たら、私が治療してあげる」


 ☆ ☆ ☆


 最初はモヤモヤしてました。でも、ミサが体の周りを焼いたので、少し見やすくなりました。おかげで、おえってしなくなりました。それから、ちゃんと見ました。


 化け物だと思ってたけど、実はすっごく大きいお魚さんでした。


 でも、化け物には変わりないですね。どうしてこんなに大きくなっちゃったんでしょうね。誰かが『大っきくなれって』したんでしょうか。


 最初はお魚さんを食べてたんだと思います。海を汚しちゃったから、お魚を食べられなくなったんだと思います。

 それでも、どんどん大きくなって、どんどん毒を撒き散らして、余計に海を変にして、みんなから避けられて。苦しかったと思います。辛かったと思います。


 誰かに「街を壊せ」って命令されてたとしても、本当に壊す為だけで港へ向かってたんでしょうか? 助けを求めてたんじゃないでしょうか?


 勝手な想像かも知れません、そんな事は望んでないかも知れません。でも、今ならわかります。

 体の中に変な力が渦巻いてます。街の外で広がってたドロドロを弱っちくしたやつです。


 クサカラ爆弾のせいで、体の内側はボロボロのはずです。そんな体を、変な力が無理矢理に動かそうとします。

 きっと体が無くなるか変な力が消えるまで、死ぬ事は出来ません。ずっと続く痛みを耐えて、周りを壊し続けなければいけないんです。


 だから、予定通りに止めを刺します。それが、あの子の為になるんだと思います。思い込みでもいいです、私はみんなを救います。


 だって私は、セカイの守護者だから。


 私はシャチさんに伝えます。シャチさんはお魚さん達に伝えます。そして一斉にあの子へ噛みつきます。

 普通のお魚さんなら血が出ます、あの子からは血が流れません。その代わり、変な力が少しだけ弱くなります。でも、まだ足りません。あの子は大きくなり過ぎました。


 シャチさん達は優秀でした。すっごくお魚さん達を励まして、突撃させてます。お魚さん達は噛みつくだけでも大変みたいです。でも頑張ってます。少しずつ変な力が弱くなってます。


 あの子は痛そうにしてます。噛みつかれても大して痛みを感じてないと思います。クサカラエキスが危険なんです。あんな大っきい体を内側から壊すんですから。だからこそ、これ以上は痛いままなのは可哀想なんです。


 私は動けません。拘束を解いたら、あの子は街に向かうと思います。それだと余計に苦しむ事になるんです。

 何とかしてあげたいけど出来なくて、もどかしいです。そんな時です。風さんが教えてくれました。


 港の方を見ると、光が揺れながら近付いて来るのがわかります、おじさん達です。それと凄い勢いで、入り江にいたお魚さん達が迫って来るのも見えます。

 

 シャチさん達の目が、更に鋭くなります。「やるぜ」って言ってます。お魚さん達は「お〜!」って言ってます。


 入り江のお魚が加わって、海の生き物大集合です。みんなが一気に噛みつくから、あの子のお腹から隙間が無くなりました。

 その内、銛が飛んで来て背中にグサグサ刺さります。段々と背中にも隙間が無くなっていきます。


 最初は頑張ってた変な力も、少しずつ小さくなっていきます。もうあの子の体を、無理に動かせないと思います。ここからは、私の出番です。


 

 歪みし力よ、無垢なる命を解き放ち、セカイへと還れ。痛み、苦しみ、憎しみ、悲しみを払い、無垢な命を海へと還せ。



「これで終わりだよ。もし、もう一度会うことが出来たら、今度は友達になろうね」


 私の祈りがセカイへ届き、弱まった変な力を消していきます。あの子の体は崩れていき、やがて塵となって海へ溶けていきます。


 もう、海が汚される事はありません。海に住んでる生き物が、逃げる必要もありません。全てを元に戻すには、もう少し時間がかかります。でも、戦いは終わりです。


「みんな、ありがとう。お疲れ様でした」


 やり遂げた時の晴れやかな気持ちとか、自由になったと喜ぶ気持ちが海を通して伝わって来ます。

 シャチさん達やお魚さん達が、元気に泳いでます。元の暮らしに戻れば、食べる側と食べられる側ですけど、今はお互いに喜びあっても良いと思います。相容れないのは人間も同じですから。

 

 おじさん達も喜んでます。船の上で踊ってます。でも、喜ぶ時間はそろそろ終わりです。空が白み始めて来ました。

 船は港へ戻って行きます。私はシャチさんが港まで送ってくれます。


「ヤクソク、マモッタ、アリガト」

「こっちこそだよ〜」

「オマエタチ、ナカマ」

「仲間って言ってくれるの?」

「オマエタチ、コマル、オレタチ、タスケル」

「ありがとう」


 私はそれから直ぐに寝ちゃったみたいです。


 ☆ ☆ ☆


「パナケラさん! ミサちゃんは大丈夫なの?」

「疲れて寝てるだけだから大丈夫」 

「でも……」

「何日か目を覚まさないと思うけど」

「大丈夫じゃないでしょ!」

「詳しく説明するのは面倒だけど、寝てれば元気になる」

「本当に?」

「安心して」

「わかったわ。うちに運びましょ」

「カナちゃんも、そんな調子で運ばれてくると思うよ」

「ちょっと! 逃げなさいって言ったのに!」

「気持ちはわかるけど無理だよ。命懸けで戦ってるんだし。無事に帰って来た事を褒めてあげないと」

「わかってるけど、わかるけどさ! こんな小さい子、そんな事をさせなきゃいけないなんて!」

「そう言っても、貴女は何も出来ないでしょ? 向かわせるしか無いんでしょ?」

「うるさい! 次は無いわよ!」

「目覚めたばかりの人に何が出来るの?」

「何も。でも、私一人じゃないから。兄と小さい兄、それに港の仲間達。私達はここを乗り越えて、自らの足で立ち、自ら選んで戦う!」

「そっか、いいね。頑張ってよ、お姉ちゃん」

「それで? パナケラさんは? このまま終わりじゃ無いんでしょ?」

「ええ。各都市に兵を派遣するのが決定してます。目覚めた人が出た所は、特に狙われやすいので」

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